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042.柵越えの羊亭

 冒険者ギルドの帰り道。商店街を見回すが、浮足立った心持ちでは何も頭に入ってこない。

 店員の呼び込みも耳に入らず、日が暮れる頃には真っすぐ宿へ向かっていた。


 扉を潜れば店主が顔を上げ、すぐにカウンター下に屈めば濡れ布巾が放られる。斬新な挨拶に驚いたものの、受け取った手はよく見ればインクまみれ。

 覚えのない汚れを拭き取り、返却を無言で要求する店主にすれ違い様に手渡した。


「感謝する」

「ん」


 二言で会話は終了し、店主は再び机に突っ伏した。惰眠を貪る彼女を邪魔しないよう、音もなく部屋へ戻ればやっと一息吐く。


 だが安心するにはまだ早い。素早く窓のカーテンを閉め、扉の施錠も確認する。

 ようやく牙城が完成したところで、心置きなくベッドに背中から飛び込み、上下に弾む軋み音に耳を傾けながらボーっと天井を眺めた。

 それから緩慢にプレートを掴めば、くるくる回る冒険者の証を吟味する。



 表面に刻まれた名は〝アデット・ソーデンダガー”。

 裏を返せば〝66666”の冒険者登録番号。


「…ふふーんッ。ウーフニール見てみろ!」


 小さな鉄板を満足そうに掲げるが、彼からの返事は相変わらずない。

 

「ウーフニール、聞いてるだろ?ほら、プレートだぞ、プレート!」

【把握している】

「知ってるのは、まぁそうだけど……私の感動がうまく伝わらないなー…そうだ!」

 

 思い付きを提案するアデランテに、ウーフニールの唸り声が一瞬漏れ出すが、直後に胸が大きく膨らめば、肥大した部位が不安定な色彩を帯びた。

 やがて顔を逸らしたアデランテからプツンっと離れ、サイドテーブルをごろごろ転がると、フクロウを模した姿に変わる。

 胸を抑えるアデランテの表情は苦悶で歪み、それでも口元には笑みが浮かんだ。


「ど、ど~だ。ウーフニール……すごい、だろ」

《ギルドでも見た》

「…ちょっと、待ってくれ…………ふぅーっ、よし!見てるのは私だって知ってるんだ。でもそれだと独り言の延長だろ?直接見てもらうのとじゃ、ワケが違うんだ。主に私の!」

《衰弱してまでやる事か》

「それは一応反省してるよ…正直胸が引き千切られたかと思った……で、どうだどうだ?冒険者プレートだぞ?何か感想はないか?」


 怪訝そうなウーフニールに構わず、グっと押し付けたプレートが羽毛に埋まる。

 行動に反して罵声の1つは覚悟していたものの、彼が嘴を開く事はない。足で器用に掴み取り、くるくる回して観察しつつアデランテを一瞥。

 目を輝かせる彼女と視線が合うや、虚空へポイっとプレートを放り捨てた。


 慌ててアデランテが飛び込み、床に落ちる直前で掴めば、着地音も押し殺して態勢を立て直すが、階下の店主が反応する様子は無い。

 ひとまず胸を撫で下ろすと、キッとウーフニールを睨みつけながらすり寄った。


「何するんだ、お前は!あっ、くそッ」

《こちらの台詞だ》


 どさくさに紛れてウーフニールを抱き締めようとしたが失敗。華麗に避けられ、ふわりと椅子の背に着地した彼の後を目で追った。

 

 それから無念そうに再びベッドで寝転がるが、プレートをじゃらじゃら鳴らす内に、再び朗らかな笑顔が戻ってきた。


「登録番号もぜんぶ一緒だし、何か良い事がある前兆かもしれないな。鉄ランクが終わったら次は何色になるんだ?」

《…貴様はギルドの話を何処まで聞いていた》

「最初から最後まで何も聞いてなかったな……いまさら、と言うのもあるけど…すまない」

《把握した》


 追及はなく、ふいにウーフニールがグルっと首だけ回転させる。壁を見つめると目が光り出し、金色の文字が虚空に浮かんだ。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

★ランク⇒鉄(初級)~金(上級)

