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058.過ぎ去りし亡霊たち

「確かに確認致しました。本日もご苦労様です」


 事務員から報酬を受け取り、ギルドを出ると外で待っていたジェシカと合流する。


 鉄等級で再スタートを切ってから早1週間。今や2人だけで依頼をこなし、心なしかパーティで挑んだ時より進捗は順調だった。

 それもこれも、全てはアデット・ソーデンダガーの力添えがあってこそだろう。


 仕事中に口は出しても決して手は貸さず、しかし的確に。まるでソルジャーラビットの生態を知り尽くしたように、彼女は棲み処を指し示した。

 戦闘の指南も軽く受け、近頃はめっきりジェシカの世話になる頻度も下がった。

  

「――…本当に何者なんだろ」


 回復士の少年に同じく、フラリと現れてフラリと消えるアデットに疑問を零す。

 もっとも本人に聞いた所で、フードを目深く被る彼女が、教えてくれるとも思えない。


 何より「もう大丈夫そうだな」と言い残したアデットは、3日前から別行動中。安宿も紹介され、当初は金額に驚いていたが不愛想な女店主に納得がいった。

 一方で部屋の品質に開いた口が塞がらず、目で追うだけだった店主もエルメスたちに慣れたのか。

 「今日はどうだった?」と聞いてくれるまでの関係になった。


 2人で1部屋ずつ借り、1番良いと称される部屋はアデット本人が使っているが、最近は姿すらろくに見ていない。

 扉にノックしても反応はなく、たまに同じ宿で泊まっているのか疑わしくなる。


「私はあんまり考えないようにしてるけどね。あ~むっ……おいしい!」


 物憂げな様子のエルメスを尻目に、パラソル傘の下でアイスを味わうジェシカ。仕事終わりに喫茶店で一休みし、彼もまた嘆息を吐けば頼んだ苺ジュースを飲んだ。

 2人してのんびり過ごしてはいるが、路頭に迷った末に採用を見送られた店でもある。終いには頭を下げても雇ってもらえなかったのに、今や注文を出す立場。

 生活水準も格段に向上しているが、むしろ以前より余裕を感じてならない。


「…冒険者。戻れてよかったね」


 ふいに話しかけられ、ジェシカを見ればシュークリームを頬張っている所だったが、上目遣いでしっかりエルメスを捉えていた。


「……まぁそうだね。2人だけだから少し大変だけど」

「エルメスには悪いけど私は今の方がいいな。なんていうか、あまり言わない方がいいんでしょうけど、ずっと騒いでて落ち着きがなかったから」 

「それは同感だね。誰のせいとは言わないけれど…男所帯で大変だったろ?ごめんな」

「ううん、パーティに入ったのは私の意思だから。エルメスこそ大丈夫なの?ドットのことも、フランダたちのことも……幼馴染だったんでしょ?」


 シュークリームに隠れてポツリと告げる彼女に精一杯の笑顔を向けるが、その名を聞くだけで頭が痛み、胸が締め付けられる。


 パーティの崩壊も、彼らの裏切りも。すべては街についてからジェシカに聞いた話ばかり。

 だが不思議と現実を受け入れたのは、いずれこうなると予期していたからだろう。


 もっとも予見していたのはエルメスでなく、亡き友ドットであったが。

 むしろ当時は回復士の青年の話こそ信じられず、アデットの存在がなければ、いまだにジェシカの世迷い事だと決めつけていたに違いない。


 そんな彼女も、パーティについてようやく尋ねてくれるようになり、順調に回復している様子にホッとしつつ、サッと喉にジュースを流し込んだ。


「正直言って仲良かったのはドットだけだよ。もともと孤児院の出身でさ。ごっこ遊びの延長で冒険者になってたって感じ」

「でも昔からの付き合いだーってグルドンが言ってたから…」

「宴会の席での話だろう?冒険者の真似事してたらレイトが…ドットの兄貴なんだけどさ。面白そうだから混ぜてくれって割り込んできて、フランダとグルドンはそいつが引っ張ってきただけ。友達の面識もない兄貴とその知人とパーティ組むとか、正直やり辛かった」

