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006.路地裏ショッピング

 店を離れ、表通りまで戻ってきたが、到着時に見た旅人や御者の姿は無い。

 住人の姿しか見かけないあたり、恐らく日が暮れる前に別の町を目指したのだろう。



 一方で衛兵の数は増え、すれ違っても特に注意を惹く事はなかった。

 フードを目深く被り、俯いていても怪しまれる様子は皆無。


 手配書が町まで回っていないのか。

 はたまた無能なだけなのか。

 いずれにしても堂々と往来を歩ける状況に、多少の安堵感を覚えた。



 およその行き先も検討がつき、まとまった食事も摂れた。

 素晴らしい収穫の余韻も手伝い、のんびり町並みを眺めていたのも束の間。

 防具屋を通りかかった所で、ピタリと足を止めた。


 最初はショーウィンドウ越しに、ジッと眺めていただけ。

 だが気付けばガラスに張り付いており、傍から見れば物乞いだと思われたかもしれない。



【どうした】


 一瞬店員が話しかけてきたと思い、飛び起きた鼓動に慌てて顔を離す。

 対応すべく周囲を見回すも、誰もいない挙句に、憶えのある声が耳に残っている。


 バツが悪そうにフードを引っ張り降ろすが、隠れた瞳は未練がましく店を覗いていた。


「…さっき食事したところの店員が、山賊うんぬんって言ってたろ?装備は整えた方がいいと思ってな」

【金は貴様が使い果たしたはずだが】

「そうなんだよなぁ…」


 わざわざ指摘されずとも、十分理解している。

 小さな溜息を吐き、りんご数個で底を尽く懐事情に肩を深く落とした。


 再び品を眺めるが、購入できないのは所詮、身から出た錆。

 そう自分に言い聞かせても、なかなか体が店から離れてくれない。


 店内には簡素な造りの甲冑。

 マネキンの鏡像が着込む、鉄製の胸当て。

 店の一押しとばかりに、等間隔で並べられた足甲に手甲。

 どれも品数は少なく、質も見栄えも良いとは言えない。

 小さな町だからと考えれば、それも仕方のない事なのだろう。



 だがその割に値段が高い。

 住人が買うようにも見えず、必要に迫られた旅人の足元を見た商売に思える。

 

 かと言って安く売られては質に疑問を覚え、いずれにしても手が届く金額では無い。

 ようやく諦めもつけば、博打で負けたような気分で再び道沿いを歩きだした。


【あの道具がいるのか】

「…アレが欲しいってわけじゃないけど、他の店も似たような物だろうしな。口に出したところで何も買えない事に変わりはないさ」

【食に全財産をつぎ込んだ後に吐くセリフではない】

「山賊のことは食べたあとで聞いたんだからノーカンだ」


 言い争いに発展する事もなく、鈍い陽射しを浴びながら互いに淡々と語り合う。


 仮に大声を出した所で、失った路銀が戻ってくるわけでもない。

 むしろ周りの注意を不用心に招き、正気を疑われるだけだろう。



 だが身を守る装備を何1つ持ち合わせないのは流石に心許ない。

 いままで整備され、かつ衛兵が巡回していた街道と違い、次の旅路は危険そのもの。

 素手でも多少は戦えるだろうが、最低でも防具は欲しかった。


 腕を組み、いっそ衛兵の身ぐるみでも剥ぐか考えるも、それもすぐに思い直した。

 彼らが装備を紛失した所で再度支給されるとはいえ、奪われた当人は始末書コース確定。

 相手によっては降格か、最悪責任を問われて解雇されるかもしれない。


 何よりもサイズが合わなければ、襲うだけ時間の無駄だろう。



 ありのままの姿で挑戦するか。

 そうでなくば犯罪に走るか。

 地道な資金稼ぎが求められる状況に、ウンウン悩みながら歩く最中。



【――右斜め前方の路地へ入れ】


 警戒を露にした一言に、過剰な反応を示す真似はしない。

 努めて平静を装い、変わらぬ歩調で建物の間に滑り込んだ。


 途端に素早い身のこなしで走りだせば、積まれたゴミの山へ回り込む。

 拾った鉄棒を握りしめ、影から表通りをソッと監視した。


「…誰かに尾行されていたか?そんな気配はなかったはずだぞ」

【そこを動くな】


 やはり誰か来ているのか。

 気配も辿れない相手に、武器を握る手が一層固く締められる。

 


