『黒い羽根』
……逢魔が時。
わたしは家路を急いでいた。
……早く。急がないと、夜になってしまう。
昔から、わたしは夜が苦手だった。
街から色を奪い、見慣れた風景を黒く染めてしまう闇が嫌いだった。……怖かった。
なぜ、怖いのか?
それは、自分でもよく解らなかった。
でも、はっきりと理由を言えなくても、わたしは夜が怖かった。漆黒の闇は、わたしの心に怖れの感情を抱かせるものだった。
だから、できることなら、夜の闇の中に自分の身を置いていたくない。
夜は……屋外にいたくなかった。
なのに……。
……わたしは立ち止まってしまった。
マンション前の児童公園。ブランコに、彼は独り腰かけていた。
この公園で遊ぶには、少し年齢オーバーな感じ。見た目は、わたしより少し年下といったところ。ひとりの少年が、わたしの足を止めさせた。
……翼。
それに目を奪われた。
彼の背中には、二枚の大きな翼があった。
夜の色……漆黒の翼。
翼だけじゃなく、彼が身に着けている衣も黒だった。
ぬばたまの髪に、黒曜石の瞳。
……夜の化身。
そんな言葉が思い浮かぶほどに、彼には黒──その漆黒がよく似合っていた。
少年と目が合う。
このまま見つめ合っていたら、心が囚われてしまいそうな……。
……とても綺麗な瞳だった。
「あなた、悪魔?」
わたしは、我知らずそんなことを訊いていた。
少年は微かに眉を顰めた。
そして、ひどく淋しげに微笑した。
「僕の翼が、黒いから?」
「えっ……」
「僕の翼が黒いから、君は僕が悪魔だと思ったの?」
切なげな眼差しでわたしを見つめ、少年は静かに言った。
なぜか、彼の言葉がわたしの心に焦りを生んだ。
「別に、そんな……」
戸惑うわたしに、彼は続ける。
「もし、僕の翼が純白で、金色の髪をしていたら……君は僕を天使だと思った?」
「…………」
……わたしは答えられなかった。
「どうなの?」
重ねて答えを求めてくる少年に、わたしはなかなか口を開けなかった。
しばらくして、なんとか「そうかもしれない」とだけ、わたしは言った。
その答えに、少年はひどく哀しげな表情をした。
わたしを映す黒曜石の瞳が揺れた。
どこか泣き出しそうな彼の顔に、わたしはひどく罪悪感を覚えた。
彼と目を合わせているのが、辛かった。
「やっぱり、そうなんだね……」
呟き、
「でも、声を掛けてもらえて嬉しかったよ」
と、彼は穏やかに微笑んだ。
そして。
「……ありがとう」
一言そう言うと、黒い翼をもつ少年の姿は儚くなって消えてしまった。
その跡には……。
「えっ……」
少年の座っていたブランコには、一枚の羽根が残されていた。
誘蛾灯の仄かな明かりの下、淡く照らし出されたその羽根は……とっても美しかった。
「なんで……?」
それは、穢れのない純白の羽根だった。
ブランコに近づく。
真っ白な落し物へと手を伸ばす……。
わたしは、羽根を手にした。
その瞬間……それは変化した。
「そんな……」
……羽根は真っ黒に染まってしまった。
気づくと……辺りは羽根と同じように、すっかり闇色に染められていた。
わたしは、暗い夜の中にいた……。