往くもTS、戻るもTS ~ 美少女エージェント誕生秘話 ~
近代的なビル群が林立する大都市では、科学技術が万能と持て囃され、神霊現象などのオカルトは時代遅れと思われている。
しかしながら大都会に在っても、幾つかの神霊スポットは有名である。
例えば無念の内に討ち死にしたという武者を祀った首塚。
境内に原始林を有する某神社では、丑の刻参りが絶えないという。
そんな中に、とある国立病院が含まれていた。
戦前からある歴史の長さが問題なのか、それとも設立者が軍医時代、人体実験に手を染めていたという噂からか……。
歴史を感じさせる旧病棟では、戦没者の地縛霊が出るといわれている。
またとある病棟の地下には秘密の施設があり、今でも非合法な研究が行われているという根も葉もない噂も流れていた。
そして、その秘密の施設では無敵の兵士を創っているとか、死者を蘇生させて兵士とするとかいうような荒唐無稽な話であったが、新病棟の建設にあたり身元不明の人骨が発掘されてニュースになったこともある。
また、現在にあっては遺体を目にすることは滅多にない。
大部分の者は病院で看取られ、そのまま葬儀が行われて火葬にされるからだ。
しかしながら、事件や事故で無残な遺体を晒す者もいる。
彼らの遺体は医師の死亡診断や警察による司法解剖を経て遺族に渡されるが、遺体の損傷が激しい場合は棺桶の蓋を開けられることなく、葬儀と火葬が行われているのが現状だ。
今宵も事故で激しく損傷した患者の死亡診断のために、救急車が国立病院に横付けされ、担架に乗せられた物言わぬ患者が運び込まれていた。
ドガァアァァァン
「ぐぁあぁあぁぁ……ぁぁ……――」
俺の体が宙に舞い上がり、断末魔の声が口から漏れる。
さっきまで普通に道路脇の歩道を歩いていたのだが、突然トラックがガードレールを越えて突進してきたのだ。
運転手の居眠り運転なのか、それとも何か障害物を避けようと思ったのか。
俺に分かるのは、突然の衝撃と全身の激痛だけだ。
俺の視界は真っ赤に染まり、全身から血が噴き出ている。
いや、そんな生易しいものではなく、手足は在り得ない方向に曲がり、裂けた腹から臓物が飛び散っている。
これは……間違いなく……致命……傷……だ。
お、俺は……死ぬ……の……か……――。
そして俺の意識は、死の淵へと墜ちていった。
「目覚めなさい!」
何だかふわふわしたところで、俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺は死んでしまったのではないのか?
「目覚めなさい、南郷武人よ」
俺の名前を呼ぶ声に、意識が浮上してきた。
そして意識が覚醒すると、不思議な場所に居たのだ。
周囲は明るいものの、雲の中にいるような浮遊感がある。
よく見ると、俺の体は透けていた。
そして俺の前に神々しい後光を背負った女性が立っている。
その女性は容姿端麗で、見蕩れるほどに美しい。
「あ、貴女様は!?」
「我は転生や転移を司る女神リンリィーンです。南郷武人よ、其方の人生は不幸にして終わりました」
「やはり……俺は死んだのか」
「ですが、我の格別の慈悲によって異世界転生を果たすことを許します」
「い、異世界転生ですか!」
何とゲームやアニメでお馴染みの『異世界転生』ができるとは。
望外の発言に、俺は呆然と佇んだ。
「但し、現時点において異世界転生が可能な転生先は女性しか在りません。従いまして、其方は乙女として転生することになります」
「そ、そんなぁ~~。お、俺は……」
異世界転生できると喜んだのも束の間、俺は女へとTSしてしまうというのか。
「本当に男として異世界転生することはできないのですか」
「星の巡りがあり、転生を司る女神たる我にも如何ともし難いのです」
そして女神リンリィーンは、候補となる転生先を教えてくれた。
俺自身に選ばせようという魂胆らしい。
一人目は単なる町娘であるが、将来、彼女が住む町は蛮族の襲撃を受けることになるという。
彼女は蛮族の手にかかり、悲惨な末路を迎えるという。
二人目は小国の王女であるが、妾腹であるため修道院に送られる運命なのだとか。
