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前潟美羽の憂鬱

第二章 第9話ー1 一木代将とマナ大尉

の直後のお話です。

「時間を見てメールはしておく。じゃあな、前潟美羽。マナが来たから切るよ」


「さよなら、うまくやりなさい」


 努めて朗らかな口調で、前潟美羽は一木との通話を終えた。

 そして次の瞬間には、彼女は手にしていた携帯端末を床に投げつけた。


 第013機動艦隊旗艦”キングアーサー”の師団長用個室に敷かれたカーペットは分厚く、そして軍用の端末は頑丈だった。


 激しい衝突音の割には損傷も無く、端末には一木の義体である55式強化機兵の待ち受け画像が引き続き映し出されていた。


 投げつけたままのポーズで、その画像をしばし見つめていた前潟美羽代将は、ため息をつくとベットに倒れ込んだ。


「あー……これがNTRってやつ……。こんな事ならいっそ……」


 いっそシキが死んだ後、一木に告白していれば……。

 そう続けようとして、それが最低の行為だと即座に自覚して、前潟美羽は独り言を止めた。


「弘和……大丈夫かしら。一人で艦隊に配属なんて。シキがいないんじゃ夜寂しくないかしら……あの甘えん坊の人見知りが……」


 つらつらと口に出すと、前潟美羽の心に不安がもたげて来る。

 あの一木弘和という百五十年前から来た男は、頼りなかった。

 幼馴染の上田拓は昭和生まれの男は凄い! 兵士なら命を顧みないサムライで、企業に務めれば会社の命令に忠実な二十四時間休まない戦士だ! 等と言っていたが、まるで違っていた。


 いつも自身なさげで、シキに頼って、あのモノアイで不安げに私たちの事を見ていた。


 自身たっぷりで、独りよがりで、私の事を見ない、父の様な男とは違っていた。


 大人らしからぬ立ち居振る舞いや、そもそも人間の体では無い事が、前潟美羽のトラウマを刺激せず、優しい言動や他者を害しないように気を使った態度は、前潟美羽の常識を根本から覆す存在だった。


 そもそも前潟美羽という人間は、元来孤独であった。

 最近では珍しい人間の夫婦から生まれた彼女だったが、人工授精施設で生まれアンドロイドに養育された子供や、アンドロイドと人間の夫婦に引き取られて育った子供に比べ、格段に不幸だった。


 反アンドロイド主義政党の政治家である父親は家におらず、そんな父親に依存し、ヒステリック気味の母親に育てられた彼女にとって、母親とはイライラしていて、関わると怒鳴り、叩き、物を投げつける存在だった。


 そんな母親が自殺し、一人になった彼女は、多忙な父親が役所に言われ、しぶしぶ支給を受けた父親のパートナーアンドロイドによって育てられる事になった。


 それからの生活は、夢の様だった。

 アンドロイドの母は、イライラもしていなかったし、物も投げず、暴力も振るわず、いつも抱きしめてくれた。

 それまで禁じられていた近所の同年代の子供と遊ぶことも許してくれた。


 上田拓や津志田南と出会ったのもその頃だった。

 彼らを家に招くと、いつも豪勢な手作りお菓子を用意してくれた。

 

 優しい母と愉快な友人に囲まれた彼女は、幸せだった。


 そんな生活は、美羽が十五歳になった時、唐突に終わった。

 ある日家に帰ると、そこには父親がいた。


 それまで選挙区抽選制によって世界中を飛び回っていた父親が、党の比例代表に選ばれ、日本を拠点にすることになったからだ。

 

 幼い頃に数回、後は母親が死んだ時にしか会っていない父親は冷たい目で美羽を見ていた。


 美羽はその時、父親が小さく「機械臭い」と呟いたのを聞いた。

 瞬間言い知れぬ不安に包まれた。


 いつも美羽が帰ってくると、必ず玄関で抱きしめてくれる母親は、どこに行った?

