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041.冒険前申請

「いらっしゃい、いらっしゃい!今日のお勧めは何でも斬れるアルメダ産の剣だよー!それも現品限り!」

「はいはい、注目ー!新鮮な野菜や果物はいかがっすかー!」

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!防具を買うなら是非ウチの店を見てってくださーい」


 大通りに出るや、耳をつんざく活気が聴覚を揺さぶった。


 そんな声や群衆に釣られて店を覗く者。

 我関せず素通りする者。

 あるいは町の住人であろう、主婦や子供たちが買い物に出歩く。


 様々な客層が跋扈する中、武器屋に集う群衆は特に色濃い。


 店内で商品を吟味しながら相談する者。

 ジッと武器を交互に見つめ、質を確かめる者。

 はたまた値札と睨み合い、財布を開いては他の武器に視線を移す者。


 前科を持ちそうな強面から、戦闘経験の浅そうな男女まで。品だけでなく、人の動きを遠目に眺めていても飽きはしなかった。

 そんな平穏な町を横切るアデランテも、何気なく観察する内にピタリと店頭で足を止めた。


「…1つ思ったんだけどさ。もし武器や防具を購入した上で、私が変身したとしよう。その時持ってた装備はどうなるんだ?」

【変化した現身が持つか、咥える事になる】

「う~ん、鳥に掴ませて飛ぶわけにいかないし、猫が咥えるわけにもいかない…買ったところで文字通りお荷物ってわけか。残念だな」

【見た目ならば模せる】

「それでも剣に見える棍棒にしかならないんだろ。巷で首折り魔なんて呼ばれたら、どうしてくれるんだ」

【鋭い切れ味を持つ魔物や獣が喰らえる事を祈れ】

「投げやりッ!?」



「あの~、お客様~…何かお困りで?」


 会話する内に近付いた店主が、愛想の良い笑顔で迎える。


 おかげで一瞬話を。独り言を聞かれたかと身構えたが、必死に取り繕うと極めて冷静に対処すべく。澄ました顔を店主に向けた。

 両手を擦り合わせ、ニコニコしている様子から会話は聞かれていないだろう。


「ななな何か?」

「い、いえいえ!店頭にずっと立っていらしたので、何かお探しかと思いまして…驚かせてしまったのなら申し訳ありません」

「べ、別に驚いては…探し物……そうだな。鋭い切れ味を持った魔物とか獣を知らないか?」

「…お客さん、素材をそのまま武器に加工されるおつもりで?商売人としてじゃなく、武器屋として申し上げますけど、あまりお勧めはできませんよ。何せ生き物の身体の一部ですから、骨だろうと何だろうと所詮は有機物。死にたてからは考えられないかもしれませんが、いずれ劣化して使い物にならなくなるんですよ。ですから使うなら断然鉱物から精製された武器!ウチの品揃えですと、この辺りが値段もお手頃で…」

