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059.気休めホッとココア

「ふぁ~……おはよウーフニール」

【いつまで寝ている】


 寝起き早々、同居人の無機質な声を聞きながら重い身体を起こす。ベッドから降りれば腕を伸ばし、一息吐いた所で全身に力が漲った。

 1日を始めるには申し分ない体調だが、ふと窓を見れば外は真っ暗。日差しの“ひ”の字もない。


「…いつまで寝てたんだ?」

【丸2日。臓書に籠もった時間も含まれる】

「新しい記憶が2人も確保できたから、どれだけ書庫が高くなるのか見たかったのもあるけど…初めて見た時より階層が段違いで増えてたな。“あいつら”を鳥に監視させておいて正解だったろ?」


 勝ち誇ったように胸を張るが、返ってくるのは溜息混じりの唸り声だけ。慣れた反応に笑顔で返せば、ジッと窓の外を眺めた。

 


 エルメスたちとは別行動をしていたが、万が一のために監視を付けていたワシが、魔物以外の脅威を感知したのは想定外。

 彼らの背後に付きまとう存在を察知するや、すぐさま後を追った。


 それからヴォートサラマンダーに姿を変え、手際よく仕留めたまでは良かったが、撤収するウーフニールを留めれば、魔物が町に現れた事案をどう処理すべきか。

 刹那の悩みの末、ふと剣を握った勇敢な冒険者の姿が視界に映った。


 程なく我が身を差し出し、切り離した尾が煙となって消えた事で誤魔化せたか不安はあったが、幸い衛兵やギルドが騒ぐ事も無かった。


 全て丸く収まった所で胸を撫で下ろし、髪が独りでに結われると、今日1日をどう過ごすか考えるも、ふと鼻先を掠めた甘い匂いにまずは腹拵えを優先する。

 颯爽と部屋を離れ、パタンっと扉を閉めようとした途端。


「きゃっ!?あ…アデットさん、お疲れ様です!温かいココアを淹れたので、良かったらご一緒にどうですか?」

 

 廊下でキャロラインと鉢合わせ、はにかむ彼女に笑顔で返す。あと1歩早ければ出会い頭にぶつかっていたろうが、すぐに踵を返して離れた背中を追った。


 彼女が宿に引っ越してから、すでに4日は経過したろうか。

 カウンターでいつも寝ている店主の「万年空き部屋の私室」で生活し、今後ギルドで紹介するためにも、サービスを身をもって確認したいと。

 日に日に距離が縮まる姉妹の姿に、どうしても頬が緩んでしまう。


「…やっぱり姉妹は仲良いのが1番だな」

「何か言われましたか?」

「なんでもないさ…おっ?お前らも来てたのか」

「来てたのか、って一応俺たちも宿泊客なんですけど」

「ご無沙汰してまーす」


 階下に降りれば、暖炉の前でエルメスたちが一足先にココアを嗜んでいた。店主もいつも通りカウンターで頬杖をつき、アデランテの分が肘で押し出される。

 早速受け取れば1人掛けソファに腰を下ろし、味わうように口に運べば、甘い香りが全身に広がっていく。

 

 身も心を溶けていく錯覚に陥り、臓書で是非とも再現したい情景だったが、ふと視線を感じればジェシカたちの顔が向けられていた。


「どうかしたのか?」

「……アデットさん、やっぱりフード外さないんですね。湖に飛び込んだ時も着けてたし…まぁ俺が詮索する話でもないんですけど」 

「別々に行動してるのもそれが理由なんですか?」


 好奇心よりも幾分か不安が勝っているのだろう。語り掛けてくる2人の脇では、困惑するキャロラインの姿が映る。

 店主も顔を背けていたが、しばし悩んだ末にコップで口元を隠した。


「…今日くらいは、いいだろ?」


 喉を鳴らしながら2口ほど飲み、暖炉の火にも劣る小声で呟いた。

 少し待ったが返事はなく、恐る恐るフードの端を掴んでも、抵抗や反論は無い。

 それから一気に外せばあっさりと脱げ、呑まれた要求に驚いた一方で、感慨もなくエルメスたちを見つめ返す。

 

 そこには以前もどこかで見たような表情が浮かび、その誰かさんもまた姉妹揃って、わざわざ前面まで移動していた。

 見世物状態はやはり慣れないものの、彼女らが見飽きるまで好きにさせておけば、その間も黙々とココアを飲み続ける。


「…口元が綺麗だから整った顔してるんだろうなぁって想像はしてたんですけど、やっぱり美人だったんですね!!エルメスがいつもジィーって見てたのも納得だわ。このむっつりスケベ」

