短編②
よろしくお願いします。
なんで今日に限って土曜の朝はこんなにも清々しいのだろう。健康的な朝で起きてしまった。こんな時間に起きてしまってもやることなんてない。
だから、私はせめてこのどんよりとした空気を変えてしまうために伸びをした。
「ん〜んん〜」
ゆっくりと両手を頭の上まで持ってきて深く息を吐き出す。
すると、少しだけ体は、軽くなった。
しかし、どうしても心のモヤモヤは晴れてくれそうにない。
爽やかな朝に耐えきれなくなり、試しにテレビをつけてみた。ニュースには、昨日のことやひと時のスクープがとりだたされている。
そして、あのニュースが流れた。
『昨日、午前6時27分の急行高崎行きのJR線の線路内にて 18歳の女子学生がイジメを苦に自殺をしました。学校関係者の話によると、今、事実確認をしているとのことです』
私は、そのニュースにだけ耳を傾けた。
彼女は、一体何を思ったのだろうか……。彼女は、一体どうしたかったのだろうか。
——私は、その場にいた。だから、考えた。彼女のことを!——
彼女が急行の電車に轢かれてしまう瞬間を私は見ていた。轢かれる瞬間、彼女は、泣きながら笑っていた。
その意味を考えずには、いられなかった。死ぬ瞬間に笑うなんて……と。
彼女が轢かれた瞬間、血がたくさん飛んだ。彼女は、空を舞う。
それなのに笑って逝ったんだ。
「イジメを苦に自殺……」
彼女のことを思い、ボソッと呟いた。
その日1日はとても長い1日だった。気がつけば、轢かれて死んだ見ず知らずの女の子のことを思い巡らせた。
あの瞬間、その場の誰もが立ち尽くした。人の死とは、それだけのインパクトがあった。
だが、しかし、それも束の間、それを見ていない野次馬によって彼女の死は、世界でバカにされたように発信されてしまう。
写真として撮られ、動画として残され、Web上に拡散される。Webは、なんでも知っているんだろう。
『人が死ぬところ初めて見た!』
『まじやばい血が飛び散ってる、掃除大変だろこれっww!』
『遅延とかマジ勘弁!! どこのどいつだよ、マジ迷惑。会社遅れるー』
『損害賠償、御愁傷様8888』
画面越しにあなたたちは、何を見ているの?
彼女の死は、多くの人に迷惑をかけた。しかし、彼女からのSOSを誰もが無視をした。
彼女が死んだ原因がイジメだとしたら、気がついていた人は多い。多くの人が見て見ぬ振りをして見なかったことにした。
テレビの有識者は、
『イジメにあったら助けを求めてほしい。匿名でもなんでもいいから、勇気を振り絞ってほしい。私は、あなたの味方です』
と真面目な顔をして、声高々にいう。
そんなのは、綺麗事だ。希望に満ち足りた人の言葉だ。
「あなたは、目の前でナイフを向けられて勇気を振り絞って、助けを呼べる?」
目頭が熱くなってきた。
なんだか、タバコが吸いたい。もう、やめたはずなのに……。
電話が置いてある棚の引き出しから、吸わないでいたタバコを一本だけ取り出した。
ベランダに出て、タバコに火をつけた。
しかし、それを吸う気にはなれなかった。
「ふう————言えるわけないよ。だって怖いもん。助けを求めたらそれで殺されるってわかるもん」
彼女の顔を見れば、そんなこと言えない。死ぬ瞬間の彼女の顔を見てしまえば……。
言えないのだ。イジメに遭い、精神がすり減ってしまった彼女たちは、その勇気でさえ、イジメの対象になってしまうと考える。彼女たちは、今が怖い。たとえ、未来に救いがあったとしても……。
「助けを求めろなんて、バカにしてる。勇気を出さなきゃなんないのは、私たち……見ていた方でしょ?」
イジメられる恐怖に打ち勝った人だけが救われるというのなら、そんなものはないのと同じだ。
「最後の勇気を何に使ったのか……、死ぬことに使った。助けを求めることに勇気を使う人は少ないのかもしれない……」
煙が雲と重なった。2つは同じように流れてゆく。
彼女が死んでも、時間が経てば、電車はいつも通り運行する。ニュースは、また別の自殺者の話題にすり替わる。
そして、くだらない芸能人のゴシップに変わったりする。そんなもの重要?
また、社会は回ってゆく。変わることを謳いながら、変わることなくいつも通りに繰り返す。
「初めから死にたい人間なんていない。生きて、生きて、生きぬいて、死ぬ瞬間まで誠意いっぱいに生きるんだ」
彼女は、死ななかったら、どんな風に流されていたのだろうか。
あなたのことを誰かが考えている。そんな土曜の朝。
タバコの煙が空に消えてゆく。見えないけど、そこにある……。
「さよなら……さよなら」
まだ2話