「悪いけど今はワケがあって買えないんだ」

「ギルドに登録されているならツケでも買えますよ。それに魔物の話でしたら、そちらに聞かれた方が一介の店主に聞くよりも確実でしょう」

「そうか…いろいろ世話になった」


 諍いが起こるわけでもなく、店主の注意が他の客に向いた隙に撤退。街道の雑踏に紛れ込み、フードをグッと掴み下ろせば瞬く間に通行人に成り代わった。


 それから得た情報を反芻するが、やはり冒険者ギルドの門を叩くのが確実なのだろう。

 剣に切れ味を付与する試みを含め、“長期休暇”もいつ終わるとも分からないのだ。子供の頃に1度は憧れた冒険者の存在に胸を弾ませ、青い煙を追っていく。

 彼らの仕事は見栄えこそ泥臭くとも、騎士の肩書き以上に憧れる響きがあった。


「冒険者アデランテ…どう思う?」

【身を潜めると告げた貴様の決意は何処へいった】

「あっ、そうか…う~ん、冒険者アデ…アデ……あのダークエルフは私を何て呼んでたかな?」

【アデット・ソーデンダガー】

「冒険者アデット……世を忍ぶ仮の姿…ちょっとカッコよくないか?」

【知らん】


 冷ややかな反応に負けず、冒険者アデットの名を口にすれば何度も意識に刷り込んでいく。その間も町全体の平面図が視界に浮かび、着実に目的地へ近付いている事が分かった。

 人混みさえなければ目を閉じても歩けたろうが、やがて復唱が呪詛の域に達した頃。顔を上げれば街道の雰囲気が。

 通行人の質が、ガラリと変わった事に気付く。


 腰や背中に武器を下げ、装備も戦闘のために拵えた物を着込む男たち。そんな雑踏に女の姿もチラホラ混じり、表通りとは異なる匂いに目を輝かせた。



 程なく孤立した建物に“冒険者ギルド”と掲げた巨大な看板が否応なく目に入り、木製の薄い扉を勢いよく押し開けば、途端に不気味な囁き声が屋内にひしめいた。

 ねめつく眼差しも入場者1人1人に向けられ、一般人なら裸足で逃げ出していたろう。


 想像を遥かに下回る雰囲気だが、アデランテが視線を気にする様子は無い。内装も我関せずに一瞥するや、待機列のない受付まで真っすぐ進む。

 すると女職員が顔を上げ、四角い事務帽子の位置を正すと笑顔で迎えてくれた。


「こんにちは、冒険者ギルドへようこそ!」

「アデット・ソーデンダガー」

「…はい?」

「んっ?…あ、いや、すまない。こんにちは」

「ふふっ、新規登録の方で宜しいですか?」

「よくわかったな」

「見かけない装備なので、もしかしたらって思っただけですよ。ギルドの説明はお聞きになりますか?」


 着々と話を進める彼女に頷き、笑顔を浮かべた職員は早速説明を始めた。


 だが二言目を耳にした時点で、アデランテの意識は上の空。騎士団時代より培った、長話に関連する催しの欠勤。早退。喧嘩。

 それら無数の前科から“交渉上手の正しい進め方”を下に再教育された結果「聞かなくていいから大人しく立ってろ」が自然と身に着いていた。

 アデランテが騎士然とする貴重な場面とも揶揄された時間は、ゆっくりと過ぎていく。


「――…と、以上がギルドの説明になりますが、何かご質問はありますか?」


 再び声をかけられると意識を内側から揺さぶられ、ハッと我に返った。


「はぇっ!?お、あ~っと…」

【説明は終えた。質疑の有無を問われている】

「な、なにも問題はないぞッ」

「飲み込みが早いですね、ふふっ。何か分からない事があれば、いつでも伺いますので気兼ねなく相談してください。それでは登録に移りますが、お名前を伺っても…確かアデット・ソーデンダガーさん、で宜しかったでしょうか?」

「そう!…だ、よな?」

【問題ない】

「その名前で頼む」

「かしこまりました…それでは大変恐縮なのですが、お顔を窺っても宜しいでしょうか?」


 最初はフードを。

 それから頬に走る傷。

 そして胸と。


 やがて視線を上げた職員は、上目遣いでアデランテの様子を窺った。


「顔をケガされたり、身分を公に出来ない、と言った冒険者もおられますから、顔を隠される事は問題ありません。ですが他の冒険者による身分詐称や騙りを未然に防ぐ上で、何卒ご協力をお願いします」

「…全員に見せるのか?」

「今後も顔を隠されて受付をされるのであれば、私1人だけになりますが、その場合は専属受付という形でのご対応になります。混んでいると多少の待ち時間が想定されますので、予めご了承ください」


 そこまで告げると、アデランテは考え込むように口をつぐんだ。時折ブツブツと呟くが、何を話しているかは職員の耳まで届かない。

 






――どうせ最初の内だけ。


 そう思いながら職員はメモ用紙を準備し、新人冒険者の動向を見守った。


 よほど酷い傷を負っていようが、負傷など冒険者を続けるならば日常茶飯事。続ける内に周りと溶け込み、顔を隠さなくなる事例が多い。

 身分を隠している場合は、遅かれ早かれギルドに現れなくなる。


 しかし書類作成は共通作業でも、そのあとの責任一切は対応した職員が請け負う事になり、通常の冒険者の対応をしつつ、専属で個人を相手にするのは業務上の負担でしかない。


 その上で“顔”や“特徴”を把握する必要があり、唯一の味方はメモ書きだけ。1日100人近くを相手にする職業柄、いちいち覚えていられないのが本音である。

 いっそ専属冒険者用の受付を用意してもらいたいが、いずれ顔を隠さなくなるか、失踪する冒険者が多い事。

 登録者を選別している印象を与える、等の理由でいまだ対応部署は作られていない。


 辟易しつつ、それでも相手が女で。それもフードから覗く頬の傷から察するに、当分は専属のままだろうと。

 そして仕方がない事なのだと、同じ女として現状を受け入れた矢先。


 ふいに新人が嘆息を吐けば、ソッとフードを上げた。


 その下に何が隠されているのか。期待せず眺めていた職員も、ポカンと口を開けて動かなくなってしまう。

 


