41.決戦 其の一
金曜日の夜八時半。
場所は電気街駅の改札を出て少し歩いた所。
駅前に広場があった。
「鉄蔵さんの方は大丈夫?」
女子高生の一弦コハルは、夜間の外出には大変厳しい環境にいる。
特に、お爺ちゃんの鉄蔵さん。
この間、失踪騒ぎがあったばかりだから、その監視は更にきつくなっているだろう。
「お爺ちゃんの目を見て、瞬きせずに言いました。いってきますと」
うん? まばたき?
「それで鉄蔵さんは納得してくれるの?」
タクヤの問い掛けは自然なものだ。
そんなんで深夜の外出許可が降りるなら、年頃の娘でも遊びたい放題じゃないか。
「家は、それで大丈夫なんです。なんでだろ?」
一弦コハルは、斜め上に視線を上げながら、首をひねって考えた。ショートカットの髪が揺れる。
俺もタクヤも斜め上を見てみるが、鉄蔵さんが許可をくれたなら、別にいいやという気持ちになった。
これから死ぬ気で頑張って、無事に家まで送り届けてあげればいい。
駅前には、待ち合わせに最適な噴水があり、俺達以外にも多くの人達がいる。
先週もギターを弾いていたストリートミュージシャン。恐らく同一人物だろう。相変わらず誰も聴いていない。
スキンシップが激しいカップル達も何組か目につく。思わず伝説の木の棒を探したが、売却したのを思い出した。
なんだか、少し懐かしい。
ゾンビーゾンビーで迎える、二回目の金曜日だ。
そんな中を、一台の黒いバンが歩行者に衝突しないように、慎重に進んでくる。
見間違いかと思った。
明らかに道路交通法違反だ。
ここは車両進入禁止区域。
すぐに道路の向こうから、怖い顔をしたお巡りさんが駆けつけて来るだろう。
「もう! 何やってんの!」
俺の目の前に停まった黒いバン。
運転席目掛けてまず怒鳴った。
「え? ああ、別に大丈夫だろ。この辺の奴らは、皆知り合いだ」
運転席の窓が開いて、ハンドルを握る竜二さんが出てきた。
助手席にはマリアさん。
車のミラーを見ながら、髪をいじっていた。
「ちょっと頼むよ竜二さん! 今から決戦なんだよ! もっと慎重になるとか出来ないの?」
「だから大丈夫だって!」
俺が猛抗議を続けていると、タクヤとコハルちゃんがトイレに行くと言い出して、駅の中に消えて行った。
緊張してきたのかも知れない。
あと二十分だ。
残される俺と黒いバン。
今から集会を始める暴走族のようだ。
広場にいる人達が、都度都度こっちを見ている。
目立ってるよ、まったく。
集中したいのに、出来ないじゃないか。
「もしかして、その車ごと持ち込もうとしてるの?」
「正解だ」
俺が言うと、ニヤリと笑って竜二さんが答えた。
「ずれる時に、掴んでないと持ち込めないからな」
「ずれる?」
「あっちの世界に行くときだよ。俺らだけ素手ってあんまりだろ」
あ、そうそう。
前から不思議だったんだ。
ゾンビーゾンビーのプレイヤーが、プロジェクターの映像のような世界に放り込まれるのは理解できるが、竜二さんやマリアさんは関係ないではないか。これは、元吸血鬼だから出来る芸当なのだろうか?
「ピンポーン!」
助手席から降りてきて、お調子者ぶったマリアさんが言った。
本日もお美しい。
夜の闇に溶けていきそうなエナメルのスーツ。
胸元のチャックは限界まで下げられている。
そうしないと胸が苦しいのだろう。
とっても、けしからんが、この件については不問とさせて頂きます。
こぼれ出んように気を付けて下さいね。
「元々、吸血鬼は小さなテリトリーを作って、そこに人間を引きずり込んでいたの。誰にも見られないようにね。だけど、ゾンビーゾンビーが出来てからは、それは必要無くなった。この間の感じだと、プレイヤーを中心に半径数百メートルってとこかな。吸血鬼が作っていたテリトリーと、よく似た空間が発生していた。その空間に吸血鬼は出入り自由。もちろん私も出入り自由」
マリアさん。
滅茶苦茶詳しくなってるな。
いつの間に、そんなに分析したんだ?
