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078.終曲

 1歩進むごとに人里を離れ、草木が覆う獣道に差し掛かる。

 歩くのも億劫になる光景であったが、振り返れば町はすでに見えない。風になびく茂みと鳥の囀りが心地よく耳元に届いた。


「…んーーッ!!今回はうまく町を離れられたな!飛ぶ鳥跡を濁さず!私らがいたって事さえ殆ど気付かれてない完全勝利!どうだ、文句1つないだろ?」

【粉砕されたガラスが町中に撒き散らされ、湖に架けられた橋は沈没。指令に関わる目撃者8名もなお存命している。貴様の定義する“跡を濁さず”とは何だ】

「……説明しろって言われてもな」


 晴れやかな心持ちに突然暗雲が立ち込めるが、“アルカナの巻物”を処分した時に比べれば、格段に控えていたつもりだった。

 しかし地下水脈での戦闘を鑑みれば大差がないようにも思えて。跡を濁さずに済んだ成果と言えば、変身せずに町を発てた事くらいだろう。


 ウーフニールがいるとはいえ、時折背後を振り返っては追手がいない事を確認し。いまだ成果が継続されている事実にホッと胸を撫で下ろす。

 

「…まぁ、アレだ。とにかく依頼も無事達成できて、誰にも知られずに町を出られたんだ。それだけでも十分だろ?」

【ガラスの檻から娘を救出したのち、脱出の機会はいくらでもあった。魔物と交戦してまで不要な傷を負った理由は】

「私らまで逃げたら、その間に下で集まってた見物人がどう動くか予想つかなかったからな。一網打尽にしてやろうって考えはあったけど、一応丸く収まったようで良かったよ…我儘に付き合ってもらった代わりに、最後の決戦ではウーフニールに任せて大人しくしてたしな」

【大人しく…貴様が?】


 釘を刺す一言に息が詰まるが、隙を見て戦闘に参加していた手前、グゥの音も出ない。

 しかし連戦の負担を減らすために戦闘の交代を。音色の対策に聴覚の遮断を承ったウーフニールに、計り知れない感謝を無言で返した。


 それから意識を“白銀のセラフ”へ切り替えたが、把握できた事実は店主が親から譲り受けた事だけ。

 猛威を振るったのもフェイタルの町に来てからで、それまでは通行人を操って日銭を稼いでいたに過ぎない。


 彼女にせよ、領主にせよ。どちらも親から受け継いだ遺産を悪用し、悲劇を招いた人物たちであり。改めて力に溺れた者の末路を思い知らされるや、ピタリと歩みを止めた。


【どうした】

「…私ってさ。自分勝手なのかな」

【何を今更】

「そうだけど、そうじゃなくて……カミサマの依頼で潰してきた連中は力に酔って好き勝手やってたろ。お前に会って私も力がついて、国も騎士団の楔もなくなって好きに動いてるけどさ。実はアイツらと変わらないのかなって。思うように力を振るっては、よくウーフニールにも怒られるし。今の所2つの町が悪夢から解放されたとはいえ、機能そのものはしなくなってるしな」