・鉄 ⇒下級相当の魔物を討伐、素材集め

・銅 ⇒中級相当の魔物を討伐、素材集め、地形調査

・青銅⇒キャラバンなどの護衛任務

・銀 ⇒ギルド指定の上級相当の魔物を討伐

・金 ⇒国から直々の依頼


★報酬 / 特別任務

・ランクに応じて報酬も上がる

・一定の戦績を納めた人材は昇格審査を実施

・長期間受注しない場合は能力の低下を危惧、ランクの降格処分を取る事もある

・能力次第ではランク外の依頼も斡旋される、受注する場合は特別報酬手当を給付


★プレート

・魔法大学の特殊な加工技術により製作

・仕留めた対象の血に浸し戦績登録する

・使用者以外が所有しても機能はしない

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ベッドに横たわったまま、ソッと手を伸ばして文字を撫でる。指先で何度触れようと虚空を掠めるだけで、手応えは微塵も感じられない。

 転がりながら様々な角度で眺めても、文字の見え方は変わらなかった。

 

 やがて満足した面持ちで大人しくなれば、ようやく浮かんだ情報を読み耽る。


「ん~…こうやって見ると色々話してたんだな。鉄ランクでいくら位貰えるんだ?」

《依頼次第》

「それもそうか。魔物の下級とか中級の判断基準は?」

《街近辺に出没し、人命に被害を積極的に与えない低脅威の魔物が下級。それ以上は中級以上と分類》

「となるとしばらくは街の周りをグルグル回る感じになるのか。次にカミサマから声が掛かるまでに、どこまで昇級出来るやら……でも長期間仕事しないと結局降格なんだよなぁ…」


 頬杖をつき、つまんだプレートを揺らしながら仕事に励む自分を想像する。

 手に汗を握るような戦闘があろうと“神のお告げ”があればそれまで。冒険者業を早々に切り上げ、次に依頼を受けられるのは相当先の話。

 当分は鉄等級のままだろうと深い溜息を吐くが、落ち込んだ所で何も始まらず、勢いよく身体を起こせばベッドに座り直した。

 

 ウーフニールを見つめれば、椅子の背に止まるのは怪物でなくフクロウで。話し相手が見える安堵感と愛くるしさに、思わず頬が緩む。


「…やっぱり可愛いよなぁ~。ほぉー、って鳴いてくれないか?」

《ギルドから受けた依頼。いつ対応する》

「それともぽぉー、だったか……依頼?」


 無機質な声が嘴から放たれ、惚けるアデランテに疑問符が浮かぶ。身に覚えのない事柄に首を傾げるが、羽ばたくウーフニールが傍に寄ってくる。

 

 抱き込むチャンスに一瞬目が光ったのも束の間。 プレートを羽先で指され、見ればネックレスのチェーンに紙が結ばれていた。

 破かないよう解き、折り畳まれた用紙を少しずつ広げていく。



“鉄等級;アデット・ソーデンダガー様宛


・依頼内容

ソルジャーラビットの討伐および素材集め。

・指定数

10匹。


◆発行元◆

冒険者ギルド専属受付担当キャロライン”



「…なんだコレ?」

《依頼票》

「ソルジャーラビットってなんだ?」

《下級魔物》


 依頼票を見つめ、ヒラヒラなびかせると腕を組むが、ギルドで説明を受け、登録のために署名した所までは覚えている。

 もちろん話は一切聞いていなかったが、仕事の話などあったろうかと。首を唸っても答えは出ず、チラッとウーフニールを盗み見る。

 フクロウの鋭い眼差しに一瞬怯むも、恐る恐る質問を投げかけた刹那。



[――それでは依頼を受注されますか?]



 ウーフニールの物でもない、アデランテ以外の女の声が唐突に響き渡る。

 また宿の店主かと振り向くが、部屋の中には誰もいない。それでも聞き覚えのある声音に。

 それもフクロウの嘴から流れている事に気付くや、再びベッドに身体を預ける。腕を頭の後ろに回し、再生される会話に耳を澄ませた。



[アデットさんにはまず鉄等級の、言わば初心者向けの依頼で“ソルジャーラビットの討伐”を受注して頂きたいのですが、問題はありませんか?]

