第3話
最後の『』は放送内容を表します。
同日 16:42
S県八条市
八条高校 音楽室
「もっとバリケードになるものを、急げ」
八条高校の音楽室では異様な熱気に包まれていた。
男子生徒が音楽室のドアに机や椅子、楽器などの重くてバリケードに適しているものを積み上げているのだ。積み上げたものは既に天井にまで届いている。それでもまだこれでもかと言うくらい積み上げようとしているのだ。
「もうこれくらいでいいだろう」
作業をしていた眼鏡をかけた男子生徒が荒い息継ぎをしながら、作業をしている生徒たちに言った。
積み上げ作業を行っていた男子が、一斉に作業を止め散り散りに動く。それぞれ、余った椅子に座ったり床に寝ころぶなどして自由にした。
この部屋だけで恐らく、20人はいるだろう。しかも、その大半が男子だ。
夏川はここへ来る前、木村加奈子を探すため、逃げるのに出遅れたのだ。加奈子は見つからなかったが、加奈子が生徒たちと体育館に逃げていくのを窓から確認し無事であることが分かった。しかし、体育館に向かう途中、大量のゾンビが廊下一杯になだれ込み加奈子どころではなく、身を隠すことにした。その過程でここのコミュニティーに入れたのだが………
「リーダーは僕だ。僕の命令に従え」
「ふざけんな!だれがいつ決めた」
「僕はここの生徒会副会長だ。非常時には生徒の安全確保のため生徒会の命令に従う……生徒手帳にも書いてあったろ」
「しるか。第一今はそれどころじゃねぇだろ。生きるか死ぬかの瀬戸際に規則もクソもあるか!」
ついさっきからずっとこうだ。
夏川は半身あきれ返っていた。自分の意見しか言わないのにどうやって解決するんだ?
声には出さない。無理に介入すると事態がややこしくなる。
かいていた胡坐を解き体育座りで身を窓際に寄せる。
加奈子……無事でいてくれよ………
夏川は罵りあっている生徒たちの中で自分の身を考えず、ただ、家族と最愛の恋人のことを想っていた。
16:17
S県八条市
八条高校 旧館2F 小教室内
「陽子……お願いだから起きてよ……ようこぉ………」
涙交じりで少女は今しがた息を引き取った少女の死に向き合っていた。
葉柱陽子は親友の美空雫を助けるためにゾンビに数ヵ所噛まれたのだ。幸い、噛まれまれた時に発した悲鳴で近くにいた男子生徒にゾンビを退治してもらったものの噛みつかれた個所が首や手首と言った血の流れる血管が浮き出ているところで、噛まれた時に体内の血液のほとんが流れ、ショック性多量出血で死んでしまった。
親友の死に嘆く少女の傍らには見る限りうっとしそうにしている男子生徒がいた。
苛立っているのか、持っているバットを指でコンコンとつついている。
「それ、もう死んでるぞ」
無口だった少年が初めて発した最初の言葉はひどいものだった。
悪気があったのか知らないがしれっとした口調はこの場で身を制して死んだ少女に対する想いなど感じられなかった。
「………………」
雫は何も発しず、黙っている。
「供養が終わったのならさっさと行こう。ここも安全とは言い難いし上物の餌があるから直ぐに湧いてくる」
雫の肩がプルプルと揺れる。
気づいていないのか、男子生徒は構わず続ける。
「行くぞ。さっき言った通り『それ』はもう死んでいる」
男子生徒が雫の肩を掴んだ時、雫は掴んだ手を払いのけ、立ち上がり後を引いた。
「さっきから何よ!それそれって!陽子を何だと思っているのよ!なんで陽子が死ぬのよ!何であなたがいるのよ!答えてよ!氷室君!」
涙と怒声の声はバットを持ち先ほどから佇んでいた男子生徒「氷室徹夜」に向けられた。
氷室と彼女達は偶然会ったのだ。
氷室がこの異常な事態を認識したとき彼は旧館の化学準備室に向かっていた。化学準備室の前にたどりつき、さぁ入ろうと思ったとき、絹を裂くような女の悲鳴が聞こえ、準備室を後回しで小教室にへと向かった。
もともと生存者がいれば共に行く予定であったため寄り道に悔いはなかった。
教室内では女生徒に数体のゾンビが群がっていた。近くに連れであろうか、もう一人女生徒がいたがことは緊急を要していたため、まともな確認を取らずゾンビの頭部にフルスイングをぶちかました。
頭部の破壊と共に、頭蓋骨の隙間から脳が飛び出し床を汚した。
お構いなしに2体目に入り、今度は首を狙ってバットを振う。
首が120°位曲がった時は気持ち悪いという意識よりも違う意識に科せられたが構わず止めをさした。
最後一体は振り下ろす感じで、頭部めがけ振り下ろした。
スイカが割れるような音の後に頭部の穴という穴から血が噴き出た。頭部を中心に血がまき散る。この時に彼はうすら笑いをしていたが、雫は陽子に夢中で彼の顔を見向きしなかった。
それが幸か不幸かは後々分かる事となる………
「……あぁ、あ…くぁ………」
突如うめき声が小教室に聞こえた。その場には氷室と美空そして死者の葉柱陽子しかいない。雫も徹夜も口を声を上げていない。つまり………
「陽子、あぁ陽子……生きていたのね……よかった」
葉柱の体は小刻みに震えており、目も白濁色に染まっている。いや、それよりも床には彼女が流した何リットルもの血液がある。そう、彼女は死んでいるのだ。
