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短編大作選

置き忘れ

僕は現場に足を踏み入れた。


初めてのことで足は小刻みに震えていた。


「これってネギですよね?」


「ああ、どう見てもネギだな」


「玄関マットの上にスーパーの袋に入った大量のネギがあるっておかしくないですか?」


「いやっ、別に普通だろ。スーパーで買ってきたものを玄関に置くことくらい誰でもあるだろ」


「そうですよね」


玄関を上がり、すぐ左にあるトイレへと移動する。


目に映る無惨な光景に、少しだけ後退りした。


「ここが事件が起こった場所ですか。凄いことになってますね」


「このダンベルが凶器だな。たぶん、あのボロボロに折れた棚が元々は頭上に設置されていて、そこにこのダンベルがセットされていたんだろうな」


「ということは殺しですか?」


「いや、まだ分からないだろ。そんなタイミングよく落ちるはずないしな」


「そうですよね」


トイレを出るとすぐ左にある扉へと向かう。


進むと僅かな違和感に包まれた。


「あれって爪切りですよね?」


「そうだな、あれはどう見ても爪切りだな」


「お風呂に入りながら爪を切ってたんですかね?」


「そうだろうな。俺はやらないが入浴中に爪を切ることは変なことじゃない」


「そうですか」


「浴槽のフタの上に爪切りなんて何の手がかりにもならんよ」


「そうですよね」


キッチンへと続く道のりを歩く。


胸のざわめきが起こり、独特な雰囲気が包む。


何かがありそうな予感しかない。


怖さに引き止められながら、ゆっくりと進んでいく。


「ここがキッチンだな」


「何でこんなところにカップアイスがしまってあるんですかね?」


「これは俺にもよく分からん。水溜まりが出来てるから冷凍庫から出してすぐにこの食器棚にしまったっぽいな」


「中身には一切、手をつけてないみたいですね」


「アイスは完全に溶けきってるな」


「この部屋、どうなってるんですか?不思議というか変なところが多すぎます」


「現場ってのは大体こういうものだろ」


「そうですよね」


キッチンの奥へと歩みを進める。


そして、恐る恐る電子レンジの取っ手に手をかけて手前に引く。


「こ、これは未開封の箱ティッシュですね。何でレンジに入ってるんですかね?」


「俺にも分からない。今までのを見る限り少し変わっている人ということしか分からない」


「箱ティッシュって電子レンジで温めるとどうなるんですかね。燃えてしまうんですかね?」


「知るかよ、そんなこと。これは間違えて入れたとしか考えられないな」


「そうですよね」


冷蔵庫が気になり、扉を開いて中を物色する。


ペットボトルに入った500mlのミネラルウォーターと350mlの缶ビールでほぼ全ての棚が埋め尽くされていた。


大きな扉を閉め、流れで冷蔵庫の中段の引き出しに手を掛ける。


「ここは冷凍室ですね。あれっ、これは何でしょう?」


「おっ、さっきと色は違うが同じ種類の箱ティッシュじゃないか?」


「今度は中身が何も入っていない空箱ですね」


「謎が深まるな。でも、まあ事件現場は謎が多いのが普通だからな」


「ティッシュ箱って凍らせると凶器にならないですか?」


「見てみろ!全然、無理だ」


キッチンの奥の電子レンジ横に目立たない扉らしきものを見つけて近づく。


ドアノブに手をかけてゆっくりと開く。


視界に現れた細長い倉庫部屋のような場所をキョロキョロと探ってゆく。


「ここは日用品とか食品とかをストックしておく倉庫のような場所ですね」


「これは何だ?」


「どうしたんですか?」


「積まれてるカップ麺の上にアイスクリーム専用のスプーンのようなものがあるんだよ」


「本当にこの家、普通じゃないですね。これも犯人の仕業ですかね」


「溶けたアイスクリームもさっきあったし、このスプーンにも何かヒントが隠されているかもな。他ももっと入念に調べろ!」


「はい」


キッチンに戻り、そこから繋がる重い引き戸をガタガタ言わせながら開ける。


そして、これから何があっても驚かないように心の準備を整えて前へ進む。


リビングと呼ぶべき広い空間の隅には筋トレグッズが溢れていた。


「事件現場にはダンベルがありましたし、筋トレが趣味なんでしょうね」


「ルームランナーの上のあの白いのは何だ?」


