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040.アウトランドの憂鬱

 マルガレーテに辿り着くまで多くの町を通り過ぎてきたが、“アウトランド”はそのどれとも比肩出来ないほど発展を遂げていた。


 冒険者は所狭しと往来を跋扈し、右を見れば冒険者。左を見ても冒険者。

 武具や服飾、生活品にも困らない店並みに彼らが集うのも納得がいく。むしろ冒険者が活発だからこそ、大きく発展したのだろう。


 仮に訪れた者が一般人であっても、誰もが色とりどりの品に舌鼓を打ち、町の活気にいち早く溶け込もうと躍起になるのが、人の摂理というもの。


 だと言うのに、フードを目深く被った新参者は顔すら上げず、黙々と道を突き進めば、やがて往来を抜けて路地裏へと入り込んだ。

 ちょっとした階段を昇れば“柵越えの羊亭”と書かれた看板を潜り、感慨も無く扉を抜けていく。


「…いらっしゃい」


 入るや否や、長テーブルの後ろで女店主が頭を起こした。前掛けを着用し、三角巾を被った彼女は20代後半と言った所だろう。

 2階建ての宿を1人で切り盛りしているのか、気怠さを隠す素振りも見せない。

 

「泊まり?」


 余計な事は聞かず、淡々と告げる店主に頷く。すると頬杖をついた彼女は、無造作に鍵の束を放った。

 咄嗟に片手で掴んだが、相手に悪びれる様子は微塵もない。今にも寝てしまいそうな姿勢のまま、彼女の背後にある階段を指差した。


「部屋は全部で4つ。どれも同じ造りだけど、左端の部屋は1番日が差し込むよ。好きなの選んで、気に入ったら残りの鍵は返して。1泊50ゴールド。食事は外で食べてきて。トイレに沐浴できるスペースあるけど、水は店の裏手にある井戸から汲んで。バケツは扉横に置いてあるからご自由に」


 ザッと説明し終えた店主は、再び目を閉じる。軽く礼を言うが、予想通り反応はない。

 さして気にする事もなく、早速2階へ足を運べば、まずは店主の言葉に従って左端の部屋を開けてみる。

 鍵束を回し、1本ずつ差し込んでいくが中々開かない。短気な人間にはそれだけで応えるが、幸い鍵は4つだけ。

 4本目を差し込んで開けば、最初に映るのは部屋を殆ど占めるベッドだった。


 窓からは路地が見え、表通りの往来が細い入口から窺える。その傍には椅子が。

 ベッドの傍にはサイドテーブルがポツンと佇み、入口横の扉も開ければ物入れではなく、中は座敷トイレ。

 部屋全体は木板で覆われ、沐浴用の排水口は細かな穴が開いている場所だろう。


 扉を閉め、念の為に他の部屋も確認してみたが、まだ日は高いと言うのに、日没の如く室内は暗い。

 隣の建物が日差しを遮っているらしく、迷わず最初に選んだ部屋の鍵を束から抜けば、店主の元に戻って残る鍵束と金貨袋を机に置いた。


「350ゴールド入ってるはずだ。続けて泊まる時には、また支払えばいいか?」


 語りかけるも、返事はやはりない。袋の中身を目視で確認するや、振り返りもせずに店主は頷いた。

 

