43.決戦 其の三
……コウタのターン。
狂医者シナンテ。
常人より、やや医学知識があるだけのモグリの医者。
彼は正規の医者に診て貰う事が出来ない患者ばかりを相手にし、麻酔をかけては皮を剥ぎ、骨や臓器を盗んだ。
半数が死んでしまうが、何もしなければ元々死ぬ輩達である。狂医者シナンテの、薄汚れた診療所は潰れる事はなかった。
診療所の地下には秘密の部屋があり、ホルマリン漬けにされた臓器が無数に保管されている。骨や皮は、綺麗に洗浄されて、テーブルの上に無造作に置かれていた。
その大きなテーブルには、工作機械が幾つか設置してあり、シナンテは工作機械を使って、美しい銃や複雑な機関銃を造るのである。
だが、普通の銃ではなかった。
材料は金属、そして盗んだ人体の部品。
シナンテの正体は、医者の皮を被った呪われた武器職人。
罪人達の血肉を使って、人を殺すための道具を製造する狂医者。
彼が生み出す銃には、不思議な力が込められている。およそ表現することが出来ない不思議な力。
感じることが出来るのは一握りの人間だけ……。
竜二さんが担いでいる短機関銃。
メイド・イン・シナンテだそうだ。
黒い銃身に銀の美しい装飾と、ドラム型のマガジンに大きな髑髏のレリーフが付いている。
グリップの部分に革が使われているが、まさかその革が、【皮】、なんてことないよね?
何か、他にも色々見えちゃってるけど……。
「ううう……! 聞きたくなかったんですけどぉ!? よくもまぁ! そんな気持ち悪いものを持ち込んでくれたよねぇ! 俺に、わざわざ言う必要があったのかなぁぁぁぁあ!?」
黒いバンを背に、俺達はゾンビの大群に囲まれている。駅前の広場は、物言わぬ死体達で埋め尽くされてしまった。
そんな中、竜二さんが神妙な顔をするので、思わず話を聞いてしまったが、止めとけばよかった。
チラッと不気味な銃が見えるだけで、吐きそうになる。
マリアさんは、時折包囲網から飛び出してくる草原ゾンビを、逆手にもった大きなナイフで切り刻んでいる。
切られたゾンビは傷口から蒸発して、一瞬で溶けてしまった。凄い威力だ。
竜二さんが、再び神妙な面持ちになる。
「因みにマリアが使っているのは、連続殺人鬼、コヨーテが使っていたナイフだ。逮捕された時、犯行に使われた凶器だけは、いくら探しても見つからなかった。だが、電気椅子で処刑された後、奴の大腸から出てきたって話だ。俺は思うんだが、コヨーテは、地獄に堕ちてからも快楽殺人を続けるつもりだったんじゃねえかな」
また言う。
また言いやがった。
人が嫌な顔をしているのに、また言いやがった。
…………。
では、アンサーさせて頂きますね。
「聞きたくなかったんですけどぉ!? よくもまぁ! そんな気持ち悪いものを持ち込んでくれたよねぇ!(二回目) 大腸はウンチを作るお部屋だけど、ちゃんと洗ってくれたのかなぁぁぁあ!!」
体力の消耗を感じる。
まさか、身内に体力を削られるとは……。
目の前にはゾンビ。
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、草原ゾンビ。
視覚情報は全てグロい。
お花畑が見たくなった。
スィーツを注文したくなった。
頭の中だけは、幸せな妄想を抱いていたい。
「キャハハハハハ!」
天から間抜けな声が降り注ぐ。
実はさっきから、俺達の頭上高くを吸血鬼が飛び回っているのだ。
ああ……。
もう、何でもありなんですね……。
見上げると、無数の星が煌めいている。
ねえねえ!
あのお星さま! 何て名前だろう?
