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003.内なる怪物

 小さな溜息を吐き、重い体を引きずってベッドに腰かける。


 

 神の実在に驚かされる一方で、いまだにその存在が信じられないのは、ひとえに彼との触れ合いが人間臭かったからだろう。

 もっと神々しさや感慨深いものがあるとばかり思っていたのに、救済の見返りは信仰との関連性を疑う使いっ走り。

 まるでゴロツキに売った恩を返さねばならない気分だった。


 頬を軽くつねってみると少し痛む。

 やはり夢ではない。


 頬を擦れば、ふとオーベロンが最後に告げた言葉が思い浮かんだ。



 “ファルニーゼ”とは一体何を意味するのか。

 頭を傾げて考えるが、思考は再びかき乱される。



 今は庶民派の神様よりもさらに近い、内なる怪物との対話を求められている。


 チラッと辺りを見回すが、ほかに聴いている者はいない。

 そもそも会話が通じるか不安は残るが、言葉を発したならば望みは残されている。


 まずは刺激しないよう遥か昔、人生で唯一読んだ“交渉上手の正しい進め方”に沿って、大人しく相手の出方を待った。



 1分。2分。

 あるいは10秒と経っていなかったろう。


 いつもならこの時点で沈黙する相手に拳を見舞い、騎士団員の誰かが羽交い絞めにしてくれるはずが、殴る相手は見えなければ止めてくれる仲間もこの世にはいない。


 過去と現実の狭間に苛まされるも、さらにもう少しだけ待つことにした。

 その間も気まずそうに視線を泳がすが、“頭の中の声”が話しかけてくる気配はない。

 しばし考えあぐねた末、小さく咳払いをした。


「…私は、アデランテ・シャルゼノートだ。さっきの会話を聞いていたか知らないけど、アイツが…えっと……神様?に与えられたっていう、お前のおかげで命を救われたのは、その…感謝してる」


 返答はない。


 傍から見れば不気味なうわ言だが、幸い宿は貸しきり状態。

 店主もわざわざ最上階まで来る事はないだろう。


 意を決して、再び言葉を紡ぐ。



「小国の騎士団に所属していたけど、戦帰りに落石で壊滅してな。一刻も早く国へ戻って報告しなきゃならないんだ……考えてみればアイツの…“依頼”?をいつまでに終わらせればいいのか聞いてなかったな。そもそもマルガレーテってどこだよ……なぁ、ソコにいるのは分かってるんだ。ドコにいるかは正直分からないけど、それでも返事くらいはしてくれって。このままじゃ独り言になっちまうだろ?」


 気が狂っていない事を自分に言い聞かせ、頭の中を覗くように天井を見つめる。

 念のために体をまさぐってみるが、あるのは自分の見知った体だけ。



 気のせいであるはずはない。

 オーベロンは怪物と言っていたが、確かに体を押さえられた時に言葉を発していた。


 最後にもう1度だけ語りかけ、それでダメなら何もかも忘れて国を目指そう。

 気持ちの切り替えに深く息を吸い、溜息混じりに吐息を洩らそうとした刹那。



【…からダヲ返せ】


 また、聞くことが出来た。

 腹の底を這い、血管に蠢くおぞましい声。

 