[あぁ]

[2本角を生やした大きなウサギの姿をしていますが、初心者向けと言えど侮ってはいけませんよ?縄張り意識が強いので、人を見れば突進してきますが、執拗に追い回す事はしません。草食ですので死に至る事例も殆どありませんが、怪我人は出ていますし、運が悪ければ命を落としかねないので十分ご注意を…ここだけの話。突進にさえ気を付ければ大丈夫らしいですよ]

[あぁ]

[ふふっ、初心者とは思えない頼もしさですね。依頼票を発行しますので、こちらに署名をお願いできま…――]



 会話がそこで途切れる。記憶から声だけを再生する技量に驚く一方で、内容自体は憶えがまるで無い。

 いくら記憶を手繰っても、聞こえるのはウーフニールの不信に満ちた声ばかりだった。

 

《…貴様、自身で受けた依頼も覚えていないのか》

「それは……う~ん」

《依頼対象の魔物に求められる素材部位は聞いていたか》

「…覚えて、ない」

《負傷あるいは体調不良を除き、鉄等級の依頼達成期限が1週間以内の話は》

「覚えてない」

《鉄等級冒険者の進行不可区域》

「覚えてないな!」

《貴様が身体を返還すると交わした誓い》

「覚えてなッ…いや、覚えてるぞ!?お前、今のは引っ掛けだろ!!」


 自身の失態を棚に上げ、ついムキになって声を荒げるが、ウーフニールは呆れたように首を180度回す。

 張り合いのない会話に嘆息を吐き、ゆっくり窓に歩み寄れば、すでに太陽は完全に沈み、路地の隙間からも往来は殆ど見えない。


 恐らく家路に着くか。あるいは夕飯に向かっている頃合いだろう。

 窓ガラスに息を吐きかければ白く濁り、夜の訪れを自ずと知らしめる。


 それでも窓を一気に開け放てば、途端に冷気が部屋に吹き込んだ。首筋から背中を撫でつける風に身震いしたが、窓枠を掴んだ手を離す事はない。


《…何を考えている》


 窓辺にウーフニールが音もなく止まり、アデランテの隣に居座る。紡がれる声はおぞましいが、それでも見た目は愛玩動物。

 ソッと手を上げれば胸の羽毛を揉み、柔らかな触れ心地に顔も綻んでしまう。


「むふふ~、やっと触れたぞ……痛ッ!?」


 直後に嘴でついばまれ、思わず手を引っ込める。ウーフニールに辛辣な視線まで浴びせられ、体格差も忘れて怯んでしまった。


「ちょ、ちょっと位いいだろ?生まれてこの方、鳥なんてヤキトリしか触った事ないんだから…」

《何を考えているか問うたはず》

「…正直なにも考えてなかったけど、今ので少し思い出した。魔物にしても獣にしても、切れ味のある奴の話をギルドで聞くのを忘れてたよ……ところでさ。私らが助けたダークエルフのパーティ。ランクで言えばいくつだったんだ?」

《青銅》

「洞窟で倒した魔物のランクは?」

《単体ならば銅。集団ならば銀》

「そうか……でも私は“人間”じゃないからな」


 寂しそうな笑みを浮かべ、路地の隙間を見上げれば僅かに覗く月へ手を伸ばす。

  

 ジャイアントスパイダーの巣窟から人質も奪還し、生きて街に辿り着くことも出来たが、それまでに何度死んだろうか。


 それもこれも、全てはウーフニールがいてこそ。

 女王も弱っていたから倒せただけで、銀はおろか、青銅まで実力は遠く及ばないだろう。


 ふいにウーフニールと目が合い、無意識に頭を。耳元を優しく撫でつけるが、今度はついばまれる事はなかった。

 それでも不機嫌そうな目つきは変わらず、その姿にやはり笑みが零れてしまう。


 街も。

 夜も。

 月も。

 冒険も。


 まだアデランテには訪れたばかり。

 ウーフニールから手を離し、窓枠に足を乗せればグッと力を籠めた。


《何をする気だ》

「いつまたカミサマのお声が掛かるとも分からないし、またどてっ腹に穴を開けられるのも御免だからな。少しでも多く依頼をこなして、実力を上げるんだ!」

《こんな夜更けにか》

「思い立ったが吉日ってやつだよッ」


 街灯もない路地裏は、暗闇に包まれて何も見えない。

 それでも両手を窓枠にかけ、ウーフニールが飛び立った直後に身体を引けば、一気に窓の外へ跳びだした。

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