黒い翼を生やした吸血鬼は、お空で旋回を続けている。見事な高みの見物だ。
人を小馬鹿にする笑い声も、遠く遠く聞こえる。
「ちょっと竜二! そろそろ手伝ってよ!」
俺達がしょうもない話をしている間、ゾンビの進行をナイフ一本で阻んでいたマリアさんが抗議の声を上げる。
ポヨンポヨン胸元が揺れて、俺の塞ぎ込んだ心に、一筋の光が射した。
「わりぃ、了解だ!」
てい! と掛け声を発すると、竜二さんはバンの屋根に飛び乗る。巨体の重みで屋根がヘコむが、お構いなしだ。
「くたばれやぁぁぁ!」
けたたましく銃撃音が鳴る。
なんの躊躇いもない、全方位射撃の開始。
竜二さんの着ている迷彩服と、短機関銃の相性が凄く良い。戦争ものの無敵の主人公が登場したかのようだ。
ぐるぐるぐるぐる廻りながら、適当に撃ちまくる。
弾を食らったゾンビ達は、ナイフの傷口同様に蒸発しながら溶けていく。曰く付きの銃だが、威力は抜群だ。
三重、四重に張り巡らされたゾンビの輪は、あっという間に崩れ去った。
散り散りになりながら、ゾンビ達は逃げ出していく。
――好機。
敗北を認めた者に、俺はいつも高圧的だ。
ここからが俺の本気。
レベル十二の躍動を見せてくれる。
射撃が止むのを狙い済まして、十メートルを一瞬で駆け抜ける。
背中を向けているゾンビに、魔法の鉄パイプをお見舞いした。
背中を向けているゾンビを探す。
十五メートルを一瞬で駆け抜けて、背中に魔法の鉄パイプをお見舞いした。
背中を向けているゾンビを探す。
こちらを向いている三人組のゾンビと目が合ったが、軽やかに舞いながらスルーした。
背中を向けているゾンビを探す。
もう、何処にもいなかった。
「ちょっとあんた! チョロチョロチョロチョロ何やってんの!」
大腸から出てきたというナイフを振り回しながら、マリアさんが喚いている。
振り回すのやめなさい。
ウンチが跳ぶから止めなさい。
「ゾンビ退治に決まってるでしょうよ~!!」
「二匹か! あんたが退治したのは二匹か!」
「二匹じゃ駄目なんですか? 二匹じゃ駄目なんですか!!」
「駄目に決まってるでしょ! ふざけてないで、真剣にやりなさい!」
口喧嘩を遮って、交通事故でも起きたかのような、重い衝撃音が響き渡る。
俺とアイコンタクトを交わしていた三人組のゾンビの上に、翼を生やした吸血鬼が着地していた。友達になれたかも知れないゾンビ達は潰れてしまって、突然のサヨナラである。
翼がある分、小柄な吸血鬼が大きく見える。制服のブレザーを着ていた筈なのに、今は黒い羽毛を身体中に纏っているような感じ。
カラスとでも合わさったかのようだ。
ん?
あ、やばい。
俺が一番近い。
堕天使みたいな吸血鬼に一番近いぞ!
吸血鬼の突進が始まる。
それを認識できた時には、もう遅い。
胸を狙った両手の掌底を食らってしまう。
だが、若干肩を前に出せた。
ギリギリ半身になれた。
直撃はしなかった。
直撃はしなかった――はずなのに!
吹き飛ばされて黒いバンにぶつかる。
後部座席のスライドドアが、俺の形になってへこんだ。頭がくらくらする。
強く結んでいた目を開けると、俺の左胸、蝙蝠の炎が青白く燃えている辺りに、レーザーポインタのような赤い点が這っている。
「な、何だこれ?」
手で払っても落ちない。
途端に激痛がした。
赤い点が糸のような線になって、吸血鬼に向かって伸びている。
やばい!
確実に何かされている!
ガガガガッガガ――!!
と鋭い射撃音がして、吸血鬼が飛び退く。それと一緒に赤い糸も切れて、痛みが引いていった。
「大丈夫か?」
屋根の上から竜二さんの声が聞こえる。
俺は親指を立てた右手を弱々しく上げた。
マリアさんが吸血鬼を追いかけて行くのを眺めながら、頭をさする。
くっそ痛い。
吹き飛ばされた時に後頭部を打ったみたいだ。
普通だったら病院へ直行する勢いだったが、身体は動く。特に出血もしていないようだ。
おのれ吸血鬼め。
やり返さんと気が済まんぞ。
ぐーぱーぐーぱー、指を動かして、身体に異常が無いことを再確認する。
大丈夫だ。身体は痛いけど、ちゃんと動く。
どこかに転がってしまった魔法の鉄パイプを探していると、念仏みたいな声が聞こえてきた。
竜二さんの声だ。
黒いバンの後方ドアを開いて、竜二さんが何かを探っていた。
取り出したのは刀。
赤黒い鞘に収められた、ノの字のように反った刀。
握り手の部分に鎖が巻き付けられていて、鞘と厳重に繋がっているようだ。
あれじゃあ、抜くことが出来ない。
「南無阿弥陀仏~南無阿弥陀仏~。妖刀さんよ~。どうか呪わないでおくれ~。南無阿弥陀仏~南無阿弥陀仏~」
本当に念仏だった。
しかも滅茶下手!
そのお願いベースの念仏は、効果があるんかい!
「……今から五百年ほど前に、家族を殺された刀鍛冶が復讐の念を込めて打った刀だ。この刀で野盗を殺して復讐を果たした刀鍛冶は、その後、気が狂ってしまい、夜な夜な人を斬る鬼になってしまったという。その犠牲者の数は、なんと百人。百人目を斬ろうとした時、刀鍛冶は何かに躓いて倒れた。躓いたのは、地面に投げ捨てていた刀の鞘。倒れた反動で刀が喉を貫き、刀鍛冶は死んでしまった。百人目の犠牲者は自分だったという訳だな」
またウンチク言うてる。
また不気味なウンチク言うてるよ――!!
耳を塞ぐ俺を尻目に、竜二さんは怪力をもって鎖を引きちぎる。
「九曜丸。抜刀――!!」
いわくつきの武器ばかりが登場しましたね。
触るのもばっちぃぃわ!