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088.ウィンドウショッピング

 穏やかな日照りの中、ゆっくりとギネスバイエルンの商店街を歩いていく。時折気になる武器があれば陳列棚に近付き、やがて飽きると次の店に移った。 

 しかし隣は盾の専門店だったらしく。一瞥するだけで通り過ぎれば、次の店は武器がぎっしりと立て掛けられていた。


 目を輝かせればすかさず入店するが、店主は一向に買おうとしない客に嫌な顔1つと浮かべない。

 むしろ文句を零さないどころか、店内にたむろする他の客も。強いては街道の通行人さえ微動だにせず、ピタリとその場で固まっている。

 時を止められた有象無象の隙間を縫い。その後も店に迫っては離れる事を繰り返すが、ふと道行く女冒険者がアデランテの注意を惹いた。

 

 それから固まった彼女の周りを歩いたかと思えば、ピタリと足を止めて眺め。時折屈んで見上げる事もあれば、口元を押さえながらジッと観察し出した。


「…軽装の利点は分かってるつもりだけど、大事な器官を最低限守れるからって、肌を露出させとくのもどうなんだろうな。防御が心許ないと言うか、冒険者は特にその傾向が強い気がする」

《肉体の温度管理および荷量の多さゆえ》

「あぁ、なるほどな。運搬班とで分かれるわけじゃないから、自分で野営用の荷物もぜんぶ持ち歩く必要があるか……それに魔物相手じゃあ、重装備で挑んでも一撃喰らえばお陀仏だろうしな。それなら機動力を優先した方が良いと…やっぱり見てるだけでも勉強になるな」


 フードもマスクも着けず、悠々と冒険者の装備を。そして店内を鼻歌混じりに眺めていき、ベンチを見つけると我が物顔で腰を下ろした。


 静止した世界では肩身の狭い思いをする事も無く、ウーンっと腕を伸ばせば雲も動かない茜色の空を見上げた。

 仮に雑踏で溢れる道で寝転ぼうと、咎める者は誰1人いないだろう。


《女の動向調査を終えた。昨晩確認した行動と変わった点は無い》

「りょーかい。ご苦労さん」


 間近で聞こえた声に視線を移せば、首に巻き付く蛇が舌をチラつかせた。目が合う度に撫でたくなるが、最初で最後に触れた時は顔を噛まれた痛い思い出がある。

 視線だけで我慢すればソッと立ち上がり、街道巡りを再開したところで再び別の女冒険者の傍で足を止めた。


《何をしている》

「なにって、今後の参考に装備を見て回ってるだけだけど」

《打撃武器に注目した点はともかく、女冒険者の股座を覗き込む行動の意義は》


 眼前にヌッと現れた蛇に顔を上げるや、笑顔を浮かべる女冒険者のスカートが戻される。

 繰り返される奇行に当初は黙認していたが、回数を2桁超えたところで、アデランテならば現実でもやりかねないと判断したのだろう。

 習慣化する前に呼び止めたものの、当人は至って真面目に口元を覆った。


「内股に武器を縛り付けてるのが見えたから、どんな武器なんだろうって思ったんだよ。もしかしたら参考になるかもしれないし…でも角度が厳しくて良く見えないんだよな。今度町に出たら店を回るついでに、彼女らの装備も見るよう心がけるよ。着てる装備を見た方が、展示品を見るより使用感が断然違うからな」

《その前に衛兵に突き出される》

「女の身体を見たところで何も犯罪者扱いする事はないだろ」

《貴様が女であればな》

「それはどういうッ……そういえば今は男の身体だったんだよな」


 一瞬ムッとしたが、思い出したように胸を揉めば手の中には膨らみが感じられた。

 股間を軽く叩けば男根も消え、今の“アデランテ”はギネスバイエルンを闊歩する“アデライト”ではない。

  

 無念そうに女冒険者から離れるや、途端に景色や蛇が蜃気楼の如く歪む。やがて一帯に淡く透き通った水底の世界が広がり、一息吐けば岩棚にグッと寄り掛かった。

 見上げれば魚が宙を漂い、水面では太陽のようにキラキラと光源が降り注いでいる。


「…武器に関してだけど、いつまでも切れ味を求めてるようじゃ戦闘に支障をきたすだろ?いっそ打撃武器に転向しようかと思ってな…ウーフニール……ウーフニール?」


 周囲を見回し、その名を何度呼んでも返事はない。仕方なしにその場を離れ、螺旋階段を昇って押し戸を持ち上げた。

 見慣れた臓書を視界に収めるや、息継ぎとばかりに肺を膨らませる。


「ウーフニール!!」

【どうした】

「うぉっ!?…あ~、その、話の続きなんだけどさ。木刀を振り回すより、いっそ打撃武器に持ち替えようかなって」

【面積の増加に伴い、武器を振る速度は低減する。威力が同じならば変更の意味合いは皆無】

「まぁ、それもそう…だな」


 あっさり解決した問題に黒い巨塊は去り、用意された肉野菜炒めとスープがアデランテを円卓へ誘う。

 席に着けば魔法の如く料理を消すが、視線は自然とウーフニールを。それから天窓を映し、惜しみなく差し込む明かりをジッと眺めた。



 雌鶏の目覚め亭に宿泊してから3日が経過し、街の観光もロフトに横たわったまま済ませてしまった。


 それらの記録も全てはアデランテが通り過ぎ際に視界へ収めた景色や、トンビが捉えた眼下の光景。

 そして摂り込んだ元冒険者の記憶に、通行人や店主の瞳。そして武具が反射した鏡像から構成され、十分“散策”を終えたところで次の行動を練った。

 

