096.虫の知らせ
「本日もご苦労様でした」
上限3件目の依頼を果たし、笑みを浮かべる女職員から卒なく報酬を受け取る。
すかさずギルドを離れ、片手で金貨袋を放れば昼間の成果を思い返した。
依頼対象は四つ足の魔物“アントラーズ”。枝分かれした角を頭部に生やし、体毛も針のように鋭く硬い。
山の緑を貪る彼らは縄張りこそないが、敵愾心も繁殖力も爆発的。そして依頼数の15体は、群れの総数でもあった。
(……私にはウーフニールがいるから何とかなるけど、パーティでも対応はキツいんじゃないか?各個撃破も出来ないし、1体手を出すと5体は一辺に襲い掛かってきたぞ?)
【2パーティで1つの依頼をこなす相互幇助の関係が、この街における暗黙の了解。群れて活動する魔物が一帯に多く生息するがゆえに】
(…やたらパーティ勧誘したがる連中の気持ちが少しは分かったかな)
歩き慣れた道を進めば、出店で串焼きを購入する。もはや見回す事もない街並みを通り過ぎ、仕事を終えた冒険者らしく宿へ戻った。
以前ならギルド周辺で勧誘してきた一団も、1ヶ月も経過すれば大人しいもので。おかげで平穏に冒険者業を営めるが、思考に浮かぶのはオルドレッドの事ばかり。
“枕元作戦”を決行した翌朝。
ベッドから起き上がれず、悶える彼女を心配した宿の店主が時たま顔を出した。
お粥を黙って差し入れ、そんな看護生活が続くと流石に罪悪感を覚えたのだろう。
夜中に痛む腹を抱え、遅々と街外れまで移動したオルドレッドは教会の扉を叩いた。
そんな彼女の生活を木陰から監視を続けているが、現在は事実上教会に軟禁されているらしい。
時折裏口から抜け出す姿を目撃するも、よほど腹の痛みが堪えているのか。治療による成果は垣間見えるが、修道女の集団から逃げるには遠く及ばない。
敷地から離れる前に取り押さえられ、暴れる彼女は再び教会へ運ばれる。
しかしこれらも全てはアデランテの計画通りで。修道女の執念は予想外であったが、これでオルドレッドも“静養”出来るはず。
ただ一方で彼女が腹を抱え、苦しそうに身体を震わせる度に罪悪感が絶え間なく襲った。
(…見舞いに行った方がいいんだろうか)
【再会時に何と言葉をかける気だ】
(やっぱりやめとくよ)
解放される頃には全快している事を祈り、気を取り直して帰路に就いた時。
「――…兄貴ぃ~」
背後から声を掛けられるが、足を止める事も振り返る事もしない。それでも歩幅を緩めれば、駆けつける足音が徐々に迫ってくる。
「お疲れっす!今日はどんな感じっした?」
「まぁまぁだな」
「昨日も一昨日もその前も同じ感じっしたね。これから仕事の準備っすか?」
「依頼上限に達してしまったので、このまま宿に帰るところだ」
「……本当にソロでやってるんすか?まだ夜にもなってないっすよ」
横に並べばアデランテを訝しんで一瞥するが、肩を竦めるだけで追及はしない。
彼も初めは勧誘者の1人に過ぎなかったものの、その後も頻繁に声を掛けられた結果、今や勧誘も挨拶代わりに使われる程度。
嫌悪感よりも愛嬌すら感じられ、年相応の躍動感が動きの1つ1つからも窺える。
引き締まった二の腕や足も、青銅等級に到達するまでの努力の証。装備も傷めば買い替え、新製品のチェックも欠かす事はない。
冒険者として“今”を楽しんでいる姿が、アデランテにはとても眩しく映った。
「……で、次は南の山まで行く事になったんすけど、あんま気乗りしないっていうか…兄貴、俺の話聞いてます?」
「ん?何か言っていたのか?」
「ひっでぇ!?しばらく兄貴に会えなくなるって話ですよ。顔こっちに向けてたっすよね!?」
マスクの下で笑みを浮かべるが、周囲に気付かれない表情の変化に。むしろ当人の意思を一切覆い隠すフードに、彼はめげずに小走りで追いついてくる。
再び隣に並ぶや、再会時と同じ調子で話しかけてきた。
「それにしても本当にウチのパーティに来てくれないんすか?兄貴の腕なら絶対トップを目指せると思うんすよ」
「…兄貴と呼ぶのは勝手だが、君は青銅で私は銅。変に気を遣われても、反応に困るんだがな」
「何言ってんすか。等級の更新監査の時に兄貴の活躍を、ウチのパーティ全員がしっかり心に焼き付けてるんすから。俺なんか壁を垂直に駆け上がった所から見てたんすよ?」
「……ところで私と話している時間はあるのか?パーティを組んでいるなら、彼らと一緒に行動するべきだと思うんだが」