【貴様の行ないは悪の定義に当てはまるのか】

「…褒められた話じゃないけど、私なりに筋は通したつもりだ」

【ならば愚問だ。ウーフニールを煩わせている自覚があるならば、不要な情けを他者にかけるな】

「……そいつは無理な相談だ」


 無くした身体も、足りない力も。

 失った自信さえも、ウーフニールが全て支えてくれる。


 彼なくして通せないエゴにほくそ笑み、やはり自分も彼ら悪役に同じ。身勝手な存在なのだと認識しながら山の奥へ突き進んだ。

 再び気持ちは晴れ晴れと澄み渡るが、まだオーベロンとの面会が残されている。


 思い出すだけで憂鬱な気分に晒されそうだったが、心の準備に奔走していた矢先。視界の黒円に紫点が表示され、進行方向で待ち構えている様子に武器を掴んだ。

 それから肉食獣の歩みで。かつ殺気立ったまま慎重に進めば、目標を捉えた途端にスッと立ち上がって茂みから踏み出した。


「…私にまだ用があるのか?」


 無防備に身体を晒した先には、深い森に似つかわしく無い姿の女中が佇み。相変わらずの鉄仮面に呆れながら近付けば、ウーフニールが腹底で唸り声を上げた。

 しかし敵意は感じられず。腹を撫でて彼を落ち着かせれば、悠然と彼女の前に立った。


「…あまり驚かれないのですね」

「連れに毛布をかけてくれたのアンタだろ。もしかしてって思っただけだよ。それより私が来るって良く分かったな」

「お客様の行動を予測するのも使用人の務めですので」


 頭を下げたまま言葉を続けるコルテリアは、ジェシカとエルメスの会話模様。そして直接アデランテと話した印象から町に留まらず。かといって元来た道を戻る事はないと推測していた。

 鐘の音からジェシカが廃教会におり、離れる前に様子を見に行くだろう事も。

 

「…賭け事は昔から苦手なのですが、町を離れる住人が使う抜け道の1つを見張っていて正解でした。無駄な時間を過ごさずに済んで何よりです」


 顔を上げ、ニコリと笑みを浮かべた彼女に思わず驚いた。町に来て初めて見せた笑顔を観察すれば、表情の変化に自ら気付いたのだろう。

 恥じるように顔を背け、わざとらしい咳払いで誤魔化す。その際に見えた首の包帯を指摘すれば。


「――…天罰が下りました」


 と、傷口を擦りながら遠い目をしていた。心なしか声も震え、じんわり赤く滲んだ包帯が見ていて痛々しい。


 だが女中としての矜持か。

 見苦しいとばかりに髪で傷を覆うと、再びアデランテに視線を向けてきた。


「…またフードで顔を隠されるのですね。綺麗な顔をされているのに、勿体ありませんよ」

「見世物じゃないんでな。それで用件は?」

「非礼のお詫びと戦闘で負った傷の手当てを、と思ったのですが…」


 足元に置かれた救急箱を一瞥してから、アデランテを頭からつま先まで見つめてくる。

 大怪我どころか傷1つ負っておらず、困惑する彼女は首を怪訝そうに傾げた。視線を合わそうにもフードが邪魔で、ますます混乱するコルテリアはそれでもメイド長なのだろう。


 程なく落ち着き払って鉄仮面を纏えば、恐らくジェシカの存在がよぎったに違いない。彼女に治療されたと考えるのが妥当な落とし所だろう。


 思わぬ存在に助けられてクスリと笑えば、一瞬コルテリアが怪訝そうに顔を歪め。そんな彼女の横を通り過ぎれば、すれ違いざまにソッと肩に触れた。


「もし詫びるつもりがあるなら、私が死んだ事にしておいてくれないか」

「…はい?」

「オーガに食べられたって所で頼む。少なくとも領主たちにはそう見えたはずなんだ」


 「なっ?」っと首を傾げる様子には、檻の中で見せた戦士の面影は無い。口元には無邪気な笑みが浮かべられ、あまりの落差に開いた口も塞がらなかった。

 主旨が理解できない提案も合わさって思考が追いつかず、現実逃避をするように脳裏をよぎったのは館での出来事だった。


 