 だが次の瞬間に全身に鳥肌が立つや、鉄棒はあっさり手放されてしまう。

 まるで体の表面を一斉に撫でられたようで、零した嬌声を強引に押さえ込む。


 身をよじれど熱も引かず、悪化する劣情に、塞いだ指の隙間から嗚咽が漏れる。

 目頭も熱くなり、内側から何かが這い出ようとする感触も延々続く。

 意を決して体を見下ろせば、服の下がモゴモゴと独りでに動いていた。


「おまっ、ウーフニッッ…ィル!何し、あんッ!…ンンぐぅ」


 肉体が波打つ度に言葉は揉み消され、甘い衝動が胸の奥を締め付ける。



 しかし如何に蹂躙されようと、声だけは出すまい。

 それだけを念頭に歯を食い縛るも、頑なになるほど情欲が纏わりついてくる。

 頬は紅潮し、瞳に溜まった一筋の涙が顎を伝うが、地面に滴る事はない。

 首へ流れる前に吸収され、何事もなかったように全てが繰り返される。


 腹の底が沸騰する最中、体内を貪られる感情が何なのか理解が及ばない。

 だが抑えていた声も限界に達し、芯に巣食う劣情を吐き出そうとした刹那。



【終わった】


 氷の如く放たれた言葉にハッと我に返り、押し寄せた熱い波も遠ざかっていく。

 路地を吹き抜ける風が心地良く感じられたが、起き上がろうにも力が入らない。

 無理やり立とうとすれば膝から崩れ落ち、ゴミの山へ頭から飛び込んでしまった。


 そのまま動けず、薄っすら流れる汗を拭って気怠そうに顔を上げるが、表通りから醜態を覗く通行人がいない事にひとまずホッとする。


「……さっきの…んッッ、なん、なんだよ…」

【脱げば分かる】


 満身創痍のアデランテに対し、冷徹なウーフニールに反論する気力も沸かない。

 いまだ頬に籠もった火照りを感じつつ、言われた通りに服をたくし上げる。

 全裸にしてどうするつもりか問いたいが、体の火照りを逃がすにも丁度良い。


 しかしふとした違和感が、アデランテの手をその場で止めた。

 服の上から伝わるゴワゴワした感触に、怪訝な面持ちで体を見下ろす。


 それから急いで脱げば、現れたのはあられもない姿ではない。

 見慣れない装備が上半身を覆い、ズボンも勢いのままに降ろした。



 そこにはやはり馴染みの無い着衣が足を包み、想像もつかない不思議現象に、思わず目を輝かせる。


「…なんだ、コレは」


 ようやく捻り出せた感想も程ほどに、着ていた服をゴミの山へ放棄。

 その場でクルっと回り、子供の如くはしゃぎながら両手でペタペタ触っていく。



 肌の感触から鎖帷子か。

 その上に黄土色の縦線が入った青いサーコートを羽織り、両肩から指先までを手甲が。

 膝から下は足甲が覆っている。


 まるで物語の姫が、魔法でドレスを仕立ててもらった心持ちにさせられるも、突如動きを止めると顔をグッと強張らせた。


 姫、などと浮かれる歳でもなければ、武装した乙女の物語など聞いた事がない。

 王子を手に入れるべく、隣国に戦争でもしかけるつもりなのだろうか。



 再びゴミの山から狭い路地を覗くが、以前通行人の注意が集まる事はない。

 胸を撫で下ろし、顔を引っ込めると再度装備を見直した。


 覚えがないと思っていたが、よくよく考えれば何処かで見た憶えがある。

 かつての合戦場ではなく、もっと最近の。

 ついこの間と言っても過言ではない記憶の糸を辿っていく。



 そしてカチリと、ふいに頭の中で歯車がハマった音がした。


「こいつは…さっきの防具屋で見た装備じゃないのか?」


 腕を回し、足を上げ。

 装備を忙しなく観察する。


 ショーケースで見た、値段と釣り合わない商品の数々。

 それが今、自身の体に装着されている。


「衣服まで変幻自在なのか!?」

【貴様の要求に応えたまでだ】

「あの防具が欲しかったってわけじゃないけど…それにしても体だけじゃなくて、物にも変身できるんだな…正直驚いた」

【指令達成に支障があっては困る。問題があれば言え】

「…随分熱心なんだな。カミサマのことは嫌いだとか言ってなかったか?」

【オーベロンの指令。その次は貴様の使命。体を取り戻すための労力は惜しまん】

「――……プッ」


 ぶっきらぼうに語られる動機に、思わず吹き出してしまう。

 それに機嫌を損ねたのか、キュッと締まった首をタップすれば直後に解放される。

 戯れの領域にすら思える触れ合いに微笑み、“新調”した装備に浮かれていた矢先。


 右腕の手甲を一瞥するや、ふと目つきが険しくなった。


「……少しいいか?」

【どうした】

「右腕の籠手だけ外すことは出来ないか?武器を振り回す時に邪魔というか、前に着てた甲冑も右だけ私が勝手に外してたッふぅわわわわッッ?!」

 

