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081.光の中の影法師

【何を驚いている。良からぬ企み事でもしていたのか】

「……何でもないさ。口から心臓が出そうになっただけだ。それより私に何か用か?」

【用向きなくして来る理由はない。臓書の整理も終え、貴様が一段落ついたならば、“外界”の様子を確認するか問いに来た】

「…あ、あぁ。宜しく頼む」


 ようやく足の硬直が解け、ウーフニールもゆっくり離れていく。止まっていた息も静かに吐き出し、円卓まで歩み寄れば腕を左右に広げた。

 そのまま天窓まで掴み上げられるのを待ったが、いくら待っても彼もまたその場を動く事はない。

 痺れを切らして声を掛けようとした刹那、ふいに頭部を何かで小突かれる。咄嗟に屈んで前に進み出れば、壁一面を覆う垂れ幕が床まで伸びていた。


 一体何事かと首を傾げたものの、程なく白い布地が仄かに光り出し。奥で徐々に輪郭が形成されると恐る恐る近付いた。

 何が始まるのかと再び首を傾げ、微かに動く影を追うや否や――。



[う゛う゛う゛う゛う゛う゛おりりりゃぁあああああーーーー!!]



「ふぅおぉッぁあッッ!?」


 大音量と共に男の顔が全面に映し出され、思わず背後へ飛びのいた。おかげで椅子に足を取られ、そのまま背後へ倒れ込んでしまう。


 だが腐っても小国の騎士。直ちに態勢を立て直せば、剣を抜いて巨大な顔に飛び掛かった。

 もしも手前でウーフニールに捕縛されなければ、蛮行は現実の物になっていたろう。


「なっ、ウーフニール!?何をしてるんだ、今すぐ私を放せ!ココに…私らの書庫に賊が侵入してッ…」 

【落ち着け野蛮人。よく見ろ】


 いくら暴れても決して解放されず、隙あらば脱出すべく渋々布地に目を向けた。先ほど出現した男はすでに消え、代わりに別の男が垂れ幕に映し出されている。

 出で立ちから山賊である事は一目で窺え、離れた位置に佇んでいるのだろう。アデランテに向かって指を差し、言葉に表せない罵詈雑言を撒き散らしていた。


 そして次にはメイスを振りながら突進し始め、迎撃すべく身をよじるが、暴れる度に拘束する手の数が増えるだけ。

 物理でダメなら口で反撃すべく、カッと見上げた先は彼の下部に浮かぶ眼玉だった。


 それらにギロリと睨まれるや、瞬く間に反抗精神も萎びていく。

 不満は溜まる一方だったが、ウーフニールもまた声を荒げる事はない。手荒な真似もせず、黙って瞳を前方へ向ける彼に倣って視線の先を辿った。



 今度はまた別の男が垂れ幕の中心に立ち、槍を携えて突進してくれば無意識に剣を向けてしまう。

 直後に武器ごとウーフニールに掴まれてしまい、次はないとばかりに首まで固定された。


 その間も男は距離を詰め、もはや矛先が刺さるであろう距離まで近付いた時。視点が横に逸れ、伸びきった槍の先を画面の端から現れた手が掴んだ。

 恐怖に染まった男の首は両断され、屍を確認する事無く映像がぐるりと反転する。

 次は背後に立っていた男に剣先を向けるが、彼の顔には恐怖の色が浮かんでいた。


「…私は何を見せられてるんだ?」


 男が瞬く間に始末されるや、ようやく抵抗する気力も失せると拘束も緩んでいく。

 そのままソファにポスンっと落とされ、見上げれば無機質な瞳が一瞬アデランテに。それから流れゆく“映像”に戻され、真似るように注意を画面に移す。


 いつもは白い霧の向こうで見る映像が、今は目の前で。それも絵画の中で登場人物が活き活きと動き、戦闘が起きているのも森の中。

 書庫に侵入されているわけでもなく、好奇心の赴くままに布地へ迫った。


 途端に頭上でウーフニールの蠢きを察知し、慌てて振り返れば何もしない旨を。自分が無害である事を表明すれば、眼を細めた彼は拘束に動く事はない。

 ホッとしながら再度垂れ幕に手を伸ばすと、端を軽くめくってみる。

 裏にはやはり壁しかなく。布切れ1枚に流れる映像に感嘆すれば、再びソファへ飛びついて腰をどっかり下ろした。


「……そこだッ!おぉ…見事なタイミングだな。次は右にいる山賊を、うん。手際が良い。そのまま奥にいるッ……なぁ、ウーフニール」

【どうした】

「もう1度聞くけど、私は一体何を見せられてるんだ?始めは誰かの記憶かと思ってたのに、どうも視点の奴は…まるで私の頭の中を覗いて戦ってるというか、思った通りに動いてる感じがするって言えばいいんだろうか…どうなんだ?」

【貴様の記憶を元に動いていれば当然だろう】

「私の記憶、ってこんな森の奥であんな良い装備持った山賊と戦った覚えはないぞ?それに…ほら、野営地にまで乗り込んで山賊を襲ってるけど、お前と会ってからそんな事はしてない……と思う」