雫は陽子に近づく。しゃがんで抱きつこうとした時、徹夜が陽子にバットを振り下ろした。
右寄りに当たったバットは今までの分を含め多少へこんだ。右耳に血が噴き出て、頭部が破壊された男子生徒に噴きかかる。
雫が何やら止めてだとか拒否の言葉が聞こえていたが、徹夜は構わず続ける。
二度と起き上がれないように徹底的に頭部をこなごなにする、潰れた頭部から脳が飛び散るまで殴り続け止めに陽子の口にバットの先端を押しこんだ。
歯が数本折れ、まるで押しつぶしたトマトのように陽子は無残な姿をしていた。以前の面影はなく、誰が見ても分からないくらい………
「ああああああぁ」
雫が絶叫を上げ徹夜を押し倒し陽子に近づく。
原型なき親友を抱きかかえ、泣き声交じりで陽子、陽子と呼び続ける。
沈黙が続く。数分が数時間に感じられた。
「……油断した。でも、もう動かないから安心しろ」
沈黙を破った徹夜は雫に追い打ちをかける結果となった。
雫は立ち上がり一人で教室を出て行った。
徹夜は後を追いかけようとせず、ため息交じりで
「俺ってやつはどうも女の扱いはなれてねぇな」
もう一度深いため息をついた後少女を探しに再び危険な廊下にへと出た。
16:45
八条市
八条高校 体育館2F 管制実況室
木村加奈子は恋人の片岡修平と数人の彼の友達と共に体育館に逃げた。
当初、壁を超え逃げようと考えていたが、柵から大量のゾンビが道路を占領していることがわかり退くことを余儀なくされた。
体育館に逃げる途中二人か三人がゾンビに捕まってしまった。自分の身が精一杯で助けることもできず、見捨てた。
加奈子はそのことを安全地帯に隠れてからずっと後悔していた。
悲鳴声と助けを求める声が耳に焼き付き今でも離れない。
時折、修平が励ますが効果はまるでなかった。
「生き残りはこれだけか?」
体育教師の曽我部は室内にいる生徒たちに確認を取る。
誰もうなづかない所から、生き残りは7人と分かった。
「この中で携帯電話を持っているやつはいるか?いたら警察に電話してくれ」
生徒たちはそれぞれ携帯電話を取り出し電話をかけ始めた。
「……先生、電話が通じません」
一人の女生徒が手を上げ曽我辺に報告する。すると、次々にと電話が通じないと言い出した。
曽我辺は困惑しながらも男子生徒から携帯電話を貸してもらい、警察(110)にかける。
何度かコール音が鳴ったが直ぐに電話オペレーターに切り替わる。
「……お掛けになった電話番号はただ今回線が混雑しているため少ししてからお掛け直しください。こちらは………」
警察が使えないことで多少動揺したが直ぐに思考を変え、今度は自宅にへと掛けてみる。こんな事態なので家内には外に出るなと言っておきたい。教師といえども一人の人間、家族のことは生徒と同じくらい気にかけている。
コール音は長く続きいつまで経っても出ない。さすがに心配したが繋がった。
「もしもし」
「………………」
返事はなかった。それが不気味で仕方がなかったが何度ももしもしと言い続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁあ………」
荒い息継ぎが聞こえ電話が切れた。
携帯電話を生徒に返し、生徒からどうでしたと聞かれたが、なんでもないと答えた。
家族のことが不安だったがそれよりも今は生徒のことだ。自分に言い聞かせるように何度も心の中で言い聞かせた。
改めて生徒を見ると、数人足りない。どこに行ったかと半ば焦ったがすぐに見つかった。
数人の生徒たちが放送器具をいじっていたのだ。突然何かを話し出した。
止めろと注意するも、放送は校舎全域に広がった。
16:52
八条高校
『「……通じた?」
「多分。設定通りなら全校放送のはず」
「ありがとう。お兄ちゃん、あたしは無事だよ。今体育館にいるの。心配しないで」
「放送を止めなさい」
「先生押さないで、危ない」
「先生とも一緒よ、だから、」
「生き残りは体育館に集まれ!ここには今、8人いる!学校のバスを使って脱出したいなら今 直ぐ来い」
「こら、勝手に………」
「じゅん…私も無事よ」
「おい、ちょっと、じゃあ俺も……」
「体育教師の曽我辺だ!このことは気にするな!先生が今から校舎に向かうからそれまでは 一歩も動くな!いいな!」
「ちょっと、先生!」
「うわ、………」』
幸か不幸か?蓄積した水は決壊しゆく………
葉柱陽子 (17)
雫の親友。教室内で逃げ込んだ際、窓から侵入してきたゾンビに雫をかばって死んだ。趣味はプリクラ。逃げる途中、プリクラの入った生徒手帳を落とした。
美空雫 (17)
氷室の同級生で委員長。腰まで伸びたロングの髪が特徴。氷室のこと気にかけていたが裏切られる形に。4人兄弟の長女。次女は小学3年生。
曽我辺義明 (38)
体育教師。ジャージと白のランニングシャツが特徴。二人の子供(一人成人で別居)と妻がいる。電話の相手はいったい………
おまけ
副会長
よくいる真面目タイプの仕切り屋。度々意見の合致で衝突することもしばしば。