「あ~、まぁそう言われちゃうとそうっすけど、ウチって結構ビジネスライクなんすよね。上位は目指しても、プライベートは個人で過ごすっていうか…なんで兄貴も気軽に参加できるパーティだと思うんすよ」
「買い被り過ぎさ。それになんと言われても最下層の次の階級でしかない」
「ソロなら青銅等級も同然じゃないっすか。銅で出される魔物退治も群れ単位のものばっかですし、兄貴が引く手あまたなのも当然っすよ。酒場じゃ都市伝説みたいに語られてんすからね?」
大袈裟に頷きながら語る間も、フードの下でしかめた顔に気付かれる事はない。
少なくとも酒場に寄らない事を決意したところで、賑やかな帰路も終わりが近付く。
「…あぁ、仕事行きたくね~」
「いきなりどうしたんだ」
「さっき言ってた南の山に行方不明のパーティを探しに行くって話っすよ。2週間経っても戻ってこないわ、悠長に待つわけにもいかないわで、1時間後には街の外で集合なんす。ま、証拠品の1つでも拾えたらサッサと帰ってきますわ」
「生存者の確認はするんだぞ」
「アマチュアじゃないんすから大丈夫っすよ。じゃ、兄貴もお元気で」
出会った時に同じく、颯爽と去った彼は雑踏の中へ消えていく。若き冒険者の背中を名残惜しそうに追うが、街道で立ち止まるわけにもいかない。
サッと踵を返して宿に向かおうとした刹那。全身を駆け巡った疼きに背筋が震え、零しかけた嬌声を咄嗟に押さえ込んだ。
慌てて路地へ走れば壁に背を預け、レンガの冷気が身体の隅々に伝わる。
それから肩を上下させ、火照りも払い。呼吸が落ち着いた所で深い嘆息を吐けば、キッと虚空を睨みつけた。
「何をするんだいきなりッ!危うく往来で偉い声を出すところッ…」
【最後に喰らった記憶が消滅する】
「…ちょっと待ってくれ。今か?ココでなのか!?」
【猶予は2日程。貴様の篭絡計画が無残に終わると推測していた当てが外れた】
「仮に失敗してもその選択肢だけは選ばないって何度言わせてッ…そもそも篭絡もしてないっての!!」
【デックスならば問題はなかったか】
「……誰だそれ?」
【貴様が先程まで会話していた冒険者だ】
「ダメに決まってるだろ!ダメに決まってるけど……冒険者の街で騒ぎを起こせば、身を隠すどころじゃなくなるし、かといって森に戻って山賊をわざわざ襲うのも嫌だしな…」
頬を掻き、路地からこっそり覗けばウーフニールの“ご馳走”が練り歩いている。
腹の音と聞き違える唸り声に焦燥するも、手当たり次第に摂り込むのは言語道断。
「…今度からもっと余裕をもって教えてくれよ。確か消えるまでの日数が決まってるはずなんだろ?」
【保管期限が延長され、正確な日数が把握できずにいた】
「えんちょう?もしかしてカミサマが奮発したっていう報酬の部分か?」
【獣。人間。魔物。それぞれが1月分追加された模様】
淡々と告げる新たな発見に感心するも、いまだ記憶は消滅の危機に瀕している。路地にいても話は始まらず、雑踏に紛れると腕を組みながら首を傾げた。
だがふと耳にした賑やかな声に顔を上げれば、市場の隅で遊ぶ子供たちの姿が映る。
冒険者ゴッコでもしているのか。枝を振り回したり、指先を丸めて鉤爪のように宙を引っ搔いたり。
思い思いの時間を過ごす彼らを微笑ましく眺めるや、1人の少年が屋台の上に立った。
ボロ切れのマントを羽織り、高笑いしながら飛び降りたが、直後に店主が彼らを窘めて全員が肩を落とす。
“自由”は彼らの特権だが、怪我をしては元も子もない。やがて説教も終われば、子供たちは新たな遊び場を求めて去っていく。
その背後では落ち着いた市場の喧噪が再開されるも、アデランテは話さず。かと言って動かず。
脳裏に走った閃光に、いまだ瞳を瞬かせていた。
「…ウーフニール」
【どうした】
「私にいい考えがあるんだ」
【幼体を喰らったところで、記憶量に期待はできない】
「そんな事しなッ…!」
(…するわけないだろッ)
往来で突如上げた声に、通行人の視線が一斉に突き刺さる。
急いでその場を離れると青い煙を辿り。再び帰路に就こうとするが、程なく歩調を緩めればソッと路地を覗き込んだ。
そこには先程見かけた子供たちが戯れ、店主に叱られた過去など何処吹く風。マントを羽織った少年は両手を広げ、仲間たちと路地の奥へ走り去っていった。
童心の騒がしさに笑みが綻ぶも、“ごっこ遊び”は本気でやる事に意味がある。
それを体現するようにニンマリと笑えば、怪訝そうに上がった唸り声にやはり笑顔で応えた。
「――…いつかお前にさ。〝変幻自在のウーフニール”の話をした事があったよな?」