 心当たりはないと思いつつ、記憶力でウーフニールに敵わない事は知っている。言及せずに彼から目を逸らし、画面に見入ると頭上でポツリと無機質な声が轟く。



――アデランテ・シャルゼノートの自動展開。



 聞き慣れない言葉に首を傾げ、怪訝そうにウーフニールを見上げる。


 直後に円卓の上で菓子と紅茶が展開され、質問の代わりに嗜好品を喉に流し込んだ。

 嬉々として映像の鑑賞を続ければ、丸太小屋の掃討が終わったらしい。柵で囲われた門が開かれ、山賊が5人飛び出してくるところだった。


【貴様が臓書に滞在した日より14日目の行動を映し出している。身に覚えがないのは当然だ】

「あぁなるほど。道理で……んんっ?つまりウーフニールが動かして…でも地下から昇ってくるといつも出迎えてくれ…そもそもお前が私みたいに考えて戦えるって事…なのか?」


 思考どころか菓子を頬張る手すら動きが止まり。豆鉄砲を喰らった顔で再び映像を見つめるが、すかさずウーフニールが説明を続けた。

 

 

 ギガントシザースを摂り込んだのち、武者修行に籠もったアデランテの指示は、“適当な街にでも向かってくれ”。


 そして要望通りに未踏の地を進み続けたものの、山間へ潜るほど山賊や魔物と鉢合わせる。その度に対象を喰らい、フェイタルの町で摩耗した肉体を“貯めて”おいた。

 

 だが記憶の保管には限りがあり、上書きされると臓書の中身も挿し替わる。山賊の生息区域へ到達すれば、いよいよ内外共に作業が滞ってしまう。

 そんな現状を検討した末、程なく辿り着いた結論が“本体の自動化”だった。


 アデランテ・シャルゼノートの経験則を基に、迎撃から移動までの行動を無意識で行ない。垂れ幕に映された光景は、自律行動する意思なき騎士の活動記録でもあった。


「――…なんというか、色々勝手に押し付けて悪かったな。そんなに山賊が出るなら、いっそ私が表に出ておけば、修行も兼ねて戦闘をこなせたろうに」

【貴様の目的は大型の魔物と同等かそれ以上の戦闘能力を有する事。“自動展開”にて十分対処出来ている今、山賊相手の戦闘では不要な経験則にしか成り得ない】

「重ね重ね礼を言う……それにしても自分の目線で見ているとはいえ、少し揺れが激しいな。もっと全体像が見れたら観やすいんだけど…なんとか出来ないか?」 

【了承した】


 首を傾げるアデランテに返答がなされるや、少し離れた場所の俯瞰風景が映される。アデランテを囲む山賊も全て見え、動く挿絵を見ている臨場感に思わず腰が浮いた。


「……おおおおぉぉ…断然観やすくなったな……今のはどうやったんだ?」

【道中喰らい、分離したトンビの記憶を投影している】

「これは、なかなか…うぉっ、私が口からモヤを出したぞ!?傍から見ると捕食シーンはあんな感じなんだな」

【貴重な映像記録でもある】

「そういうもんか?う~ん、おっかないな……でもこうして客観的に見てると思うんだけど……私はケダモノか?」


 クッキーを頬張りながら鑑賞を続けるが、山賊を摂り込んだ口直しのつもりか。

 視界に入った木の実を齧る事もあれば、朝露を啜る事もある。遭遇した敵は戦闘後に摂り込み、言葉も発さずに行動する様相は野生の獣そのもの。


 あるいは山賊を喰らう姿は魔物の類にも見えるが、辛うじてフードを被った人の姿から、森を彷徨う悪霊に見えなくもない。


 だが傍から見たアデランテ自身が“アレ”なのか。頬張る手を止め、ゆっくり見上げれば無数の眼の1つがギロリと睨んでくる。


【戦闘能力を構成する経験則の中には貴様の日常動作も含まれている。積み重ねた思考と行動がそのまま投影されているだけの事だ】


 慰めもなく、無慈悲に肯定するウーフニールの言葉に酷く肩を落とす。生活習慣の改善を真剣に検討するや、ふいに映像の中のアデランテが池に近付いた。

 そのまま屈んで四つん這いになれば、喉を鳴らして水を飲み始め。どう見ても獣の所作にしか見えないソレは、我ながら咄嗟に目を覆いたくなってしまう。


 しかし顎から滴る水を拭って顔を上げれば、途端に動きを止めて水中を凝視し出した。

 嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る視点をトンビから本体へ戻してもらえば、画面いっぱいに池を泳ぐ魚たちが映し出される。


「…ウーフニール。そろそろ元に戻してくれないか」


 水辺で獲物を狙う獣の振る舞いに、もはや静観している余裕はなかった。ウーフニールの視線が突き刺さった事も合わさり、無意識に呟くと意識が一瞬暗転した。

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