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086.三者面談

 試験会場の降り口とは別の扉を通り、事務所から隔離された一室へと案内される。ごく自然にアデランテは奥へ座らされたが、机に置かれた茶菓子はとっくに食べ終えてしまった。

 持て余した時間で周囲を見回すが、浮かぶのは騎士団時代の尋問室。

 違いと言えば牢獄のような造りではなく、事務所の一端を匂わせる内装が維持されている事だろう。


 壁と扉1枚隔てた先では、職員の慌ただしい会話や足音が聞こえ。彼らの忙しさは詰め寄せる冒険者たちに対応するための日常的な光景なのか。

 はたまた別の要因があるのか。当事者となっては判断に迷うところだった。


「……やっぱり弁償させられるんだろうか」

【忠告はした】

「手加減して不合格だったら冒険者になれないんだぞ?飯代が稼げないのはともかく、実力を見せろって言われて適当にやるのも嫌だったし」

【注目を招く真似は控えろと再三している】

「わ、悪かったって…」  


 普段と変わらないようでいて、明らかに不機嫌そうな唸り声にもはや返す言葉も浮かばない。

 代わりに脳裏をよぎったのは、折れた模造刀と捻じ曲がった打ち込み人形で。首を一閃した直後に刀身が砕けた結果、咄嗟に後ろ蹴りを放ってしまった。

 すると試験官2名が離れて話し合いを始め、投獄される事はなくとも弁償か。

 あるいは不合格判定か。


 いずれにしても憂鬱な結論に達するであろう予想に、いっそギルドから抜け出したくなる。

 そんな想いを携えて扉をぼんやり眺めていた時。ふいに取っ手が独りでに回り、カチャリと押し開かれた。


「長らくお待たせしました。ギネスバイエルン本部、副ギルド長のレミエットと申します。こちらは冒険者係責任担当官のロジェールです」

「……アデライトだ。先程は騒ぎを起こしてすまなかった」

「どうぞお気になさらず…新しくお茶請けを持ってこさせましょうか?」


 軽装で細見だが決して痩せぎずではなく。鍛えた腕が袖から覗く副ギルド長に、運動不足が懸念される恰幅の良い事務服の担当官。

 そんな2人の肩書を耳にするや、途端に血の気が引いていく。


 幸い表情は覆面で隠され、茶菓子の補給もまた魅力的に聞こえる。だが食欲よりもその場を立ち去る事を優先し、彼らが反対側に着席するのをドキドキしながら待った。



 言い渡されるのは弁償か。

 出禁か。


「アデライトさんは以前どのようなお仕事をされていたので?」

「…傭兵だ」

「警戒せずとも噛みついたりしませんよ。ラドクリフ教官ならびにマクスエル補佐官の報告を伺い、確認のために現場も見させて頂きましたが、人間技とは思えませんでした。実際会ってみれば覆面で顔も窺えない方でしたので、当方も少々動揺を隠せずにいるだけです」

「私の前職次第で処遇が変わるとでも言いたいのか?」

「めめめ滅相もない!!こちらとしましてはは、むしろ心強い限りでして、ええ、はいっ」


 冷静に話すレミエットに対し、ロジェールの額からはとめどなく汗が流れている。

 階下の惨状に怪物を目の当たりにしている心持ちなのか。顔色が悪かったのは、体格だけのせいではなかったらしい。


 ふいにレミエットが机を指先で叩き、それを合図にロジェールが2枚の紙を鞄から取り出す。


 それらの正体は果たして請求書と接近禁止令なのか。

 警戒するアデランテをよそに、スッと差し出された色違いの書類を恐る恐る覗いた。


 すると双方の紙には申請時の登録名と宿泊先が記載され。ウーフニールに従って視線をずらせば、表題にはそれぞれ“昇級審査通過者申請”と書かれている。


「これ以上時間を取らせるのも申し訳ないので手短に話しましょう。今回の審査結果を受け、当ギルドでは従来の適正基準を遥かに上回る結果だと判断しました。よってアデライトさんには“銅”あるいは“青銅”から冒険者をスタートして頂きたいと思っています」

「合格したなら初級の……【鉄】からでもいい位なんだがな」


 それで弁償や責任問題がチャラになるなら、と。

 本心を隠しながら呟けば、すかさずロジェールがしどろもどろに口を挟み。彼に痺れを切らした副ギルド長も、要所要所で言葉を付け加えていく。



 上層部で審議し、多くが青銅等級への昇格を承認していく中。新米の二階級特進に、ギルドの判断基準を訝しむ冒険者が現れる事を危惧する声も挙がった。


 試験の様子を見ていたのは新米だけではない。更新監査に参加した冒険者も目撃しており、噂が流れるのは火を見るよりも明らかである。

 その結果“所詮は噂”だと決めつけて2階級特進に不満を。下手をすれば手足を出す輩が出る可能性も否めない。


 自身の実力が正当に評価されていないと日頃から寄せられる苦情も相まって、万が一アデライト自身に危害が及ぶなら。

 襲撃者は確実に人形と同じ目に遭う未来が見えている。


 さすれば安易に昇級させるのは時期尚早。かといって初心者にあてがう仕事を任せるのも、貴重な人材を無駄にしてしまう。


 慎重に協議を重ねた結果、ソロで冒険者を続けるならば“銅”。

 パーティを組むならば“青銅”から、と判断が下された。


「薄茶色の書類がソロ。青色がパーティ用になります。前者ならば仮に銅でも、規定では青銅等級の仕事を受けられる事になっていますから、どちらを選んだとしても問題はないでしょう」 