 驚くあまりに咳き込んでしまい、むせすぎて涙が浮かんでくる。

 それから慌てて周囲を見回すも、見えない相手に虚空を眺めるほかなかった。


「あ、あ~っと…私は」

【あで…ラン、て】

「そ、その通りだ。お前は…私はいま誰と話してるんだ?」

【カラだをかエセ】

「…人の名前を聞く時はまず自分からだ。私は自己紹介したぞ。次はお前の番だ」


 進展のない会話にムッとなり、ビシッと自身を指差すが答えは沈黙で返される。

 しかしそれ以上追求はせず、静かに様子を見守って再び出方を待った。



 返答に迷っている。

 あるいは考え込んでいる。

 根拠のない憶測だったが、話を聞いてもらえるだけ“神”よりマシに思えてならなかった。


 もう少し待ってから返事を催促しようとした矢先、再び内なる声が木霊する。


【……貴様ラ、一様に怪物とよブ】

「それは自己紹介じゃなくて総称だろ?私は名前を言えって話をだな…」

【カらダをぉ、返せェぇッ!!】


 抗えない力に再び体を押し倒されるが、ベッドのおかげで衝撃が分散される。

 しかし一方的な要求ばかりで、会話が全く続かない。

 現状を打開するには相手を尊重するほかないが、“体を返す”方法など知る由もなかった。


 恐る恐る怪物に説明を求めれば、ぎこちない言葉が途切れ途切れに返される。



 曰く、喰らった相手の姿を奪う怪物であり、それ以上でも以下でもない事。

 最後に覚えているのはアデランテの目を通し、今いる宿の部屋を眺めた事。

 体を取り返そうとした所で、激しい痛みが意識を無理やり縛り付けた事。


「……つまりお前もカミサマに捕まったって事でいいのか?お互い面倒な事に巻き込まれちまったようだな」

【…人間、喰らウ怪物。貴様。気にシナい、のカ】

「んっ?怪物と言っても、ようは魔物の一種なんだろ?獣が草を食べて、人が獣を食べて、魔物が人を食べて、死んだ魔物は土や草に還る。もちろん食べられないために獲物だって抵抗はするし、1度人間に手を出せば、その時は魔物も追われる立場になる。逆に人が獣に食べられる事もあるしな。弱肉強食、って言い切りたくはないけど、生きる上で必要なら文句を言っても始まらないだろ……まぁ、所詮は綺麗事だけどな」


 見えない相手に肩を竦める自分を鼻で笑い、いつの間にか解放されていた四肢をベッドに放り出した。


 いまだ理解は追いつかないが、魔物はアデランテの命を救い、そのまま体に巣食っている。

 知人がいれば是非聞かせてやりたい話だったが、ふいに内側で蠢く声に背筋が震えた。


【外、誰かいル】


 咄嗟に扉を睨み、未知との遭遇につい警戒を怠ってしまったらしい。

 言われてみれば微かに廊下から気配を感じる。


 足音を立てぬよう素早く移動し、間髪入れずに扉を開けると誰もいない。

 しかし見下ろせば、ギョッとした表情を浮かべた店主が屈み込み、傍目にもやましい事をしていたのは一目瞭然。

 訝し気に見つめれば、彼はサッと立ち上がってズボンの埃を払った。


「お、おおおおお客さん。あ~っと、お部屋の具合いは、いかがですかな」

「部屋の前で何をしていた」

「いえいえそんな別に。ちょっと…お客さんの部屋の前が汚れてたら失礼かな~と思って、廊下の掃除を…」

「…素手で床を掃いてるのか、お前は」


 目は泳ぎ、声は震えて挙動不審。

 呆れる言い分に手を腰に当てるや、突如体の内側が大きく波打つ。

 同時に自分の物とは思えない、唸るような腹の音が響き、脳裏が唾液で溢れ返る。


《ハら減ッた》


 アデランテの声とは異なる、零された無機質な声に店主は酷く戸惑うも、思いは彼女も同じ。


 直後に喉を込み上げた異物感に両手で口を押さえつけたが、やがて口内に溢れて堪え切れなくなる。

 ゴバッと一気に吐き出したつもりが、“ソレ”は思いのほかゆっくり。

 海岸から押し寄せる霧の如く、黒いモヤとなって前方へ広がっていった。


 

 そのまま先端は店主の膝に触れ、恐怖のあまり悲鳴すら出せなかったのだろう。

 反射的に店主が手で払うも、黒い粘着質な糸が指に絡みつく。

 もがけばもがく程纏わりつき、それから店主の抵抗も少しずつ弱々しくなる。


 黒いモヤも全身を覆い、やがて霧散すると彼の姿は跡形もなく消えていた。

 モヤはゆっくりアデランテの口内へ戻り、再び喉の奥へ流れ込んでいく。


 オーベロンに液体を飲まされた時ほどの刺激こそなかったが、真綿を押し込まれる感覚で咳き込みそうになった。


「……いま、何が起こった?」

【宿の主を喰らった】

「あ゛あ゛あ゛あ゛ーー、聞・こ・え・な・いーー!」


 耳を塞いでも内側から聞こえる声は防ぎようがない。

 現実から目を逸らそうとも、店主が消えた事実は変わらなかった。


 突然露わになった怪物の本性に。

 そして不本意かつ唐突に実行犯となったアデランテは、拳を振り上げながら吠えた。


「なんて事するんだお前はッ!!一般市民を私らの面倒事に巻き込むなッ、というか喰ら…摂り込むな!」

【魔物は人間を喰らうモノだと貴様も理解を示していた】

「だからって私の体でやることはないだろッッ!」

【大部分はもはや貴様のモノではない。それよりも厄介な事になった】

「何言ってるんだ!こいつは正真正銘私の体に決まって…そういえば足りない部分はお前で出来てるって話だったな。それにずいぶんと流暢に話してるけど、店主を……したのと何か関係があるのか?それに厄介な事って…」

