第3話 命運尽きて
「な、何を言ってるんだ。検査院は国の機関を検査するだけだ。自治体は検査対象じゃないぞ」
「貴市は給食事業に用いるため、『学校施設環境改善交付金』を補助金として国から受け取っていますよね。弊社との委託事業費に、その交付金が充当されていることぐらい、私どもも存じておりますよ。国の補助金が不適切に執行されているとすれば、会計検査院も動かざるを得ないんじゃないんですか?」
「あんた、私を脅すのか――」
「いいですか、営業部長さん。こちらもあまりうるさいことは言いたくはないのですが、そこまで仰るなら、こちらからも一つ申し上げましょう」
今までの温厚なものからは想像できない厳めしい表情で、総務部長が低い声を出す。
「先般、御社の配送車が、空き容器と残菜の回収に使われた事がありましたね」
「!」
総務部長の言葉に、営業部長は言葉に詰まる。その様子を見て、社長も不安そうな表情を浮かべ、営業部長に事情を尋ねた。
営業部長によると、先月下旬に、ある中学校から空き容器や残菜を回収するための専用車が、回収に向かう途中で交通事故に巻き込まれたそうだ。多重追突事故の先頭にいたという回収車は、後部バンパーが多少歪む程度の大した被害ではなかったが、もらい事故であるにもかかわらず、警察の現場検証に立ち会わなければならないということで、回収の時刻が遅くなる旨を、その中学校へ連絡したという。
だが、「予定の時刻通りに回収してもらわないと困る」と、学校事務局の職員に強く言われたことから、やむを得ず、配送専用車で回収に向かったというのだ。
「あれは、事務の先生に強く命じられたので、そのようにしたのです。仕様書にも、現場の担当職員に従うように定められているではありませんか」
「それは確かにそうです。ですが営業部長さん。配送車を回収に用いてはならないという意味、おわかりですよね」
「はい……。衛生上の問題です……」
「そう、そのとおり。食べ終わった弁当箱や残菜を配送車で回収すると、仮に回収物に病原体が付着していた場合、翌日同じ車で配送すれば食中毒が起こる可能性がある。中学校の職員が誤った指示をしようと、絶対遵守すべき事なんですよ、これは」
「しかし、これは市の方の落ち度でもあるのでは……」
「ええ、もちろん。ですから担当職員には、口頭で厳重に注意しております」
「その時の中学は、今回の苦情を出してきたという中学と同じ学校だったのでしょうか?」
「いいえ、別の学校です」
「なら、今回の契約解除とは関係ないではありませんか」
「誤解しないでいただきたい!」
なおも食い下がる営業部長に、総務部長は語気を強めた。
「仰るとおり、配送車での回収の件は、契約解除の本当の理由とは関係がありません。ですがね、重大な契約違反であることには変わりない。仮に誰かが、会計検査院やその他の第三者に善意の情報提供をしたとしても、本市は子供達の健康を損なうおそれのある業者との契約を解除した、と主張するまでです。事実その通りなんですから」
そして総務部長が席を立つと、主幹と契約検査課長も同じく立ち上がる。そして課長は、やはり冷たい口調でこういった。
「本市の申し出を快諾くださり、誠にありがとうございます。あと三ヶ月弱と短い期間ではありますが、引き続きよろしくお願いします。本日はご足労くださいまして、ありがとうございました」