27.後釜 其の二
どこぞの神様のように、空からいきなり降ってきた白い全身甲冑さんは、パオーン弟を秒で屠って、残りのパオーンに向き直る。レベルが四に上がっていた。
経験値が山程入ったのだろう。
この調子で残ったパオーンも倒したら、もう一つレベルアップするに違いない。
まさに電光石火。
戦闘中のBGMがサビに入り、突如現れた謎のヒーローは、否応なしに俺達の期待を集めてしまう。
素晴らしい。
雷がピカピカ鬱陶しいけど、その派手なエフェクトに負けない強さだ。
大きな鉄槌を掲げた、その勇姿を眺めていると、背中に、にょきにょきと半透明の羽が生えた。
なんで羽?
素朴な疑問が湧いてくるが、その模様が揚羽蝶のようだと眺めていたら、急に羽ばたきが激しくなる。
そして舞い上がった。
重力に捕まっている俺達を嘲るように。
…………。
……………………。
……………………………………。
《ちょっ! 待てぇぇぇーい!》
《どこいくのー? 待ってー!》
《もう一匹いるぞー! なんとかしろー!》
【一弦コハル】は舞い上がり、一瞬で俺達の画面からドロップアウトした。
何がしたかったのだろう。
正義のヒーローが帰還してしまった。
助けるなら最後まできちんと面倒みて欲しい。
俺達と一緒に、パオーンさんも大空を見上げているではないか。
ま、まあ、いっか……。
もしかして、今のは横狩りというやつか?
MMO なら美味しい獲物は奪い合い。
さっきの全身甲冑さんも、そんな連中の一人なのかも知れなかった。経験値やレアドロップ目当てに、俺達がやり合っているパオーンを殴っていったんだろう。
だが、結果的には助かった。
退路は確保出来たのだ。
取り敢えずは、ありがとう。
謎多き白い全身甲冑さんよ。
君とは、お話しする時間も無かったけど、全力で逃走させてもらうよ。
そうしたら、画面がチカチカ明滅しだした。
夏の夕立のような雷鳴が近づいてくる。
まさか……、と思って佇んでいると、今度はキリモミしながら【一弦コハル】が頭から落ちてきた。
凄いスピードで落下した先はパオーンさんの脳天。
衝突の際に【一弦コハル】の首がぐにゃりと曲がって悲惨に見えた。
《か、帰ったんじゃないのか?》
《さっきから、行動が滅茶苦茶だね……》
タクヤに滅茶苦茶だって言われとる。こりゃ、よっぽどのトラブルメーカーだぞ。操縦桿が取れてしまったセスナ機を見ているようだ。
首が曲がったままの【一弦コハル】は、暫くの静止の後、パオーンが持っている巨大な斧で、おもいッきり殴られた。短いHPのバーが一瞬でゼロになり、よたよたと歩いた後に倒れる。
なんで、敵前で固まっちゃうのか理解できない。
ゲームしながら寝落ちでもしたんだろうか。
《タクヤくん。退散しようか? あの人殺られちゃったし。僕達いても何もできんでしょ……》
《う、うん……》
挙動不審な輩をあっさりと切り捨てて、パオーン弟の残骸を乗り越えると、酒場の正面に回り店の中に飛び込む。
画面が切り替わって、外の様子が分からなくなった。
ここで待機だ。
店内は安全な筈だから、パオーンが、どっかに行くまで隠れていよう。
息を殺していると、ヘッドフォンから雷の音が聞こえてくる。近くにガンガン落ちまくってるような激しい音だ。
いちいち五月蝿い奴だ。
外で復活した白い全身甲冑さんが、怒り狂って暴れているのかも知れなかった。
やがて雷鳴が止む。暫くすると、【一弦コハル】が店の中に入ってきた。レベルが俺達と同じ五になっている。どうやら残りのパオーンも倒してきたようで、あっという間に追い付かれてしまった。
なんだか、ちょっと悔しい。
そして、この人がちょっと怖い。
それはそうと、黒いフードのNPCはどうなったのだろうか? 後で確認するとして、もし無事だったんなら、この人に感謝しないといけない。それに、際限なくレベルダウンしてしまう危機から救って貰ったんだ。あのまま二匹のパオーンに殴られていたら、俺とタクヤは再起不能だった。
このプレイヤーに別の意図があったにせよ、そこは、きちんとお礼を言わねば。
【助けてもらって、ありがとう】
エンターキーを押して、チャットで話しかける。
横狩り目的だったなら、相手にとっては意外な言葉だろう。別にそれでいい。俺の素直な気持ちなんだ。
…………。
しかし、この【一弦コハル】。
俺のありがとうに、いつまで経っても返事がないので、不安になってきた。
気付けば俺達の周りをウロウロしている。
まったく行動が読めない奴だ。やっぱり危ない人なんじゃないか?
《この人、もしかして返事の仕方が分からないのかな?》
タクヤがポツリと言うのだが、あんなに強い人がチャットが出来ないなんて、あるんだろうか?
【エンターキーを押すと、会話入力できるよ】
お節介になってしまうだろうが、念のために伝えてみる。すると、すぐに返事が返ってきた。まさかの展開だ。本当に知らなかった。
【救世主さんが言っていた、コウタさんとタクヤさんですか?】
謎多き人物から、知り合いの名前が出てきたので、少し警戒が解ける。
【そうそう。俺達は知り合いだけど】
【救世主さんが死にました】
――――え?
こいつは突然何を言って来るんだ?
救世主が死んだって……?
まさか失敗したのか? 吸血鬼を怒らせたって言ってたけど、そいつに殺られてしまったのか?
【会って直接お話する事はできますか?】
チャット欄に文字が流れている。
タクヤがすかさずOKを出した。
そうだ会おう。まどろっこしいキーボード入力は無しだ。
椅子から立ち上がろうとした時、目眩がして、ドスンと尻餅をついてしまった。すぐに立ち上がれない。
視界が急速に狭まっていく。
人が死んだ……のか?
俺達の世話を焼いてくれた、優しい人が居なくなってしまったのか?
頭では理解していたんだ。
いつかこんな時が来るんだって事を……。
最悪だ。最悪の展開だ。
まさか、アイツが一番先に逝ってしまうなんて、思っても見なかった。
頭が重い……。
立たなきゃ……。立って話を聞きに行かなくちゃ……。
《……コウタ! 大丈夫? コウタ返事してよ!》
《…………た、タク…や……》
―――寝たら死ぬぞ。
どこかで女の声がした。
いや、したような気がした……。
一弦コハルと落ち合う場所は・・・。
もちろんあの場所です!