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055.段差談義

 周囲の活気から浮いた2人の男女が、店の手前にある段差にポツンと座り込んでいた。

 若さに反して覇気も感じられず、片や白いローブを頭から羽織り、擦り切れた杖を傍らに置いている。

 もう1人は戦士用の軽装備を着用し、剣を腰に差してはいるが、柄がボロボロで手入れが行き届いていない。

 一見して冒険者だと気付けるが、重々しい空気が浮浪者にも見え、ただ一方で記憶に引っ掛かる風貌に、アデランテは首を傾げた。


【2人】

「う~ん、どこかで会った気がするんだけどな……ウーフニール?」

【興味はない。奴らを路地に誘い込め。釣り餌は十分ある】

「食費につぎ込むのも憚られる金をそんな事に使わせないでくれ。それに興味はない、って絶対知ってるよな。アイツらと何処で会った?」

【言えば貴様は許可しない】

「だーッ、ほかに探すの手伝うから!ほら、お前がまごまごしてるせいで、こっちに気付かれたじゃんか!」


 話し声か。あるいは彼ら同様、道端で立ち止まっていたせいか。

 アデランテの気配に、ゆっくり女が顔を上げた。


 顔色は決して良くはない。食事もしていないのか、頬が少しコケて見える。

 瞳も絶望に彩られ、目の隈が彼女の近況を物語っていた。


 そもそもアデランテに焦点が合っているのかも怪しく、事実たった数秒で力なく顔を伏せると、再び膝に埋もれてしまう。

 

「…ウーフニール?」

【……ジャイアントマンティス。人間が2名死亡し、2名逃亡。奥に座る男が重傷を負い、貴様が…】

「おおぉー!治療したあの時の!元気は…なさそうだな。うん」


 突然騒ぎ出したアデランテに、2人が一斉に顔を上げた。

 怪訝そうに見つめてくる視線は、明らかに変人を見る“ソレ”であり、|等価交換《ジャイアントマンティスの鎌》であったとは言え、曲がりなりにも命の恩人。

 無下にされる筋合いはないと憤るが、すかさずウーフニールが冷静に言葉を紡いだ。

 

 そもそも魔物を彼らから引き離したのは“ソルジャーラビット”。

 男の治療をしたのも“ダニエル”。 

 表面上はアデランテの“ア”の字も彼らの救出に携わっていない事を思い知らされる。


 つまりは互いに初対面であり、改めて面識がない相手なのだと自分に言い聞かせれば、彼らの隣に座り込んだ。


「そう邪見に扱わないでくれ。ただの通りすがりの傭へッ…じゃなくて同業者だよ」

「…同業。あなたも浮浪者と言うことですか?」

「エルメス!ちょっと何言って…」

「あ、ごめん」


 会話を始めて早々に鉛のような空気が漂い、常人ならば立ち去っていたろう。しかし彼らのパーティが崩壊する光景を見届け、そして救助までした身。

 素知らぬ顔のまま背を向けられるアデランテではない。


 浮きそうになった腰を落ち着ければ、辛抱強く彼らを見つめ。自分から話しかければ余計な情報を零しかねない状況に、ひとまず“交渉上手”に則って、相手の出方を待った。


 最悪金を払ってでも聞き出す事も視野に入れていたが、幸いアデランテの忍耐が切れる前にエルメスが折れ、堰を切ったように語りだした。



 強大な魔物と遭遇し、パーティが瓦解した事。

 奇跡的な救出劇の末にエルメスは治癒院で目覚めたが、彼が療養する間にジェシカが宿へ戻れば、借りていた部屋はもぬけの殻。

 私物も一切消え、混乱したまま冒険者ギルドへ赴けば、そこでパーティの解散届が受理されていた事。

 ジェシカたちに至っては、死亡届まで提出されていた事が発覚する。

 

 追い打ちをかけるように治癒院の請求で一文無しになり、死亡届は撤回できてもパーティが消滅した事で、鉄等級からの再スタートを余儀なくされた。


 しかし加入した理由もあくまで装備をツケで購入するため。中古の安物は入手できても、武器までは手が届かず、途方に暮れた彼らは今に至ると。

 遠い目で雑踏を眺めるエルメスが告げれば、ジェシカが俯いて涙を零した。


「…俺たちみたいな冒険者崩れって結構いるみたいなんで、どの店もバイトは間に合ってるって採用してもらえないんですよ。いっそ衛兵に志願して、ジェシカは治癒院で働くか話し合ったんですけどね」