 言い終える間もなく右腕が波打ち、咄嗟に左手で押さえつける。

 先ほど全身で体感した衝動が右肩から先にだけ集中し、地面に叩きつけたい衝動に駆られたが、必死に理性で抑えて右腕を抱え込む。


 倒れぬよう壁にもたれ掛かり、熱い吐息を幾度も洩らしたのち。

 やがて疼きも鎮まり、余韻で震える指先を高らかに掲げた。

 反転させて動きを確認すれば、相変わらず腕は意のままに動く。


「み、右手が暴走するかと思った…」

【右腕の装備を要求通り解除した。それで問題はないか】

「……あぁ、いい感じだ」


 安物と侮っていた装備でも、いままで着たどの防具よりも体に馴染む。

 右腕をぐるぐる回し、新たな装備を着た状態の戦闘を見据えて腰に手を伸ばした。


 だが勢いよく空ぶった手は虚しく指が開閉され、ようやく武器の存在を思い出した。


「…そういえば武器も持ってなかったんだよな……ウーフニール。武器を生やす事って出来ないか?」

【どんなものだ】

「どうって、そうだな……う~ん、こんな事が出来るって分かると、今から武器屋へ行っても目移りしそうだしな…途中ですれ違った衛兵が腰に下げてた物と同じでいい。ゴザの町で宿の店主に変身してる時にも見たろ?あんな感じでッアッッふあ!?」


 今度は左腰を右手で押さえつけ、左手で口を塞ぐ。

 右腕の変化に比べれば疼きは穏やかだが、どの道我慢は強いられる。


 それも【終わった】との呟きにパッと消え、一息吐いてから見下ろせば、腰には確かに鞘が差されていた。



「おぉぉぉ…おぉー…ッ!!」


 柄をしっかり握り、質感を確かめると勢いよく剣を抜く。

 上空から差し込む光に刃先を反射させ、新品に見える様相に感動すら覚えていた。

 

 そのまま刃を指の腹で弾き、ペットを撫でるように優しく。

 先端から鞘付近まで下ろしていけば、最後に指を刃に押し当てる。

 剣が震える程の圧にも関わらず、親指には切り傷が全く付いていない。


 やがて手を放したアデランテの顔色は先程とは一変。

 雨雲が如く表情を曇らせ、剣を弾く度にしかめた眉は雷さえ落としそうだった。


「…おい、全然切れ味がないぞ。こいつはナマクラじゃないか!」

【切れ味など知らん】

「知らん、ってそれじゃ剣にならないだろ!見てみろ、ゴミ袋さえ切れないんだぞ?」

【目測の情報で切れ味を再現できるはずがない】

「そんなの妄想でカバーしてくれよ!」

【声を抑えろ】


 模造刀同然の武器でゴミの山をぼふぼふ叩くや、前触れもなく首筋が逆立つ。

 咄嗟に手で押さえ、短い疼きを必死に耐え凌ぐ。


「…ぁくッ……またコレか」


 直後に掌をフサフサとした感触が押し返す。

 掴める程の質量に深い溜息を吐き、渋々引き上げると豪快にフードを被った。


 装備は新調されても、顔は継続して隠さなければならないらしい。



 不満は残るも、無計画に金を使い果たした手前強くも言えない。

 溜息に合わせて(なまくら)を納めるが、それでも旅立ちの恰好だけは整った。


 もう1度体を見下ろせば左手をギュッと握り、足を景気よく踏み鳴らす。


「…よし。じゃあ南東目指して出発するか!」


 気持ちもリセットされ、再び表通りへと戻った。


 まずは町を出るべく意気揚々と歩くが、度々ウーフニールに方角を修正される。

 地元民の如き案内に来た事があるのか問いたくなるも、彼の正しさを証明するように建物は減っていく。


 やがて町の境界線を隔てる柵を乗り越え、背の高い草むらをかき分ければ、あっという間に深い木立ちへ到達。

 新装備も相まって少しばかり浮足立つも、アデランテの歩みは森の手前で止まった。


「…ウーフニール」

【どうした。まだ何かあるのか】


 唐突な問いに対し、不機嫌そうなモヤが頭の中でざわつく。

 早く行けと言わんばかりの声音に、されど口を開こうにも言葉が出ない。

 どう切り出すべきか迷い、焦点の合わない瞳がしばし周囲を泳ぐ。


 埒が明かない状況に一息吐き、やがてフードの端を目一杯顔の前に下ろした。


「あ…あのさ……その、“あの感覚”は何とかならないのか?」

【あの感覚とは】

「そりゃあ…あ~もぅ、あの感覚だよ!変身する時に体がぞわぞわぁ~!って来て、内側が熱くなって…体がすくむというか、身動きがとれないというか…その」

【微々たる違和感で無力化するほど軟弱でもあるまい】

「そんなんじゃない!ただ…へ、変な気分になるっていうかさ…私もよく分からないんだけど」

【……変な気分?】


 疑問に満ちた問いが耳元で囁かれ、復唱されるとさらに顔を伏せる。


 一体何を口走ってしまったのか。

 世迷い事に顔が火照り、慌てて視線を逸らすが話し相手はそもそも見えず。

 触れず。


 アデランテ自身の中にいる。


「わ、わわ忘れろ!今聞いたことは忘れろ!いいなッ!!」

【無理だ。とにかく慣れろ】



――忘れろ!

――無理だ


 太陽が背中を照らす中、同じ言葉の応酬が繰り返される。

 しかしいくら記憶の抹消を求めても、要求は虚しく森中に木霊するだけだった。

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