「…あの2人、兄弟だったの!?」

「やっぱり知らなかった?ちなみにドットが言うには…まぁ、言ってたのは3人とも元は衛兵だったらしいんだけど、素行の悪さで辞めさせられたらしいよ」


 愚痴るのはドット以外に初めてだったかもしれない。

 それとなく話していたつもりが、何もかもが初耳のジェシカは元修道女らしく、熱心に耳を傾けてくれる。


 初めて受注した依頼はギルドではなく、知り合いの知り合いの伝手。それを見事に失敗して夜逃げした事。

 ギルドに所属してからも、期限を頻繁に超過していた事。

 山賊稼業に鞍替えしようとする彼らを、3日3晩必死で説得した事。

 今思えばよく止められたものだと、自分で自分を褒めたくなる。パーティとして長く続いた事も、奇跡の連続と言えよう。


 一方で悲惨な最期は予想しても、冒険者として再出発する未来は想定外だった。亡き友も、今頃は草葉の陰で喜んでくれているかもしれない。


 それもこれも、やはりアデット・ソーデンダガーのおかげ。彼女がいなければいまだ階段先に座り込み、途方に暮れていた事だろう。

 感謝をしてもし切れないが、顔も知らない女剣士にとめどなく疑念が渦巻く。


「…やっぱりさ。変じゃないか、あの人」

「エルメス、食べないとアイス溶けちゃうわよ?」

「半溶けが好きだからもう少し置いとく。冒険者じゃなくとも、町の外に出る時は荷物の1つや2つ持つだろ普通。それが全くの手ぶらだぜ?」

「テントも“木陰があれば十分だ”って言った時はカッコ良かったけど、食料も着替えも何も持ってないんだものね。男の世界で生きてるのかと思ったら、エルメスは違うって言うし」

「男を代表するつもりはないけど極端すぎるよ」

  

 溶けたアイスに抵抗なくスプーンが入っていき、2口3口と食べていくが、アデットの事ばかり浮かんで味が伝わってこない。

 

 彼女に引率された最後の仕事では、湖に生息する魔物の討伐に出かけた。そういった場合は餌を仕掛け、水面に上がるのを待つのがセオリー。

 にも関わらず、設置してから5分と経たずに飛び込めば、自らを囮に魔物を誘き出していた。


 「待つのは苦手」と雫を滴らせながら呟く彼女の気持ちは、前パーティにも似た輩がいたので理解はできる。しかし彼らは見張りを放棄したわけであって、装備を着たまま魔物が潜む水中へ飛び込んだわけではない。

 太刀筋や身のこなしも熟練者を思わせるが、身軽すぎる装いに突飛な行動が、たまに同じ人間なのか疑いたくなってしまう。


「…ごちそうさまでした」


 給仕に金を払い、店を出ると2人で宿に向かった。手元には購入した明日の必要品を携え、夕食をどの店で取るか話し合っていた時分。

 ふいに背後から肩を掴まれ、脇の路地に為す術もなく放り込まれた。

 危うく転びかけたが、嫌がらせにしてはタチが悪い。すぐに振り返って襲撃者を睨みつけたが、表情が固まると反射的に剣の柄を掴んだ。


 狭い路地の中、表通りまでの道は3つの人影が塞いでいる。


 1人はジェシカ。

 残る2つはそれぞれ軽装と重装備に身を包み、彼女を羽交い締めにしているのは盾士グルドン。

 その隣で弓士フランダが薄ら笑いを浮かべ、かつて仲間だった賊との再会に顔をしかめた。


「おぅ、久しぶりだなリーダー」

「……パーティを解散させといて、リーダーも何もないだろ」 

「なんだよなんだよ~。オイラたちの顔見てもっと言うことあるだろ~?こっちも色々言いたいことがあんだよ。なぁグルドン?」


 フランダは終始ニコニコしていたが、目は笑っていない。グルドンに至っては隠す素振りも見せず、ジェシカの喉元にナイフを突き立てている。

 もはや悪漢にしか見えない彼らを刺激しないよう、ゆっくり武器から手を放した。


「俺たちを見捨てて、とっくに町を離れたかと思ったら…いまさら何の用だ」

「用?見りゃわかるだろ?金だよ金。お宅らが大人しく渡せばオイラたちも町とようやくオサラバ出来るわけよ。お宅らの最期を見てなかったわけじゃ~ねぇし、どういう魔法使ったか知んねぇけど、随分羽振りが良さそうだしな。金回りのいいパーティとでも組んだのかよ?」

「ちょっと放してよ!それにお金って、私たちの生活用具も何もかも全部勝手に売りさばいた癖に、いまさら金の無心なんて頭おかしいんじゃ…っ」

「女は黙ってろ」


 ジェシカが言い終える間もなく、ナイフの切っ先が首に喰い込む。

 もはや殺気すら漂うグルドンを宥めるフランダは薄ら笑いを浮かべ、そんな2人のやり取りが以前と全く変わっていない様子に。

 青銅クラスの活躍と冒険の日々を、不覚にも思い出してしまう。

 