「これはシャンプーですね。キャップの開けられたシャンプーの詰め替え用の袋が倒れて中身が出てしまったみたいですね」


「お前はシャンプーをどこで詰め替えるよ?」


「僕は新しいの買っちゃいますけど」


「そっか。まあ、お前は特別として、普通はルームランナーではなくお風呂場とかで詰め替えるだろ。だから……」


「そうなんですか?」


「もういい。他を調べろ!」


リビングの窓際に移動する。


窓際で大きな収納ボックスが堂々と鎮座している。


その上にはお皿に盛られたカレーライスが不自然に置かれていた。


「今度は収納ボックスの上にカレーライスですよ。テーブルがあるのに、わざわざあんな高いところに置きます?」


「置かないな」


「どう見てもおかしいですよね。どうなっているんですか、ここは?」


「落ち着け!こんなので動揺するな」


「不自然な点が無いのもアレですけど、有りすぎても困りますね」


「ただの忘れっぽい人とは考えにくいし、これは捜査が難航しそうだな」


「そうですね」








男性は買い物から帰ると、大量のネギが入ったスーパーの袋を一旦玄関マットの上に置き、洗面台へと向った。


ハンドソープで入念に手洗いをし、うがいも済ませ、鼻をかもうとティッシュに手を伸ばすが、ティッシュの箱が空であることに気が付いた。


男性は空のティッシュ箱を持って、ティッシュのストックが大量に置いてあるキッチンの奥の倉庫部屋のような場所へと向かった。


その途中で男性は無性にアイスクリームが食べたくなり、冷凍庫の空いているスペースにティッシュの空き箱を一旦入れ、手をあけてからアイスクリームを選び始めた。


男性はカップに入ったバニラ味のアイスクリームを取り出すと、そのアイスクリームだけを持って食器棚の方へと歩いていった。


置く場所を探し、食器棚のガラス越しにお皿の置かれていないスペースを見つけた男性は扉を開けて、そこにカップのアイスクリームを一旦置いた。


そして、アイスクリーム専用のスプーンを食器棚の引き出しから探り、スプーンを手に取ったその時、男性はティッシュを取りに行く用事を思い出した。


倉庫部屋のような場所へと向かい、ストックのティッシュのすぐ横に置かれたカップ麺たちの上に、持っていたスプーンを一旦置くと、ティッシュ達を包んでいるビニールをビリビリと破り始めた。


一箱だけティッシュを取り、倉庫部屋のような場所をあとにすると、部屋を出てすぐ右側にある電子レンジの中に何かが入っていることに気が付いた。


男性は電子レンジの扉を開き、カレーライスの存在を確認すると、そのカレーライスの奥に、持っていた箱のティッシュを一旦置き、カレーライスが盛られたお皿を掴んで出した。


そのお皿を近くのテーブルに少しの間置き、電子レンジの扉をささっと閉めると、冷めたままのカレーライスを後で食べるために部屋まで運んだ。


部屋にカレーライスを運ぶ途中で、爪が結構伸びていることに気が付き、部屋に入るとすぐに窓際の収納ボックスへ向かい、収納ボックスの上にカレーライスのお皿を置き、爪切りを探し始めた。


男性は収納ボックスから爪切りを探し当てた後、昨日の夜にシャンプーが空になってしまったことに気が付き、爪切りを握りしめ、急ぎ足でお風呂場へと向かっていった。


浴室の扉を開け、爪切りは浴槽のフタの上に置き、浴槽の横に置いてある空の容器と、洗面台の上の方にある棚のシャンプーの詰め替え用を手に取った。


そして落ち着いて詰め替えをするために部屋へと戻り、詰め替え用のシャンプーの封を開けると、床に置かれたダンベルが目に入った。


男性はダンベルの隣にあるルームランナーの上にシャンプーの詰め替え用の袋を一旦置くと、ダンベルを持ち上げた。


そしてダンベル運動を始め、男性は夢中になり黙々とダンベル運動を長い間、続けていた。


尿意を催した男性はまだ鍛え足りず、ダンベルを手に持って上下させながらトイレへと向かっていった。


男性は用を足すために、トイレの頭上の棚にダンベルを一旦置いてから便器に座った。


座って僅かな時間が経過し、男性は上からミシミシという鈍い音がしていることに気が付いた。


気づいたときにはもう遅く、ダンベルは勢いよく男性の頭の上へと降り注いだ。


男性は常に、ひとつのものしか見えていなかった。

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