第一話 彼女がほしい
目の前に男の死体が転がっている。
流れる血はまだ暖かく。
表情は驚愕で停止していて。
未だ感情を残しているかのよう。
彼の首筋はひどく損傷していて。
最期の言葉は届かない。
なぜなら私がそうしたから。
手に残る彼の体温と、手に残る彼の血の感触に煩わされながら、彼の身体をまさぐる。
暗い通路では手探りでしか物を探せない。とはいえ明かりをつけることもできない。
まだ仕事は終わっていない。
腰のホルスターに回転式拳銃。装填数6発全て揃いずみ。
武装が手に入ったのは良かった。このままだと、ガラスの破片で戦う羽目になるところだった。
予備弾はポーチに36発。スピードローダーなし。
口径は38。リムドカートリッジ。小口径なのは少し不安。
なにせここの奴らはタフだから。
ホルスターとポーチをベルトごと貰い受け、そのまま身につける。私には大きすぎるきらいはあれど、ぎりぎり身につけられた。
更に上着も奪い取り、羽織る。ポケットにはなにもない。残念。
時間があればもう少し探して、ナイフや金銭も手に入れたかった。
だが、見張りが戻ってこないことに気づく可能性は十分ある。
ここらで切り上げねばならない。
立ち上がると、死体は床に沈んでいく。
剥ぎ取りが終わると迷宮に食われる。
そうなっている。らしい。
通路の奥は、何やら男たちの声で盛り上がっている。
いわゆる『お楽しみ』とやらが行われるらしい。
見張りの男は、それに参加しないだけの良心がまだ残っていたのか。それとも単に一番下っ端だったのか……。
後者だと思っておこう。それなら私の良心も傷まない。
もう一度だけ、拳銃の装填数を確認してから、奥へと進む。
石の壁と床が、足音を反響させる。慎重に歩を進めねばならず、またその分、奥の騒ぎがよく聞こえて、焦りが心にはびこる。
『お楽しみ』で私に気付かれないのはいいが、始まってしまうのはまずい。
手遅れになってしまう前に。
手に入れたい。
なんとしてでも。
* * *
部屋の出入り口には見張りがいなかった。
扉も開いているが、これは外で何かあっても聞こえるよう、わざとだろう。
首を切り裂いたのは正解だった。
下世話な会話が聞こえる。順番待ちで争っているようで、まだ『お楽しみ』は始まっていない。
まずは一安心。
部屋の前まで行き、ガラスの破片を使ってこっそり中をうかがう。
数は5人。武装は半自動拳銃だが、ホルスターに収まっているようだ。
そのうちの一人が少女を捕まえている。
一人はこちらに近い壁にもたれており、他は順番争いに夢中。
全員が、一糸まとわぬ彼女の姿を見ている。
ああ、彼女を入れたら6人か……。
ホルスターから回転式拳銃を取り出し、弾が装填されていることを再度確認する。
6発。問題なし。
撃鉄を上げる。
引き金に指をかける。
中のやつらはこちらを見ていない。
覚悟を決めなくちゃ。
壁の男の頭部に銃を向けて、ゆっくり狙ってから、引き金を絞った。
銃声が鳴り響き、男の頭に赤い花が咲いた。
力が抜けて倒れる男に向かって、私は走り寄る。他の男たちが銃声に驚きはするものの、ホルスターから銃を抜くのを忘れない。荒事慣れしていらっしゃるようで。
私は倒れていく男の脇の下に腕を差し込み、支え、遮蔽にした。
銃を抜いた男たちが何やら叫びながら、引き金を引き始める。何発かは外れ、何発かは私に向かって飛んだが、花の咲いた男の死体が盾になって、私までは届かない。
人体というのはなかなか優秀な遮蔽物だ。
その間にゆっくりと狙いを定めて、右から順番に、2発ずつ撃った。
胴、頭。男が倒れる。
胴、頭。男が倒れる。
6連発、残り1発を、よく狙って、三人目の頭に撃ち込んだ。
3人目の男が崩れ落ちない。頭部より心臓だったか? 失敗した。
3人目の男が顔を抑えながら、こちらに歩いてくる。近づかれたら、私では勝ち目がない。
遮蔽にしている男の腰をまさぐる。ホルスター。他のやつらと同じ場所にあった。
即座に奪い、構えて、心臓を狙って、引き金を絞る。
銃声がして、胸が大きく裂けた。
崩れ落ちていく3人目の男を横目に、最後の男に照準を合わせる。
私と同じように、人体を遮蔽にしている。
ああ、彼女を遮蔽にしている。私が求めるもの。私のやり方を真似られたか。失敗した。
でも大丈夫。狙って撃てば大丈夫。静かに、冷静に。引き金を。
引いても、するのは金属がぶつかる小さな音だけ。
やっぱり。
最後の男が笑う。勝利を確信した下卑た笑い。盾にしていた女を捨てて、立ち上がり、こちらに歩いてくる。ゆっくり。
その表情はすぐさま停止した。
首筋にガラスの破片が、深々と突き刺さっていた。
私の最後の武器は、しっかりと、その性能を再度発揮した。
* * *
5つの死体が本当に死体かどうかよく確認した後、通路を見て、敵が他にいないか、確認した。
目と耳での確認でしかないが、少なくとも、すぐにこちらに来るような気配は感じられない。
情報通りというところか?
裸の少女が震えている。
寒さだけでないだろうし、同情も沸かないこともない。
羽織っていた上着を彼女にかけてやると、顔を上げて、私のほうを見た。
16歳ぐらい。背は低いが、肉付きはいい。大きな茶色の目が、今は怯えの色で濁っている。
気の利いた言葉をかけてやりたいが、私にはまず確認しなければならないことがある。
彼女の目をまっすぐ見返して、私はこう問う。
「キミが、魔法使いか?」