 外出したいのは山々だが、ギルドでのほとぼりが冷めるまでは身を潜めたい。何よりも下手にオルドレッドと再会した時に、掛ける言葉が思い浮かばなかった。

 挙句に冒険者たちがハエのようにすり寄り、ギルドの混雑も息苦しさすら覚える。

  

 外界の煩わしさに溜息を吐けば、葡萄ジュースを一気に呷り。食べ終えた皿が消えると書架から現れたウーフニールに軽く手を振った。

 


 途端に視界が暗転し。ビクッと肩を震わせた時には、視界に木目調の天井が映っていた。

 腕に頭を載せたままロフトに寝そべり、胸に触れてみれば柔らかな感触は無い。硬い胸板が拳を弾き返し、ふいに溜息を零せば軽やかにロフトを降りた。


 室内は窓の外と同じ漆黒に包まれ、暗闇に慣れた目が辛うじて足元を捉えている。

 しかし今は視覚に頼る気は無く。おもむろに胸元をまさぐれば、静寂の中でジャラジャラとプレートを弄んだ。

 やがて指の腹で読めた文字は表面に〝ウフニィル・アデ・ライト”と。裏を返せば〝961461”の冒険者登録番号が刻まれていた。


「…どうせなら4じゃなくて9にしてくれたら、数字の見た目も良かったんだけどなぁ…でも500人も待ってられないか」


 顔をしかめながら溜息を零せば、もう1つのプレートをなぞる。

 裏面はともかく、“アデット”の名を指先が読み取るや、途端にアウトランドの景色が脳裏に浮かんだ。


「…雰囲気はこっちのギルドの方が好きだったんだよな。あの野良臭さが話に聞いてた冒険者っぽかったし、専属受付って言うのも案外悪い気はしなかった……ほら、ウーフニール。私とお前、2人分のプレートだ。これでお前も立派な冒険者だぞ」

【興味はない】

「そんなこと言うなよ。これでお前がこの世に存在してるって証が1つ出来たわけだろ?今なら自分だけの身体と記憶に1歩近付いたって言えるんじゃないか?」

【知らん】

「…半歩ならどうだ?」

【興味はないと言っている】

「……もしかして勝手な事して怒ってるのか?お前が注目を浴びたくないって気持ちは分かってるつもりだけど、私なりに考えッ…いや、気を悪くしたなら謝るよ。すまなかった」


 無機質な声は変わらないが、いつも以上の素っ気なさに気分も落ち込んでしまう。

 思い付きとその場の勢いで登録したとはいえ、最低でも相談すべきだったかもしれない。


 肩を落としたままフラリと窓辺に寄れば、ゴンっと額を窓に押し当てた。小さな嘆息はガラスを白く濁らせ、アデランテの心をも曇らせる。


【――…綴りが異なる】

「……へっ?」


 濁ったガラスを指先でなぞっていた矢先。心の内側でざわめく声にキョトンとするや、思わず顔を上げてしまった。


【綴りが異なる】

「…つづり?」

【貴様が与えた名は“ウーフニール”だ。断じて“ウフニィル”ではない】


 突然の言動に頭の処理が追いつかず、ようやく浸透した途端に声を上げて笑ってしまった。


 直後に首が締まるや、喉から空気の掠れる音が洩れ出す。

 必死に首を叩いて解放されるが、咳き込みながら目に浮かぶ涙を拭っても、込み上げる感情を必死に抑える必要があった。


「す、すまない、別に貶めるつもりはなかっ…くくっ」

【何を笑っている】

「ま゛っ゛、待゛てッ冷静゛に゛………ふぅー。別に綴りを間違えたわけじゃないんだ。“ウーフニール”の呼び名は私の…私だけの魔法の呪文でな。唱えれば何にでも姿を変えて、何でも出来て、どこまでも飛んで行ける。何なら死にかけた私だって救ってくれた大切な名前なんだ。子供染みた独占欲だと思ってくれて構わない」

【…何でも、ではない。見聞きし、喰らった情報にのみ限られている】

「そこは上手くやれば問題ないさ。いままでだってそれで乗り越えてきたんだから……そうだろ、ウーフニール」


 もはや嘲笑も無く。ニッコリと儚い笑みを浮かべるが、彼からの返答は無い。

 いつもの唸り声が残響するだけなのに、不思議といつもより心地良く感じられて。落ち着く音色に耳を澄ませ、身体も窓に預ければ再び窓に息を吐きかけた。



 いつまでも世界から隔絶された空間に自身を。そして変幻自在のウーフニールを閉じ込めておくわけにもいかないだろう。

 長いまつげを薄っすら持ち上げても、外が見えているだけで触れる事は出来ない。


 気持ちも十分固まり、街の予行演習もこなした。明日こそはギネスバイエルンに挑むべく力なく決意した矢先。

 気付けば瞳は閉じられ、窓辺に寄り掛かったままぐっすり眠りについていた。

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