 しかし今回は戯れでは済まず、仲間ですらない。ようやく落ち着いたグルドンから視線を外したフランダも、最初にジェシカを。

 それからエルメスに視線を移し、彼らの“その後”を淡々と語り出した。



 街に戻った彼らは衛兵を呼ぶでも、ギルドに救援を出すでもなく。パーティの解散と死亡届を提出した。

 仲間の私物も売り飛ばし、冒険者パーティへ加入する事で元の生活を取り戻したが、死んだはずのエルメスとジェシカは、予期せず生還を果たしてしまう。


 パーティに死者が出た場合は、ギルドからは補償手当が出される。冒険者プレートが無ければ半額のみだが、悪質な誤報に伴い罰金が発生。

 知らせを受けたパーティにも見限られ、遊び人の彼らが途方に暮れていた矢先。追い詰めるように衛兵が2人の元まで迫っていた。


 私物を売られたエルメスが出した被害届に首を絞められ、街を出る路銀もなければ、潜伏生活をするほかなかった。



「…自業自得じゃないのよ」

「黙れって言ってんだろ、このアマっ!!」

「まぁまぁまぁ。2人を見捨てたのは事実なわけで、衛兵にしろ何にしろ、それでチャラって事にしようぜ?って言いたいとこだけど、お宅らオイラたちよりいい思いしてるっぽいし、不公平じゃん?」

「黙れフランダ。どいつもこいつも黙りやがれ!」


 ジェシカを乱暴に放ったグルドンに慌ててフランダが対応し、人質が渡ると拳を鳴らしながらエルメスにゆっくり近付く。


「またチクられたら面倒だ。当分はココで大人しくしてろ」

 

 粗暴だとは思っていたが、1ヵ月も経たない内に悪人面がしっかり板についている。

 言いたい事も今の彼らには。特にグルドンには右から左へ流れていくだけだろう。


 しかし今はジェシカの安否が最優先。魔物から守れなかった不甲斐なさを帳消しに出来る事を祈り、涙ぐむ彼女を視界に入れないよう、グルドンの顔を真正面から捉えた。



 だが不思議と彼の目が合う事はない。

 むしろ見ないようにしていたジェシカの顔と。その隣で佇むフランダの表情まで見え、何が起きたか理解するのに時間が掛かった。



――…グルドンの頭がない。


 

 首から上がすっぱり消え、逞しい腕が失った頭を探すようにもがいている。

 よく見れば空気の塊を掴む仕草をしており、それから肩に続いて胸が。腹部が。

 そして下半身と順々に消えていく。


 忽然と消滅した相棒に、フランダはエルメスの仕業とばかりにジェシカを盾にし、表通りへ少しずつ下がるが、ふいに足を止めれば彼の半身が消えた。


 しかしグルドンの時とは違い、彼の手には武器が握られている。ジェシカを突き飛ばし、一心不乱にナイフを虚空に振れば――ドロっと。

 空気の層から黒い液体が零れ、地面に滴ると紫煙が立ち昇る。


 やがてフランダも姿を消し、また“仲間を失った”光景にジェシカが腰を抜かす。

 本当なら彼女同様、力なく座り込んでしまいたかったが、それでも冒険者として。

 男として。

 エルメスが尻込みする事は許されない。


 それに見えない怪物の正体に、心当たりがないわけではなかった。


「…リベンジマッチか?ヴォートサラマンダー…ってアデットさんは言ってたかな」


 森で仕留め損ねた魔物が町までやってきた。

 ありえない事だが、細かい話など考えても仕方がない。


 剣を抜き、アデットの活躍を1つ1つ思い出しながら見様見真似で。素早く飛び出せば砂埃をすくい、思い切って投げ振るった。

 しかし宙をパラパラ舞うだけで、不発に終わったかに見えたが、壁際に微かな空気の乱れを捉えるや、間髪入れずにエルメスが剣先を突き出す。



――キッシャァァアアアーーーーーーーーッッ!!!!



 雄叫びに驚くあまり、思わず武器を手放して尻餅をついた。

 剣はいまだ宙に突き刺さったままで、ふいに空気が歪むとかつて森で見た魔物の姿が波打って見えたが、それも一瞬だけ。

 巨体が再び見えなくなると断末魔を残し、煙が勢いよく立ち昇った。


 地面に転がった剣の乾いた音でようやく我に返り、恐る恐る虚空に手を振ってみるが、魔物の姿は無い。

 剣も拾い、ジェシカの手を取り。まるでグルドンたちすら幻だったように、何も残っていない路地でポカンと佇んだ。


 しかし現実が追いついたジェシカが泣き出すと、エルメスの胸に飛び込み、いまだ夢ではないかと疑うが、彼女から伝わる温もりと涙は本物。

 ようやく笑みを浮かべたエルメスも、ジェシカの頭を撫でながら。初めて冒険者として踏み出せた気がして、少年時代の自分に誇らしく想いを馳せた。


 孤児院を脱走し、棒切れを振り回していた恐れ知らずのあの頃に。

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