「ばっ、ちげーよ!俺はただ女の方が色々要りようなのに荷物は持たないし、鉄等級とは思えないぐらい強いから、どんな秘密があんのかと思っただけで…」

「元々騎士団で先遣隊にいたからな。輸送隊とは別行動で、普段から物を持ち歩く習慣もなかった、し……あっ…あはははは…」


 淡々と告げるアデランテの言葉を切るように腹底を揺さぶられ、訝し気に口を閉ざしたのも束の間。

 素顔を明かすだけに留まらない軽率さに空笑いで誤魔化すも、時すでに遅かった。


 “騎士”と聞いた彼らの目は輝きと好奇心で満ち、またウーフニールに叱られるだろう結果に気分が沈む。


 だが荷物を軽くするため。空腹を満たすため。

 つまみ食いの常習ゆえに、輸送隊を出禁にされた話を黙せたのがせめてもの救い。

 そんなアデランテの胸中に構わず、先程までゆったりしていた空気は一変。活気に満ちた一同は、異国の王子が来たかのように賑わい出した。


「じゃあ鉄等級とは関係なしに、実力は最初からあったんですね。道理で素人じゃ敵わないわけですよ」

「ウチのギルドで新人試験をやらない理由の1つがそこなの。厳しければすぐ辞めてしまうし、続けられる人は続けられるから。門をなるべく広げときましょって話ね」

「うちは、って他のギルドではされたりするんですか?私は別の町で冒険者になったけど、経歴と身元の証明をするだけで終わりましたよ?」

「俺は体力テストみたいなのをやらされたかな」

「冒険者の数を増やして維持する事がギルドの仕事の1つでもあるのよ。それに新人試験で強さを証明しても、強い人しか残れないのかって言えばそうでもないし、パーティを組んで力を発揮する人もいれば、パーティの財布管理に適してる人もいるわ。ただ1人だけで…それもパーティよりも遥かに仕事をテキパキこなす人もいて、そんな方が元騎士で専属担当になれるとか嬉しい限りよ!」

「…専属うんぬんって話。2人にして良かったのかい?そういうのも個人情報なんじゃないの?」


 ココアを注ぐ店主の冷静な一言に、キャロラインの表情が強張る。申し訳なさそうにアデランテを見つめるが、顔を晒した今となっては気にする話でもない。

 ニッコリ笑いかけて5杯目を飲み、余計な事を話さないよう自らの口を塞ぐ。


 しかし魔物との対峙は、はっきり言えば素人。そう見えないのなら、対人戦の基礎と応用が上手くいっているだけ。

 彼女らはいまだ褒め称えてくれるが、会話をすれば調子に乗ってボロを出しそうで。勢いで落石に遭った話まで零しそうで、下手に声を出せない。

 ドキドキしながら一行の会話を見守れば、ジェシカが元気よく手を上げる。


「じゃあアデットさんに質問なんですけど、騎士団にも回復士とかっていますよね。私にも実用的な助言って何かありませんか?」

「にも、って俺なんにも教わってないぜ」

「アデットさんの剣筋とか夜な夜な練習してるの知ってんだからね。それで、何かないですか?」

「私が所属した隊に回復士はいなかったけど、私見でよければ服がダメかな。あとその棒きれ」

「服!?えっ、このローブが駄目なんですか?回復士の伝統的な色合いで、杖も歩行や護身。それに疫病にかかった患者の触診にも活躍するらしいですよ?」


 冒険者業で多少汚れたとはいえ、フードを被れば全身白みがかった風貌に、全員が思わずジェシカを見つめる。

 

 だが森にいれば目立つ。町にいても目立つ。

 もしも敵が弓兵ならば、真っ先に射抜かれるとアデランテは警告した。格好の的に成程と納得しながら一同は頷き、誰もがココアを啜る。


 棒切れもいっそヤリに持ち替えれば、率先して戦闘に参加せずとも、構えていれば魔物の突進くらいには備えられるはず。


 8杯目のおかわりを飲み干すアデランテの言葉を黙々と聞き、ローブを。それから杖をジッと見つめたジェシカは、しばし悩んだ末にやがて勢いよく立ち上がった。

 コップを置いて2階へ上がり、ドタバタ騒ぎが落ち着けば、階段を降りてきた彼女の手には、黄色い財布が握られていた。


「今からちょっと新しいローブ買ってきます!」

「…言っとくが、すぐにってつもりで話したわけじゃないぞ?さっきも言った通り私の意見ってだけで、伝統を否定しようってわけじゃ…」

「これでも冒険者の端くれですから、生きるためなら伝統なんて言ってられませんよ!って言うのは建前で、実はずっと欲しいローブがあって、泣く泣く諦めてたんです。そういうわけで、いってきま-す!!」


 風と共に去ったジェシカを見送り、扉から入った僅かな夜風も暖炉の熱が相殺する。

 あとには静寂とココアを味わう音だけが残り、また談笑が始まろうという時。キャロラインが思い出したとばかりに、ポンっと手を叩いた。


「伝統で思い出したんですけど、アデットさん昇級審査の方はいつ受けられますか?試験官相手に模擬戦闘を行なうんですが、もう個人情報を漏洩できるものなら最速記録で銅等級になるんだって、ギルド中に自慢したいくらいなんですよぉ~」

「とりあえず漏洩先の第一号はアタシとお客さんってとこかね」


 へらへら笑う姉に詰め寄り、妹の一方的な言い合いが始まる。和やかな雰囲気につい笑いたくなるが、それもほんの一時だけ。

 コップに残った僅かな量を中々飲む気になれず、薪が必要な暖炉の朧げな火を眺めた。

 


 温かいはずのココアからは冷気が。悠然と燃えていた薪は、まるで初めから無かったように崩れていく。

 在る物が消える世界に遠い目で眺めるや、何時の間にか会話が途絶えていたらしい。

 ふと我に返ればアデランテに視線が集まり、彼女らの表情も不安で曇っている。


「…どうかしたんですか?」

「ん~……申し出は有難いんだけど、審査は受けられそうにないんだ」

「怪我でもされたんですか!?そういえばここ2日程仕事の受注に来ませんでしたよね。何かありましたらジェシカさんでも、私経由で回復士をご紹介しますよっ?」

「また部屋から出て来なかったしね。何もない宿だってのに、一体何をしてるのやら」


 距離があるにも関わらず、詰め寄るように話しかけられると思わず言葉を呑み込んだ。ついでに残ったココアも飲み干し、冷めて苦くなった後味が舌に残る。


 おかげで少しは勢いがついた。


「――…実は街を離れなきゃいけないんだ……多分、ずっと遠いところに…」

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