 ジェシカの治療から程なく意識を失い、鐘の音で目覚めると地下室へ向かった。

 しかしジョナスビルは、恐らく部下4人と共に食糧庫で籠城し。ノックをすれば中から悲鳴と設置された調度品が崩れる音が響いた。

 扉を開けてやっても良いが、恐慌状態で解放しても面倒なだけ。彼らを放置し、痛む首を押さえて会場に辿り着けば凄惨な光景が広がっていた。


 元凶であろうオーガの血痕も、食糧庫の前で不自然に途絶え。ゲストの姿はもちろん、アデランテの気配は何処にもない。

 だが猛攻を受けている姿を見ていながら、何故か生きているように思えてならず、苦肉の策で出た賭けが図らずとも当たってしまった。


 予期せぬ再会で驚愕した事に気付かれなかったか。コルテリアが抱いた不安に反応する様子もなく、眺めてくる彼女をジッと見つめ返す。


 不可思議な提案にも無言の肯定を示せば、満足そうな笑みを浮かべたアデランテは明後日の方向を見つめ。それから我に返ったように、突如振り返って町の方角を眺めた。


「私が最後に領主を見た時は硬い扉の裏に隠れていたけど、何も問題はなかったか?多分アンタの下にいたメイドたちも一緒だと思う」


 挙句に殺し合いをさせた張本人の心配までする始末で。もはや狂気じみた思考に理解する事も諦めれば、こっそり溜息を吐いた。


「…姿は確認しておりませんが、恐らく無事かと。オーガがまだ徘徊している可能性も否めない今、食糧庫に避難されている方が安全かと思われます」

「それなら私が始末したから安心して良いぞ」

「なっ、どうやっ……餓死の心配はないでしょうし、当分は出て来ないでしょう。反省も込めてもう数日籠城して頂く事に致します」

「はははっ、手厳しいな」

「先代の遺言を愚直に従い、領主の地位にいるからと甘やかしてきたのが間違いでした。主人を諫めるのも使用人の務め。町をどうしていくかも、これから住人と話し合っていきたいと思います…もちろん道徳的かつ平和的な解決策のみ視野に入れて」


 わざわざ付け足す必要もなかったのだろう。変わらず快活に接するアデランテは笑みを綻ばせ、彼女のペースに呑まれる前に。

 笑顔に絆される前に足元の麻袋を2つ。恭しく差し出せば片方は小銭の音を鳴らし、もう片方からは肉の芳醇な香りが漂った。


「謝礼を含むゲームの参加費用と食事の差し入れにございます。町にいらしてから食事を満足に取られていない事とお見受けしますが、空腹でお引き取りされるのは使用人として。フェイタルの住人として見過ごすわけには参りません」

「…睡眠薬か毒が入ってます、なんてのは御免だぞ?」

「仮に命令を受けていたとしても、従うつもりは毛頭ございません」


「……自分が誰か分かるなら、もう見失う心配もないな」


 何を話しているのか分からず、訝し気に顔を上げれば時すでに遅く。伸ばされた腕は弁当を受け取るが、金貨袋に触れる事はない。

 制止も聞かずにコルテリアから離れ、奥の茂みへと足を踏み入れていく。


「教会やら橋やら壊したからな。弁償代はソイツでチャラにしてくれ」


 謝罪も、疑問も、目的も。

 何1つ応える事なく去ろうとする彼女の背に、掛ける言葉が見つからない。

 それでも女中として長年仕えた経験から。気付けば両裾をつまみ、腰を下げて深々と頭を下げていた。


「…フェイタルの町へお越し頂き誠にありがとうございました。またのご来訪をお待ちしております……アデット様」


 女中における基本動作と見送りの言葉。使用人となって緊張するコルテリアに、先代領主が教えてくれた初めての所作でもある。

 しかし当時の不安と思い出の狭間で心が揺れ。加えて身体の痛みと疲労で震える声に、上手く出来たか自問する最中。



――…お客様が去るまで面を上げてはいけないよ。



 静かに窘めた、祖父のような優しい領主の顔が直後に浮かぶ。

 しかし思わず顔を上げてしまった反動で、不覚にも涙が零れそうになり。見上げた先に佇んでいた客人にも思いきり見られてしまった。


 振り返った彼女は面食らい、それもすぐに笑みに変わると片手を上げて奥へ去っていった。


 まるで夕餉には帰ってくる気さくな所作に。彼女が去った後も延々眺めてしまったが、風のように自由な彼女が戻ってくる姿が想像できない。

 

 それでも救急箱を茂みから拾い上げれば、大人しく町へ戻っていった。館の修繕を始め、やる事はまだ沢山ある。

 忌々しい天使の声に代わり、久しく忘れていた鳥の囀りに耳を預けつつ、コルテリアはかつてない力強さを瞳に宿していた。

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