送られた修道院の院長は変態で、これまた凄惨な末路が待っていた。
そして最後の候補となる三人目は、とある王国の公爵家令嬢に生まれるという。
但し、彼女の生きる世界は『乙女ゲーム』に準拠したものであり、彼女の役柄は【悪役令嬢】であるらしい。
そして最後には王太子殿下から婚約破棄され、実家からも追放されて、野垂れ死ぬ運命なのだとか……。
何れの場合も、俺の頑張り次第でハッピーエンドが迎えられる可能性はあるというのだが……。
生き残るには、厳しい試練を乗り越える必要があるようだ。
だが、俺としては女性に転生することが我慢ならない。
その時、俺の意識が強烈に引っ張られる感覚に囚われた。
再び意識が混濁する。
女神様の声が遠のき、奈落の底へと墜ちる感覚だ。
「コ、此処ハ……」
再び意識が覚醒した。
声を出すが、しわがれた老婆のごとき声である。
しかもピクリとも体を動かすことは出来なかった。
「院長先生、患者が意識を取り戻しました」
「おお、これは素晴らしい! 実験は大成功だ!!」
何やら周囲が騒がしいが、俺の意識は再び落ちていった。
トラックに轢かれて、俺の体は酷い状態だった。
確かに死んだはずだ。
だというのに生きているのか!?
そうだとすると、俺は生涯、重度の身体障害者として生きることになるのだろうか。
人生に絶望するのと同時に、命を救ってくれた医者に嫌味を言いたい気分となる。
どうしてあのまま、逝かせてくれなかったのか。
俺の視界には天井の一部しか見えないが、染みの模様が人面のように思えて不気味だ。
相変わらず体は動かず、幾つものチューブなどが接続されているような感覚がある。
おまけに胸部にも何かが詰められているらしく、不自然に膨らんでいるのだが……。
視界が固定されているため、詳しいことは分からなかった。
殺風景な病室にいると、陰気な考えに支配されてゆく。
それはとても恐ろしい経験であった。
多分、ここは病院の集中治療室なのではないだろうか。
考えても、考えても現状が理解できない。
そして長い時間をかけて傷が癒えた。
その間、俺は自身の肉体を目にすることはなかった。
また術後管理の関係から発声も禁じられていたので、自分の声も忘れそうになる。
では医療従事者との意思疎通はどうしていたかというと、瞬きの回数で回答していたのだ。
彼らは俺の容態を説明しなかったが、それ程に酷い状態なのか?
恐らくショック症状が出ることを懸念して隠されていたのだろう。
そんな日々も終わりを告げようとしている。
何と言うか感無量だ。
美人な看護婦さんの介助で寝台から起き上がり、入浴のために病衣と下着を脱がせてもらった。
因みに一般的に呼ばれている寝台は英語読みであり、医療関係では独逸語読みの寝台と呼ばれている。
そして今日は、入院後初めて肉体の状態を確認させてくれるというのだが……。
「お、俺の体が美少女になっている!?」
そして俺の口から鈴を転がすかのように可愛い声が漏れた。
姿見に映った容姿とはお似合いの美声だが、俺は厳つい顔をした好青年であり、声も低くて渋いものだったのだが……。
俺はもともと体育会系のがっしりした肉体が自慢のナイスガイだった。
しかし姿見に映った裸体は華奢な体で、胸部には蠱惑的な膨らみが形成されており、股間部には逞しい息子の姿はなかったのだ。
俺の息子は何処に……。
股間部は、いわゆる女の子のそれだったのだ。
つまり俺は性転換したというのか??
無意識の内に涙が流れてきた。
恐慌状態に陥って泣き叫ばなかっただけで褒めてやりたいくらいだ。
つまり俺は、黒髪も美しい美少女になっていたのだ。
意識を取り戻した直後は、剃髪された上に包帯が巻かれていたのだが、入院中に髪が伸びたことは理解することができる。
おまけに頭部には、脳みそを取り出したように派手な縫合痕があったような!?
それは看護婦さんが包帯を交換する時に得た感覚的なものだったのだが、間違ってはいないと思う。
俺は自身の状態をより詳細に確認することが怖い。
この姿見にはドッキリな仕掛けが施されているとか?