「そりゃ、自分のとこで売ってた商品だからね。少しは勉強もします」
「なるほど」
俺が唸っていると、後部座席のドアがスライドした。
誰かが降りてこようとしているが、低くした頭のてっぺんだけ髪がない。
その人物が顔を上げた時、俺は驚きの声をあげた。
「トランクスのおっさん!!」
初めて満々金を訪れた時、竜二さんにラリアットかまされていたおっさんだ。元気だったのか、マジで良かった。
「トランクスぅ~? 違うよ僕は虎夫。それに、おっさんなんて、言わないで欲しいなぁ~」
トランクスじゃなくて虎夫。
トランクスオジさんを縮めた、あだ名みたいな名前だな。平均体重を軽々と超えているだろう身体から、涼しい夜なのに汗が吹き出ていた。
ピチピチの黄色いティーシャツが濡れている。
何だか気持ち悪い話し方をするが、この人も、元吸血鬼という事で、いいんだろうか?
「美少女戦士のコハルちゃんが見当たらないけど、どこにいるのかなぁ~? 僕、会いたくて、バンビちゃんの番組、録画してまで来たんだけど~?」
コノヒトダイジョウブカ?
俺の無言の問い掛けに、竜二さんが首を縦に振る。
だが、目を合わしてはくれなかった。
「あ、あの~……。び、美少女戦士のコハルちゃんなら、タクヤと一緒に駅のトイレを借りに行きましたけど?」
「え! 美少女なのにトイレ! あり得ないよそんな事は! 僕、確認してくるよ!」
俺が行き先を告げてやると、急に真顔になった虎夫さんは、似つかわしくない軽快な体裁きを見せ、駅に向かってダッシュしてしまう。
マリアさんが右手を振り上げて、戻ってくるように大声を出したが無駄に終わった。
変態だ。
わかりやすい変態がやって来たぞ。
タクヤとは、また違う種類の変態だ。
まさか女子トイレに突撃しないだろうな?
あと十分。
も、もう疲れてきた。
緊張して吐きそう。
ゾンビーゾンビーのアルキオネ討伐は、きっちり済ませて来た。
本日の前哨戦のつもりで挑んだ戦いだったが、何とか勝利を収めることが出来たのだ。
城の仕掛で、二~三回死んじゃったけど……。
しっかりとレアドロップもあった。
【アルキオネの外套】
身体全体を包む防具。タクヤとお揃いだ。
今日はこれを装備して戦いに臨む。
今からは、一回でもミスるとゲームオーバーのデスゲームだ。だが、天狼の皆がいる。この違いは大きい。今日死んでしまうなんて、万が一でも考えられない。
とってやれそうだ……。
救世主の仇をとってやれそうだ。
自分でも気がつかない内に、拳を強く強く握りしめていた。
馬鹿だな俺。
まだ始まっていない。リラックスだ。
「あれ~? コハルちゃんは?」
ここ最近、コハルちゃんが大人気。
主人公の俺とタクヤは、随分と霞んでいる。
間抜けな声は誰だよと振り返ると、五メートル先ぐらいに女子高生が立っていた。
夜でも分かる派手な化粧をした女。
その背後には二人。
背の高いスーツの男達を従えていた。
参考人を護衛するSPのように見えてしまう。
「うお! 吸血鬼!」
「キャハハハ! こんばんは~!」
出た――――!!
と心の中で叫んだ。
まだ九時前ですよ!
驚き過ぎて、全身がつりそう!
俺が泡を噛んでいると、マリアさんが前に進み出た。花の香りのような匂いが通り過ぎる。
「竜二~。ひょっとして、このケバいのがアルキオネなの?」
後ろからでも、にやけているのが分かる口調。
煽りモード全開。
マリアさんの口撃が始まった。
竜二さんも運転席から顔を出して、それに続く。
「ああ、そうだ。マリアは知らなかったっけ?」
「知らない知らない。こんな薄っぺらいガキ」
マリアさんは、心底愉快だといった感じで笑い出した。ぐいっと胸を張る。マリアさんに比べたら誰だって薄っぺらくなるだろう。
その勢いのままに、言葉のナイフを次々と抜き去った。
「保護者連れてるじゃん。大丈夫なの本当に? 一瞬で終わりそうだけど」
「こいつの使えそうな特技。万能耐性も無いからな! 死にに来たようなもんだよなぁ~!」
「え? それ本当? アルキオネって、それだけが取り柄なんじゃないの確か? 可哀想~!」
「そうなんだよ。一等星に歯向かって、あげく地面に寝転がってたわ。何がしたかったんだか、笑えるわ」
長年のバッテリーが、キャッチボールをしているのを眺めている。延々と続くようなボール回し。
……俺だったら既に泣いている。
「うぜぇ……。煩いオバサン放っておいて、コンビニでも行こうか? メローペ、タイゲタ」
意外にも、大人の対応をしたアルキオネ。
くるりと反転して歩いて行く。
メローペ、タイゲタと呼ばれた男達は、べっとりと油を撫で付けたオールバックで、一見双子のようにも見える。何の返事もせず、ただ後ろに続いた。
「お、オバサンだと……!」
マリアさんのウエーブのついた髪が、独りでに空中を動き回っている。近くの街灯が何故か割れて、一部が暗くなった。誰かが驚いている。
マリアさん。
貴女はオバサンじゃない。
いや、例えオバサンだったとしても、世の中の男はオールオッケイですよ!!