 慌てて家の中を探そうとした美羽を、父親は思いきり平手で殴った。


「あんな塵を気になどするな! リベラル融和党の比例代表である私が、アンドロイドを家に入れていた事のリスクが分からないのか!」


「で、でも……お母さんが、お母さんがいない……」


「機械を母などと呼ぶな! ああ、あんな塵に任せたばかりに……十五になってまだこんなに子供だ。明日からは優秀な世話人を雇ってやる。高級な人間の世話人だ。機械の塵じゃない。だから、早く私の様な立派な大人になるんだ!」


 呆然とする美羽に対して、それから父親は延々と自分の党の主張や、アンドロイドとナンバーズの害悪をしゃべり続けた。

 美羽が母親を探そうとすると、ただただ殴った。

 夜も更けた頃、満足した父親が今日は寝ろと言って話は終わった。

 母親は結局どこにもおらず、それから美羽は、非常に高価な人間による家政婦に世話される事になった。

 

 複雑なマナーや、高級シェフ並みの料理を身に着けた彼女達は優秀だったが、母親の様な温かさは無かった。

 それから、美羽は大人を嫌うようになった。

 大人が、父の様な存在なら……。


 そう思うと、時に出会う大人。

 特に男性を見ると、自然に厳しい態度になってしまった。


 大学の卒業が近づいた頃には、親友の三人以外の同年代までもがその対象になり、気が付くと母親そっくりのヒステリー女が出来上がっていた。


 そんな時、一木弘和に出会った。

 自宅マンション近くの路上で、看護師のSLに介抱されながらへたり込んだ、巨大な軍用ロボットを見た時は驚いたものだ。


「あなた大丈夫? 何があったの?」


 母親の事でアンドロイドの事が好きだった美羽は、その時その場にいた四人の中で、一番最初に話しかけた。

 しかし、答えたのはSLの少女では無く、驚いたことに軍用ロボットの方だった。


「あー、すいません……街を歩いてたら、頭痛が酷くなって……」


 大人の、男の声だった。

 思わずのけぞり、睨みつけてしまった。


 だが、そんな美羽の態度に対して、一木弘和が取った行動は彼女にとって意外過ぎるものだった。


「ああ! すいません。驚かせてしまって申し訳ない……あの、俺は一木弘和と言いまして、なんといえば……サイボーグで、交通事故に遭って、この身体になったというか……あー、えーと、シキ、どうしようか?」


 大抵不快感か怒りをあらわにする状況下で、一木弘和というそのロボットは謝罪し、慌てながらよく分からない説明をして、SLの少女に縋りつき、そして美羽の目を小動物の様におずおずとモノアイでチラ見した。


 思えばあの時すでに、前潟美羽は一木弘和に敗北していたのだ。

 以来、身長二メートルの軍用ロボットに脳を移植したサイボーグの事を、考えない日は無かった。


 だが、運命は残酷だった。

 彼にはすでにかけがえの無い伴侶がいたのだ。

 かつての母親を思い出させるその少女に対し、前潟美羽は即座に白旗をあげた。

 

 惚れた異性であると同時に、一木弘和は親友だった。

 その伴侶であるアンドロイドのシキもまた、親友だった。


 友人を悲しませることをするほど、落ちぶれてはいない。

 父親の様な事はしない。


 そう決意し、前潟美羽の初恋はあえなく終了した。


 その後、シキが不幸な事件で死んだときも、前潟美羽はその想いを貫徹した。


 やり方次第では、一木弘和の心を引き寄せる事が出来たのかもしれなかった。

 しかし親友の死を利用して、親友の心を得るような卑怯な振る舞いを、彼女は自身に許さなかった。


 だからだ。

 絶対に、親友。

 親友。

 親友である一木弘和は、諦めなければならないのだ。


「……マナちゃん、か。弘和やれるかしら。女の子誘える? オドオドしてヘタレてないかしら。はっぱかけようといきなりセックスしろとか、そもそも私のアドバイスやり過ぎ? うー……あ、次はこう言えば……」


 それ以降も、前潟美羽の脳裏には様々な思いが飛来する。

 考えれば考えるほど、脳は後悔と閃きの袋小路に陥っていく。


「駄目だ。こんな時は……」


 ある事を決心すると、前潟美羽は勢いよくベットから起き上がった。

 そして、床に転がっている携帯端末を拾うと、とある場所に通話を入れた。


「あ、福利課? 十二、三歳の美少年大至急一人お願い。え? うん。朝まで。よろしくね」


 通話を終えると、前潟美羽は立ち上がった。

 表情にすでに迷いは無かった。


「さて、お風呂の準備しよ」


 晴れやかな声でそう呟くと、鼻歌を歌いながら軽い足取りで風呂場へ歩いて行った。

 彼女の夜は、これからだ。

小説書かないで休日過ごしたら、なんか不安と罪悪感に包まれて書いてしまいました。

とりあえず当分は、参謀達と一木の同期の短編を書いていきたいと思います。


よろしくお願いします。

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