【見た方が早い】


 怒りと戸惑いが入り混じったアデランテを気にも留めず、ふいに視界が歪む。

 白い濃霧が突然立ち込め、反射的に手で振り払いたくなるが腕は動かない。

 それどころか肩から先があるのかすら判別できなかった。


 問い直す間もなく、やがて聞き覚えのある2つの声が頭の中で木霊する。


 1つはアデランテ。

 そして残るは店主の声。



 霧が晴れると視界には2人の姿が映され、カウンターで鍵を受け取ったアデランテが階段を昇っていた。

 つい数十分前のやり取りを眺めている状況に理解が追い付かない中、視点が勝手に切り変わる。


 すると階段を昇るアデランテの尻が突然視界に浮かんだ。

 男物のズボンを無理やり縛りつけたせいで、整った尻の形が足を上げる度に強調される。

 左右に揺れる様を舐めるように見つめ、まもなく姿が消えても視線は階上の足音を追う。


 やがて3階の扉が閉まった途端、弾けるように視界の主は宿から飛び出した。

 そのまま町中を走り、灰色の無骨な建物へ一直線に向かった。

 正面には同じ兵装を着た男たちが佇み、衛兵の詰め所なのだろう。

 その内の1人と目が合うや、視点の主は低姿勢で媚びへつらい始める。


[どうも。以前に手配された騎士様ご一行の事で報告に…]


 おもむろに店主の声が放たれ、衛兵たちは互いに見合わせる。

 やがて屋内に1人が入っていき、程なく厳格な空気を漂わせる男が中から飛び出した。


[話は聞いた…奴らが現れたと言うのか?]

[い、いやね。奴らって言っても1人だけで、それも女の騎士様だったんですわ!おまけにとびっきりの美人ときたもんで…]

[御託は言い。そいつは今どこにいる?負傷は?他の騎士どもが後から来る可能性は?]

[宿にいますけどケガって、別にピンピンしてましたよ…あ~でも左頬にくっきり傷が入ってましたね。古傷でしょうからケガってわけじゃないでしょうが。それに目のアレもケガ、何でしょうかね?まぁとにかく他の騎士様は来れないって言ってたんで、来ないんじゃないですか?]

[…左頬の傷……副団長アデランテ・シャルゼノートに違いない。情報通りだ]


 店主の言葉に何度も頷き、満足そうな様子を見せた男は再び屋内へ引っ込んだ。

 次に顔を出した時には兵装に身を包み、背後には数人の衛兵を引き連れていた。


[おら、出発だ。宿まで案内しろ]

[あの~こうして報告したんですから、当然報酬は貰えるんでしょうね?騎士様ご一行で予約が入った時から、こっちはずっと気を張って待ってたんですから]

[はんっ。いつ潰れるとも知れん店を経営してるくせに何を抜かす。笑わせるな]

[……偉そうに歩くか立つだけの木偶の棒に言われたかないね]

[何か言ったか!?]

[いえいえいえ。衛兵様に守られる一市民として、お仕事に貢献できた事を心より喜んでるだけですよ]


 ぶんぶん首を振るせいで、船酔いよりも酷い不快感が襲う。

 その間も衛兵の鋭い眼差しを一身に受け、ようやく視線が逸れると安堵感が押し寄せてきた。


 しかし落ち着けたのは、ほんの一時だけ。


[まぁいい。とにかくその女を宿の外まで連れ出せ。そこで我々衛兵隊は待機し、一斉に捕縛する]

[ひっ!?そ、そんな…勘弁してくださいよ~。女って言っても騎士様なんでしょう?さっき綺麗って言いやしたけど、あの目つきは本物でっせ!?逃げにくいよう最上階に泊めといたんで、お宅らで囲んじまえば済む話でしょ]

[店がもっと広くてボロくなければそうしていた。それに相手は若い女の身と言えど、騎士団をまとめ上げる実力者だ。そのためにも油断を誘い、念には念を入れる必要がある……お前も衛兵への協力は市民の義務だと自分で言ったはずだろう。それとも何か?報酬もいらず、宿が荒れても構わないと?]

[……報酬は払ってもらいやすからね]


 不愉快そうに答える店主をあざ笑い、肩を落として歩き出す彼の後ろを衛兵がついてくる。

 元来た道を戻り、やがて宿の前に到達した彼らは事前の打ち合わせ通りその場で待機。

 恨めしそうに衛兵を見つめれば一息吐いて階段を上がり、忍び足で移動するが段差の軋み具合が酷い。


 隠密には到底向かない建物だが、3階に到達しても客人が顔を出さない様子から、バレてはいないのだろう。

 むしろ時折聞こえてくる声に、誰かを連れ込んだのかと。

 ドギマギしながら屈み込めば、ソッと戸に耳を押し当てた――。

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