あ、まずいぞ……。
気が付けば、もう時間がない。
吸血鬼は、もう来ている。
しかも変なお供を連れていた。
タクヤとコハルちゃんが戻らない。
目線の先で、吸血鬼一行がコンビニに入って行くのが見えた。
「遅いな! 何してるんだよ! まったく!」
もう間に合わない。
二人が帰って来ないまま始まってしまう。
トランクスのおっさんも、どっかに行ったままだ。
いきなりのグダグダ。
皆勝手に行動し過ぎだ。
吸血鬼チームの方が、遥かにまとまっている。
やがて鐘の音が舞い降りる。
俺達を現実世界から引き剥がす、不条理な音が響き渡る。
景色がずれていく。
俺達をのせた船だけが、静寂な海へ出航していく。
光の粒子が俺を包み込み、黒い革の外套に変化した。胸の部分で青白い炎が、蝙蝠の羽の形をとりながら揺らめいている。右手には文字が無数に刻まれた鉄のパイプが現れた。
身体中に力がみなぎる。
視界がクリアになり、意識が研ぎ澄まされていく。
最終レベルは十二。
ステータス的には、先週の倍以上。
更に、レアアイテムや魔法の武器を装備する事で、信じられない程の数値上昇となった。
もう初心者じゃない。
RPG風に言うなら、中級冒険者の仲間入りだろう。
世界の歪みが収まっていく。
全ての現象が集束した後、地面に無数の茶色い塊が浮かび上がった。
草原ゾンビの登場シーンだ。
「ああああ! もう! 始まっちゃったよ!」
イライラ満載でわめき散らすと、竜二さんが黒いバンから降りてきた。
着くずした迷彩服の腰の辺りに、マシンガンが見えるのは気のせいだろうか。
じゅ、銃撃戦やるつもり?
「落ち着けってコウタ」
「って言われてもな――!」
コンビニからアルキオネが三人で出てきた。
自動扉を潜るやいなや、後ろの男達、メローペとタイゲタが駅に向かって走り出す。
猪突猛進。
黒い線のようになって進んでいく。
とんでもないスピードだ。
「あ――――!! やばい!! あっちには、コハルちゃんやタクヤがいるぞ!!」
一瞬で改札を飛び越えた男達は駅の中に姿を消す。
嗚呼!!
最悪の展開が頭をよぎって、身体中の毛が逆さ立った。
アルキオネが来ている事を、まだ二人は知らない。
九時になったのは、分かっているだろうが、いきなり狙われているとは思っていない!
俺が走り出そうとした時、目の前に無数の草原ゾンビが立ち上がった。いつもは匍匐前進しかしない筈の草原ゾンビが、まるで足止めをするかのようにバリケードを作っている。
「くそ! 退いてくれ!」
俺が鉄パイプを振るうと、何匹かのゾンビが巻き込まれて粉々になった。だけど壁が厚い。
すぐには突破できそうにない。
二人の名前を叫ぶ。
危険が迫っていると知らせる為に。
「落ち着け!」
群がって来るゾンビどもに鋭いガンをくれながら、竜二さんが歩いてくる。
「いやいやいやいや! いきなりピンチでしょ、こんなの! あの双子みたいな奴らも吸血鬼なんでしょ?」
「あっちには虎夫がいる。心配しなくて大丈夫だ。それよりも目の前と、アルキオネに集中しろ」
「と、虎夫さん……?」
女子トイレ捜索に命をかけていそうな虎夫さんが、この場面で何か役に立つんでしょうか?
突然、駅の改札が爆発した。
赤い炎と黒い煙が巻き上がり、改札機が何台か吹き飛んだ。熱風が俺の肌を焼いていき、思わず顔を腕で隠す。
その中から出てくる人影がある。
炎を掻き分けて、悠然と進み出てくる。
メローペとタイゲタの襟首を捕まえて、勝利を鼓舞するように高々と掲げていた。
捕まれている男達は、足をバタバタさせて踠いている。
トレードマークの黄色いティーシャツ。
そこにプリントされた美少女が親指を立てていた。
「女の子の秘密を覗こうなんて! この変態ども!! 僕が許さないぞ――!!」
女子の秘密って・・・。
お前が言うな! ですね。
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