「世話になる」


 とだけ呟いたが、階段を昇る頃には店主も机に突っ伏していた。力尽きたとばかりに寝息を立て、アデランテが訪問する前の状況が再現される。


 目覚めた時に夢であったと思われないか。

 そんな不安を残しつつ部屋へ戻り、束の間の我が家を見渡せば自然と視線はベッドに向けられるが、背中から飛び込む気分でもない。

 鍵をサイドテーブルに添え、フードを外しながら窓辺の椅子に手をかけた。


 窓の外を眺めると宿に辿り着くまでの行程が浮かび、町に来てからというもの、アデランテに注意を向けた人物は誰1人いない。

 フードで顔を隠していようと、多種多様な服装の冒険者からすれば、むしろ地味な部類に見えた事だろう。


「…ウサギの皮を被ったキツネ、か」

【何の話だ】

「なんでもないさ」


 嘆息を吐き、椅子に腰かければ額を窓にゴンっと。日の光を浴びながら、ガラスに残る冷気を感じ取る。

 全身の力が吸い取られていき、反動で深い溜息が零れた。


「……やっちまった」

【今度は何を引きずっている】


 窓に額を押し当てたまま、ジト目で扉を見つめる。人の気配がない事を確かめるや、溜息でガラスが白く曇った。


「私は…私はあのダークエルフの」

【オルドレッド】

「…彼女の仲間のホニャララを」

【ダニエル】

「ソイツを!……摂り込んじまったんだッ」


 後悔が荒れ狂う波のように押し寄せ、宿の窓で無ければ頭突きでカチ割っていたかもしれない。


 だからこそ頭のどこかで冷静に状況が分析され、ダニエルの名を出した時に見せた、オルドレッドの表情や態度の変化が細部まで浮かぶ。

 救助された直後だと言うのに、即座に引き返した様子からも、彼女が並々ならぬ想いを抱いている事はすぐに理解できた。


 しかし必死にダニエルを捜索しているであろう今も、彼はアデランテに。ウーフニールに喰われて、跡形もなくこの世から消え去っている。


 もはや棺桶に納める彼の身体は存在しない。


「…ッッ大体なんで嘘なんか吐いたんだ!?生きてるって伝えれば、アイツが探しに行くのはお前も分かり切ってたろ!おかげで無駄な希望を与えたじゃないかッ」

【喰らった人間の治癒術を奴に使わねば、虚偽を語る必要もなかった。放っておけと言ったはずだ】

「わ、私が悪いのか?それでも治療する方法があって、治してやれるなら治すに越した事はなかったわけだし…」

【貴様が回復したと伝えたところで、いずれ能力は使えなくなる。あの女を始末しないのであれば、治癒術の習得を疑われるがゆえに貴様は言葉に詰まった】

「うっ…だからって勝手に人の声で話されるのも困るんだけどな」

【なれば返答を今聞かせろ。治療の有無について貴様は何と応じる気だった】


 鋭い追及に言葉が詰まり、窓からソッと顔を離す。背もたれに身体を預け、ゆっくり天井を仰ぎ見ても答えは書かれていない。

 己に蓄積された経験だけを駆使し、悶々と知識に耽った。


「…――オルドレッドが回復してた理由…背負ってる時に、森ですれ違った回復士に治療してもらったッ、は信憑性がないな…」


 首を傾げながら“殴られた拍子に忘れた”という案も浮かんだが、オルドレッドの罪悪感を煽るだけで終わるだろう。

 それ以上にアデランテが苛む結果になりそうで、慌てて顔を振れば、次に“1度限りの回復術”。

 あるいは特殊アイテムを使ったという案も、「何を?」と問うオルドレッドの顔が浮かぶ。

 直後にウーフニールとの出会いを思い出し、小瓶に入っていた彼の姿がよぎったが、再び首を振れば思考を微塵に砕く。


 結局のところはウーフニールの言う通り。余計なお節介で自分の首を絞める事になり――ゴツンっと。

 また窓に頭を押し当てると、ヒンヤリした冷気が疲れた身体に伝わる。思考にもゆっくり染み渡り、やがて別の疑念が自身に問いかけられた。


 オルドレッドが傷ついたまま、町まで運ぶ事が最良の答えだったのか。

 問われたら“否”と即答しているだろう。治療した事は反省も後悔もしていない。

 ただダニエルの生存を伝えた時の彼女の表情が、思い出される度に胸が苦しくなる。

 ウーフニールへの答えも出ないまま、窓にぐりぐり額を押し付けていたものの、ふいに問いかけが、無機質な声となって耳に届く。


【洞窟へ単身乗り込んだ貴様の目的は何だ】

「単身じゃないだろ。お前も一緒にいたんだから」

【答えろ】

「…ダークエルフの女を助けること」

【“仇討ち”も取り交わしていた】

「そうだったか?…正直覚えてないけど、たぶん言葉のアヤだよ」

【顔も忘却した人間に救助と仇討ちを一方的に確約し、名も覚えていない女を救出したのちに元凶の棲み処を壊滅させた。報酬に町と付近一帯の情報。そして冒険者ギルドに携わる知識を入手し、宿泊代も得た。喜べ】

「……アイツが森に消えたりしなかったら、罪悪感から金貨をそっくり投げ返してたけどな」

【だが男を喰わねば、いずれにしても貴様は置き去りにしていた事を引きずっていたはず。喰らわねば女も救助できず、死んでいた】



――死んでいた。



 単純ながらも強烈な言葉が頭の中で反響し、そのままスクっと立ち上がれば、フラフラとベッドに倒れ込んだ。

 柔らかな寝床に身体を預けるのはバルジの町以来だが、それも山賊討伐で出立したために僅か数分の出来事。久しく忘れていた温もりに眠気すら覚え、うつらうつらと身体が沈んでいく刹那。

 ガバッと起き上がったアデランテは、顔を振って惰眠を追い払った。


「キツネウサギっっ!!」

【…気でも狂ったか】

「違うッ!“キツネウサギ”の話だ!ウサギの群れを襲うために巣へ潜入したキツネが、変装にウサギを1羽食べるんだけどな。最後はウサギたちと共闘して強大な敵に立ち向かうって熱い物語なんだッ…そうだ。そうだよな!彼女も救えて、魔物の脅威も無くなった。1人でもアイツと同じ目に遭う冒険者が減って……お前の言う通り。あのまま摂り込まずに死なせてたら、ずっと心につかえてたろうな」

【……ほかに問題はないか?】

「ない!」


 多少の迷いは胸中に残っていたが、彼を摂り込んだ意義は語り尽くせない。

 宿もダニエルのパーティが店主の愛想や値段の安さを疑い、泊まらなかったからこそ知れた場所。人目も避けられ、余計な詮索もされない寝床は身を潜める上で魅力しかない。


 それにいまさら立ち止まれる身の上でも、立ち止まれる性格でもない。結果良ければ全て良し。

 それだけを脳裏に刷り込めば、言い聞かせている内に火が点いてしまったらしい。

 熱が籠もった身体では、ジッとしている事もままならず、部屋を出て階段を下ると、店主が眠気眼を摩りながら顔を上げた。


「ちょっと冒険者ギルドまで行ってくる!」


 意気揚々と挙げられた手に、つられて手が振られる。扉が閉まると店主は二度寝に戻らず、呆然とアデランテが去った後を見つめていた。

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