真っ当な病院で、そんなことはしないだろう。
では、どうして美少女になったのだ!?
もしかして……夢にみた女神様が関与しているとか?
あれは単なる夢であるはず。
良くてオカルト雑誌に書かれている『臨死体験』というものだろうか。
普通は花畑であったり、三途の川があったり、ご先祖様が迎えに来たりというのが定番なのだが……。
その後、俺を助けてくれた執刀医の院長先生から説明があった。
俺の肉体は損傷が激しく、対外的には即死として戸籍も抹消されているという。
な、何ということだ。
予想はしていたものの、現実を突きつけられると挫けそうになる。
そんな中、院長先生から信じられない話があった。
なんとなれば、奇跡的に無傷だった脳を摘出して、秘密裏に培養していたホムンクルスの肉体に移植したのだという。
因みに遺族に返した遺体の頭蓋骨には、摘出したホムンクルスの脳を詰めていたという。
勿論、葬儀も滞りなく終わっており、遺体も火葬にされていた。
つまり……、この世から俺は居なくなっていたのだ。
ここにいる俺は亡霊だとでもいうのだろうか?
俺は美少女になってしまったが生きている。
それにしても、人造人間であるホムンクルスなんてものが存在していたとは……。
ホムンクルスは人間の遺伝子を持つが、免疫関係の制限をなくして欠損部位のパーツ取り用に培養していたらしいのだが、他にも理由がありそうだ。
そんな与太話を信じても良いのだろうか?
因みにホムンクルスに男性体はおらず、女性体しか存在していないのだという。
院長先生の説明によると、男性より女性の方が遺伝的に安定しているからだというが、専門的な内容が多く、ほとんどの内容は理解できないものであった。
更に若手スタッフの中に美少女好きがいたことから、ホムンクルスの容姿だけはどんどんハイレベルになっていったらしい。
確かに姿見に映る俺の新しい体は素晴らしく、顔も俺好みだ。
しかしながら俺自身に対して恋に落ちて、愛を囁くのは変態の所業である。
俺はそこまでは堕ちたくない。
しかし健全な俺の精神は、姿見に映る美少女に対して心臓の鼓動が早鐘を打っている。
これ以上に考えることは墓穴を掘りそうだ。
閑話休題。
転生の女神様のところから呼び戻されたのは、移植手術が成功したためだろうか。
しかし異世界転生しても奇跡的に蘇っても、美少女にTSする運命だったとは……。
再び俺の頬に一筋の涙が零れた。
何という可憐な反応なのか……。
そして徐々に俺が美少女であることに馴染みつつあるような?
そんなことは認める訳にはいかない。
俺は健全な好青年なのだ。
決して女装好きの変態ではない。
だが、姿見に映っていた裸体は間違いなく年頃の美少女のものであった。
俺は自我が崩壊してしまうのか?
「ところで、手術代の精算の件なのだが……」
そして俺が悩んでいる中で、追い打ちをかけるように治療費の請求があった。
しかもプール付きの豪邸が何軒も建つような莫大な金額である。
「そんな大金、払えるはずがない」
「それでは肉体労働で支払ってもらいましょうかね」
「肉体労働とは?」
「医療技術の進歩のため、その身を捧げてもらいましょうか」
「俺の肉体を切り刻もうというのか」
「必要とあらば――」
「お前らは悪魔か!」
「貴女はこの世に存在しないものですからね。我々の匙加減でどうとでもなるのですよ」
そして俺は進退窮まっていた。
このままでは人体実験に使われてしまう。
しかし莫大な借金を返済する目途は立たない。
折角生き残ったのだから死にたくない……。
そんな時、第三者の声が聞こえた。
俺は院長先生とサシで話をしているつもりだったのだが……。
傍聴している者がいたらしい。
「お困りの様ですな。私は――」
そして院長先生の後ろから国の役人だという陰気そうな痩せ男が現れ、借金の返済について協力できることがあると説明しだした。
どうやら院長先生と件の役人はグルらしいのだが、俺にはどうすることもできない。
なし崩し的に俺は、国家の秘密諜報員として働いて借金を返済することになった。
俺の身柄は件の役人預かりとなって、訓練所のような場所に連れ込まれた。
軍事教練は厳しく、夜の手練手管を覚えるのは恥ずかしい。
それでも脱落すると、肉体強化のための改造手術が待っているというので必死に学んだ。
俺には、どんな未来が待っているというの……か。
都会の一等地にある国立病院の地下で、人造人間の研究をしていたなんて……。
そして院長先生は改造マニアでもあるというし、俺はどこで道を誤ったというのか。
そして女性としての所作や知識を身に着けたわたくしは、美しきエージェントとして暗躍することになりました。
ただ、ホムンクルスの肉体は頑健で怪我の回復速度は速いものの短命であり、十年毎に肉体を乗り換える必要があるのでした。
これでは借金が膨らむばかりです。
ならば、今度こそ男性体になりたい。
しかしながら、無情にもホムンクルスには女性体しかないのでした。
「わたくし……どうなってしまうというの」
東条麗華という新たな名前を得たわたくしは、生き残ることができるのでしょうか?