「ぱぱぱパーティをうく、受けられ、られるのででしたら」

「ギルドが同等級の優秀なパーティを紹介して差し上げますのでご安心を。不要な書類を破棄頂ければ、この場で申請を受理いたします」


 口元で手を組む副ギルド長に、額の汗を延々拭き続ける担当官。2人の視線を受け、迷わず青い紙を千切って両紙ともロジェールに突き返した。


 それを受けてレミエットは笑みを浮かべ、再び机を叩くと担当官は慌てて鞄から小箱を取り出した。

 渡された物は蓋が開かれ、机の上を滑るように押し出される。



 すかさず中を覗けば銅のプレートが納まっており、表面には“ウフニィル・アデ・ライト”の名が刻まれていた。

 

 その時ばかりはアデランテも目を輝かせ、レミエットを一瞥すれば彼も快く頷く。直後に中身を掴み取れば2枚目のプレートを首にかけ、マスクの下では満面の笑みが浮かぶ。

 ウーフニールに言われなければずっと眺めていたろうが、おかげで小箱をロジェールに押し戻せば、その間に副ギルド長は申請用紙に筆を走らせていた。

 書き終えた紙は担当官へ渡し、用は済んだとばかりにサッと席を立つ。


「以上で登録申請を終えます。長らく時間を頂いてしまって申し訳ありませんでした。当ギルドとしても、ギネスバイエルンの住人としても、アデライトさんほどの人材を迎えられる事を心より感謝致します」

「目立つのは本意ではないのだがな」

【貴様が言えた義理ではない】

「人目を集めるのはどの道苦手なんだ」

「わっはっはっは、ご謙遜を。これからも活躍を耳にできる機会を楽しみにしていますよ。早速依頼を受注されますか?」


 扉を開ける寸前でピタリと止まり、献立を聞くようにレミエットが尋ねてくる。その背後では担当官まで足止めを喰らい、両者を困惑しながら見つめていた。

 

 もっともその問いには、普段なら「受ける」と即答していたろう。だが昇級祝い金も一緒に渡され、最低でも宿代と今日明日分の食費は確保された。

 丁重に断ればアデランテの判断に頷く副ギルド長に、ふと思い出した疑問を慌てて口に出した。

 

 するとレミエットは再び足を止め、ロジェールは豚の如く飛び上がる。


「顔は見なくて良かったのか?」 

「ロビーを御覧になった通り、冒険者の数は多いですから。プレートさえ提出して頂ければ個別の認証は十分でしょう。ただし問題が起きても当ギルドでは一切の責任を負えませんので、その点はあらかじめご了承を」


 素性を聞かれる事も無く、今度こそ部屋を後にした彼らの後ろ姿を目で追えば、遅れてアデランテも事務室を後にした。 

 道中で手を止めた職員の視線が突き刺さるが、勢いのままにギルドを脱出。外へ出る頃には太陽も沈みかけていた。

 

 あわよくば依頼を2つ3つこなし、食事にありついてから宿で一晩明かす予定が、軟禁された事で計画は崩れてしまった。

 幸先の悪いスタートに溜息を吐くが、銅のプレートを摘まめば瞬時に笑みが零れる。


 そのまま家なき帰路につき、元来た街道を辿れば今は夕飯時なのだろう。食欲をそそる香りが漂い、明かりが灯った飲食店にチラホラ人が出入りしている。

 武具店に押し寄せていた人だかりも殆ど消え、途端に選択肢がいくつも浮かんだ。


 雑踏が消えた今なら、いくらでも商店街を覗いて回れる。あるいは飲食店も開いたばかりで、お1人様ならすぐに席を案内してもらえるかもしれない。

 魅力溢れる環境に心が揺さぶられるが、グッと欲望を堪えて街道を進んでいく。人気のない道に出ると路地裏へ入り、さらに歩けば1軒の建物へ真っ直ぐ向かった。


「…なぁウーフニール」

【空室はまだ残っているはず】

「いや、そっちの心配はしてないんだけど、そうじゃなくて…」

【貴様が紙片を受け取った時点で女は追跡している】

「……私が頼む事を見越してか?」

【衝突した時より不穏な未来は予想していた】

「ははっ、そうか……ありがとな」


 言葉にせずとも隣人はアデランテの意思に沿って動いてくれる。

 そんな彼の唸り声に微笑を浮かべ、歩調を戻せば鶏のエンブレムが刻まれた看板の下を潜った。

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