「サッサと稼いで良い思い出のない町から離れたい、か?」


 ポツリとアデランテが零せば、図星をつかれたのか。鋭い視線をジェシカ越しに浴びせられるが、物怖じする程の覇気はない。

 睨むだけ無駄だと判断したエルメスも、すぐに視線を切って口を固く閉ざし、それ以上アデランテに関わる気がないのだろう。

 代わりにジェシカが目元を拭い、続きを紡ぎ始めた。



 借金返済含め、町を出るにしても金は要る。だが冒険者として稼ぐには、戦士と回復士だけでは心許ない。

 かと言ってパーティの募集に応じるのも、過去の経験から気が引けた。


「…ねぇエルメス。もう少し頑張って仕事探そ?お金貯めたら町を離れて、冒険者でも何でも、きっとやり直せるよ」

「仮に金があっても…いや、この話はよそう。それで通りがかりの冒険者が俺たちに何の用ですか?」

「そんな警戒しなくとも、別に冷やかしとかじゃなくてだな……」

【奴らの救助に携わった小僧の知人だと伝えたらどうだ】

「ん?…あっ、そうそう。2人が死にかけた時に回復士が助けてくれたろ?ソイツが私の知り合いなんだ。話だけ聞いてたから何となくアンタらかな、って思っただけだよ」


 さり気なく伝えたつもりが、当時の記憶が蘇ったのだろう。彼らの動揺は激しく、日記を見られた我が子のように睨んでくる。

 しかし一方で、恩人の知り合いへの敬意の示し方にも悩んでいたらしく。やがて落ち着いた彼らは非礼を詫び、改めて青年の所在について尋ねてきた。

 狼狽えるアデランテに響く腹底の声が、“遠くに行った”旨をすかさず助言する。

 

「大変な目に遭ってたから、その後もし何かあったら宜しく、って一応言われてるんだ」   

【そこまでは言っていない】

「まぁまぁ…それで、どうだ?パーティは私も訳あって組めないけど、2人だけで依頼をこなすのが不安なら少しは手伝うぞ?」

「……お気持ちは嬉しいですけど」

「俺たち、落ちぶれても一応青銅クラスだったから、鉄クラスの人に助けてもらうって言われても…」


 そう告げる彼らの視線は、アデランテの胸元に乗る鉄プレートへ注がれている。一瞬頭に血が上り、拳を握りしめる音が2人の肩を震わせた。


 幸いウーフニールの囁きで冷静さを取り戻し、まずはゆっくり一呼吸置いた。

 落ち着いた所で彼らに向き直り、“悪気はないが”と前置きしてから、淡々と彼らに現実を突き付ける。



 彼らが青銅クラスだったのは、あくまでパーティを組んでいた頃の話。現に2人だけで依頼をこなせず、二の足を踏んでいるのが良い証拠だろう。


 では彼ら個人のランクがどれ程のものか。改めて問うても俯くだけで、2人から答えが返ってくる事はない。

 会話は一向に進まず、アデランテもまた痺れを切らして立ち上がれば、オルドレッドの報酬金を無造作にエルメスへ放った。

 

「うわぁっ!?……えっ、これは…」

「支度金だ。それで借金返して装備を新調してきてくれ。ギルドで仕事もらって、2時間後に町の外で集合する」

「そ、そんな受け取れませんよ」

「私もついていくけど、もし実力に不満があったら金は返さなくていい。返事は?」


 ぴしゃりと告げられて何も言い返せず、手に乗る重みが拒絶の言葉をも沈める。無言を了承と受け取り、颯爽と離れたアデランテが雑踏に消えかけた時。 

 遅れて立ち上がったジェシカの問いかけに、ピタリと足を止めた。


「待ってください!どうして…回復士の方もそうですけど、どうして見ず知らずの私たちを助けてくださるんですか?見返りだって、私たちの姿を見れば何もない事くらい…」

「……助かった命があるなら、自分が見てる前ではせめて長生きしてもらいたいだろ?」


 朗らかにそう言い残すとジェシカはキョトンとしていたが、二言目を返される前に、今度こそ振り返る事なく雑踏に消えて行った。

 ウーフニールに案内を任せ、一直線にギルドを目指すが、彼なくしてオルドレッドの宿に着く事はおろか。宿泊先にも、町の外にも辿り着けないだろう。

 

「…1人じゃ何もできないのはお互い様か……ウーフニール。今日は珍しい事ばかりするけど、何か悪い物でも食べたか?遺書作った私を褒めたり、連中を助けようとしたり」 

【評価をした覚えはない。事実を告げたまでだ】

「そんな謙遜するなって。もっと褒めてくれてもいいんだぞ?…でも正直な話、何で2人を助けようって話に反対しないのかは本気で気になるから教えてくれ」


 もう少しでギルドに着く。

 しかし足を止め、彼の返答を待てば心中を唸り声がひしめいた。


【獲物に記憶を可能な限り蓄えさせ、油断したところを喰らうのが狩りの基本だ】

「…言っとくけど、あの2人はダメだからな」

【ならば店主と受付は】

「絶対ダメだ!!…そういえば受付の子、最近よく宿に来るよな。この前も店主と話してたし、やっぱり姉妹ってのは仲良くするのが1番だ……とにかく探すのは手伝うから、私が見知ってる人を襲うのはやめてくれ」

【成り代わりは身近な人間を襲ってこそ】

「……ここに来て急に怪物らしいこと言うなよ。一瞬ゾクっとしたろ?」

【その怪物に名を与えたのは貴様だ】


 それ以上ウーフニールは語らず、心の奥底に引き込んでしまう。

 最後に彼が残した言葉の意味に首を傾げるも、尋ねた所で答えてくれるはずもない。

 気にする事なく再びギルドへ向かい、冒険者の雑踏に入り混じる。


 傍目にはアデランテの姿が、突然虚空へ消えたようにさえ見えたろう。

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