 頬の傷は一見目立ちそうだが、最初に視界へ飛び込んだのは色違いの瞳。左右共に宝石のように輝いて見えれば、透き通った銀糸の髪もまた負けていない。

 胸さえなければ男でも通用する整った顔立ちに、ペンをぽとりと机に落とした。


 さらに職員だけに見えるよう屈んだ姿勢が、胸や身体の曲線を一層強調し、世の男が放っておかない逸材に喉を鳴らす。


「も、もういいか?あまりジロジロ見られるのも、その…」

「…きれい」

「へっ?」

「あっ、いえいえいえいえいえいえ!すみません。はい、分かりました!もう十分です!はいっ」


 気まずそうに顔を逸らす新人の恥じらう姿に、唾液まで溢れそうになったが、おかげでチラッと視線を戻した彼女と目が合うや、心臓が飛び跳ねて声も裏返った。

 慌てて事務帽子の位置を正し、ペンを拾い上げるがメモ用紙に書くまでもない。人相は魂に刻まれ、コホンっと咳払いして顔をゆっくり上げた。


 その頃にはフードも目深く下ろされ、名残惜しみつつ登録用紙を引っ張り出す。


「…そ!それではァ!…エヘンオホンっ、申し訳ありませんでした。それでは手続きを進めさせて頂きますが、お住まいをお教え願えますか?」

「宿を借りてるんだけど、それでもいいのか?」

「問題ございません。何かあった時の連絡先として必要なだけですから」

「……【柵越えの羊亭】だ」

「はい、柵越えの……柵ご………さくごえのひつじてい?」


 読み上げるように零すアデランテに、笑みを浮かべていた職員の表情が一変。スラスラ走らせていたペン先がへし折れ、鋭い眼差しを向けて来た。


「…柵越えの羊亭、って路地の奥にひっそり建っている2階建ての宿屋ですか」

「そうだけど?」

「裏手に井戸があって、部屋がベッドでほとんど占められた質素な、あの宿屋ですか?」

「泊まった事があるのか?」

「……宿屋の店主。ものすっっごく不愛想じゃないですか?!」


 手がインクまみれになる事も構わず、書きたての羊皮紙に両手をつくと、勢いよく立ち上がった。

 鬼気迫る形相に新人は後ずさり、その反応にようやく周囲の目に気付いたのか。軽く咳払いすれば、お淑やかに座り直した。


「し、知り合いだったのかな?」

「……私の姉なんです」

「姉…そういえばどことなく似て…」

「似てません!あんな女と私はどこも似てません!血を分けた姉妹なんて、私は絶対に認めません!!アデットさんもそんな所に泊まるくらいなら、別の宿にした方がいいですよ!?何なら私がちゃんとした所を紹介しますし、ギルド登録して頂ければ格安で泊まれますしっ!」

「えっと、申し入れは有り難いけど、私は今の宿で十分なんだ。部屋は奇麗に整えられてたし、廊下も埃1つなかった。仕事熱心で、良い店主なんじゃないかな…」

「…そうですか……分かりました。ですが何かありましたら本人ではなく、私に直接文句を言って頂いて構いませんからね?あの野郎、人の話なんて昔っから聞きゃしなっ……すみません。お見苦しい姿を晒してしまって」


 あくまで冷静に対応していたつもりが、また声を荒げていたらしい。帽子を直すと顔を覆い、肩で深い溜息を零す。


 相手は“覆面希望”の冒険者。ここで周りの注目を引いては本末転倒。

 当人に担当替えを言い出されても、文句は言えないだろうが、専属受付の地位は誰にも譲る気はない。


 チラッと指の隙間から覗けば、彼女は気分を害した様子はなかった。むしろ落ち着き払い、ニッコリ微笑んでくれている。

 途端にフードを外した姿がよぎり、顔から火が噴き出そうになった。

 

「…大丈夫か?」


 伏せっていた顔を覗く新人に飛び上がり、舞った羊皮紙を慌てて掴んだ。机の上で素早く整え、乱れた髪を冷静に撫でつける。


「…コホンっ。ところでパーティのリクエストはされますか?冒険仲間を募集されている方がいればご紹介できますが」

「今は1人で十分だ。ありがとう」

「承知しました。女性1人で色々大変かもですが頑張ってくださいね。あっ、私はキャロラインと申します。アデットさんの専属としてっ。今後とも是非っ。宜しくお願いしますね!!」


 徐々に身を乗り出すキャロラインにぎこちない笑みで返し、両手で熱い握手を交わされると、手中に鉄プレートを下げたネックレスが収められていた。


「頑張ってくださいね!」

「お、おぅ…」


 ギラギラ輝くキャロラインに慄きつつ、恐る恐る新人が踵を返すと、背後の待機列にギョッとした。

 冒険者たちの視線を浴びつつ、群衆から逃れた新人は脱兎の如くギルドを後にしたが、彼らの対応もそっちのけに、しばらくキャロラインは彼女の後ろ姿を追っていた。

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