「東条麗華は大成功でしたね、院長先生」
「うむ。新たに予算も認められたことだし、当面は安泰というところじゃな」
「ところで次に使う素体の選定はいかがいたしましょう?」
「今度の任務では、貧乳が良いということじゃったが……」
「我の逃がした獲物が暗躍しておるようじゃの。そろそろ異世界転移してやるとするか。候補地は温い『なろう神界』ではなく『ムーンライト神界』が良かろう。女同士の目くるめく官能の世界で溺れるが良いわ。我はガールズラブというものには興味はないが、底なし沼に堕ちるようなものだというしのぉ~。これが我を袖にした報いである」
何と女神様も諦めていなかったのだ。
「それでも野郎に嬲られ尽くす『ノクターン神界』や暴力や薬物で廃人となる『ミッドナイト神界』へ送らないだけの慈悲はあるつもりだ。それに女勇者としての役割も与えてやろうほどに――」
麗華の運命やいかに……。
借金地獄で死地へと向かうのか、院長先生の玩具となるのか、はたまた女神リンリィーンによって過酷な世界へと『異世界転移』されるのか。
波乱万丈の未来が待っているようだ。
お読み下さり、ありがとうございました。
再び思い付きで書いてみましたが、やはりホラージャンルは難しいですね。orz
設定資料
南郷武人(なんごうたけと) 27歳 俺は……だ
大学時代はラグビーの選手でがっしりした体躯をしていたが、『なろう』名物の転生トラックには勝てなかった。
東条麗華(とうじょうれいか) 設定年齢18歳 わたくしは……ですわ
人造人間(ホムンクルス)の素体に南郷武人の脳を移植された存在。
艶やかな黒髪に切れ長な瞳をした美少女。
政府の暗部を担うエージェントとして暗躍中。
肉体の再生能力が高く、行為の後に破られた膜が復活することから、永遠の処女であったらしい。
また十年毎に素体の寿命が来ることから、脳移植で肉体を乗り換えていた。
人造人間(ホムンクルス)
軍部の全面協力の下、兵士用として開発を進めたのだが、女性体しか得られず計画は頓挫した。計画の凍結により処分される予定だった素体を流用して有能な女性エージェントに仕立て上げた。
国立病院
戦前から存在する由緒正しい総合病院。
設立には、人体実験に関する黒い噂のあった軍医が関与しているという。
事実、新棟を建てる際に地面を掘り返したところ、廃棄されたと思われる人体標本由来らしい部分遺体が多数出土して騒がれたことがある。
そして今でも、怪しい実験が繰り返されているという話もあるようだが……。
事実、秘密の地階にて、軍部の依頼で人道に悖る実験を繰り返していた。
なお、地上部分では大型の総合病院として世間から高い評価を得ている。
院長 年齢不詳 儂は……じゃ
国立病院の主的存在であり、軍部と通じる黒幕のような人物。
彼の独断で脳移植が進められた。
また改造マニアであり、東条麗華の肉体を強化するためと称して改造手術をしようと目論んでいる。
役人
軍の諜報部の関係者か!?
リンリィーン 年齢不詳 我は……である
『異世界転生』や『異世界転移』を司る女神様。
転生候補者を掻っ攫われて怒り心頭である。