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038.タイムリミット

「ハァー……ハァー…ど、どうらッ!これで、はぁ、追ってはこれらいッ…疲れて、舌がまはらない…」


 疲労困憊の身体を携え、慣れない姿で崩れる出口を走り抜けた直後。変身を解かれた反動で、息も絶え絶え。

 自分で自分を讃える余裕もなく、壁に背中を預けて呼吸を整えた。


 それからチラッと隣を一瞥すればダークエルフが横たわり、気を失ってはいるものの、上下する豊満な胸が生存の証。

 身を削る思いまでしたが、目標は無事達成できた。


 笑みが溢れて止まず、気を抜けば力なく崩れ落ちていたろう。しかし彼女を外界へ運び出す作業がまだ残っている。

 ひと時も休めない空間に留まる理由も無く、足に力を入れるとゆっくり身体を押し上げた。


「……さて、私に連れ出せる力がまだ残ってるかどうか…」

【何をしている】

「うぉっ!?…って何だウーフニールか。驚かさないでくれよ。てっきり冒険者が話しかけてきたのかと思ったじゃないか」

【何をしているか問うている】

「なにって…追手も無事撒いて、疲れたから少し休憩してただけで…ひとまず作戦がうまくいって良かっ…」




――ドォォォンッッ…



 

 ウーフニールの声に癒されつつ、あと少し休憩を挟もうとした刹那。

 岩肌を伝って腹底に響く振動に視界まで震え、断続的に遠くで崩落音が聞こえてきた。

 背後で起きた爆発音はこれで2度目になる。


「…ウーフニール。爆破し損ねた魔晶石が時間差で爆発した、なんて事はないか?」

【詠唱を終えた時点で分身は消し飛んだ。全て起爆したか把握していない】


 我関せずと言った声音の彼を尻目に、滝と聞き違える轟音が迫ってくる。地響きは足元を震わし、天井からはパラパラと砂埃が舞う。

 それも徐々に大きな石に取って代わり、ひとまず頭や肩に積もった砂を払った。 

 落ち着いた所作は危機感を匂わせず、フーっと嘆息を吐いてオルドレッドを背負えば、力強く地面を蹴った。


 直後に岩が雪崩込み、それまで耐えていた天井や壁が崩落していく。震える足場を踏み込んで身体を前に押し出し、動作が1つでも遅れてしまえば、数秒後には巨石の下敷き。

 迫り来る不気味な轟音に、振り返る事すら億劫になっていた。


「くッ…何だってこんな目に…ッ」

【何をしているか問うたはずだ】

「洞窟が崩れるなら最初にそう言ってくれ!心と身体の準備が全然整って…ハァハァ、ないんだぞ!!…前も、こんなこと言わなかった…か?ハァハァ」

【魔晶石の爆破による洞窟崩壊は想定するのが自然】

「私がそんな先のことを考えて行動する人間に見えるかッ!?」


 虚しい主張も洞窟の崩落にかき消され、目前にひび割れた岩が落下すれば、慌てて横に回避する。

 

 ウーフニールの返事を待とうものなら下敷きは必須。口よりも足を動かす事が求められるが、背中で跳ねる胸の弾みでオルドレッドが何度もずり落ちてしまう。

 背面にまで予期せず気を遣う羽目になったものの、頭上の異音にその場を飛びのけば大岩が地面を砕き、全速力で脇を走り抜けた。


 

 弱音を吐いても始まらない。兎にも角にも脱出を優先すべく、目前に浮かぶ青い煙を追った。

 刻一刻と変わる地形にウーフニールを信じ、通路の暗がりをがむしゃらに突き進んでいくが、行き先を遮断される度に回り道を強いられる。

 出口までの距離も見当がつかず、あるいはウーフニールに尋ねれば分かるだろう答えも、開きかけた口をつぐんでしまった。


 聞いてしまえば心が折れる気がして。不安を零す体力があれば足を動かせと、自分に都度言い聞かせる。


 “避ける事”。

 “走る事”。


 それ以外の事柄を排除し、何も考えないようにしていた矢先。地面に穴がぽっかり空き、奈落の底を体現する闇が眼前に広がった。


「…また…ハァハァ、んくッ……引き返すのか」


 虚空を漂う青い煙は消え、進路がまた変わる。振り返れば走り抜けた通路が映るが、最後に見た景色は留めていないだろう。 

 何処へ通じるとも分からない漆黒へ、煙は一直線に伸びている。


【何をしている。走らねば死ぬ】

「だからって回り道ばっかじゃ、それこそ全員生き埋めになる……この先に出口があるのは間違いないんだろ?」

【女を捨てるか、喰らって重荷が消えれば飛んでいける】

「どっちもお断りだ……少し提案があるんだけど、聞いてくれるか?」


 洞窟に足を踏み入れた時点で、ウーフニールのみが順路を把握していたと言うのに、崩落でそれも限界に来ている。

 だからこそ回り道を選択肢から外せば、崖際から数歩離れたところでオルドレッドを担ぎ直した。

 

 それから意を決して駆け出すと崖を力強く踏み込み、虚空に投げ出された身体は、素早く壁に足を着けて側面を走っていく。

 ジャイアントスパイダーの牙を剣に付与出来たなら、縦横無尽に天井や壁を駆ける足も付与出来るはず。


 一か八かの賭けは功を奏し、笑みを浮かべたいのは山々だったが、壁伝いの走行など人生で初めての経験。

 徐々に奈落の底に身体は引き寄せられ、ずり落ちるオルドレッドを何度も担ぎ直した。

 傾く上半身も強引に持ち上げ、やがて反対岸が見えた途端。力強く壁を蹴ってふちに指を掛けた。


 死に物狂いで崖を登り、息を荒げながらうつ伏せに倒れ込む。


「ど、どうだ!?うまく…いった、ぞ…ハァハァ」


 成し遂げた功績に微笑んでも歓声や労いは無い。青い煙が無情にも鼻先で浮かび、力なく笑えば身体をゆっくり起こした。

 

 休息も、自分を賞賛できるのも脱出した時だけ。再び地割れに出くわさない事を祈りながら、さらに奥へ進もうとした時。

 背中に走ったヒリつきに思わず足を止め、ウーフニールの警告も聞かずに、その場で佇んだ。

 程なく奈落の底から重苦しい足音が聞こえ、それから崖にガシッ――と。太く、毛の生えた足が力強く掴まった。


 まるで日の出が如く、ずんぐりと姿を現したのは洞窟の主で、森ですら覆えない体躯は圧巻の一言に尽きる。


 しかし目は半分潰れ、足も殆どもげていた。初めて見た時に比べ、老いた狼のように衰えてさえ見えたが、なおも発せられる威圧感は君臨者の名残なのだろう。

 岩がその身に落ちて砕けようとも、一切反応する様子はなく、ただ受けるがままに佇み、残る瞳を全てアデランテに注いでいた。


 かつてない敵意に喉を鳴らしたが、気付けば自然と笑みが零れていた。


【何をするつもりだ】

「…ケジメをつけるんだよ」 


 オルドレッドを壁に預け、鞘鳴りを響かせながら剣を抜く。


【放っておけば落盤で死ぬ。戦闘が長引けば共倒れするだけだ】

「そうだろうな…でも、コイツだけは譲れない」

【女を見捨てる気になったか】

「それも絶対譲れない。私の我儘に付き合わせて悪いな、ウーフニール」

【…早く終わらせろ】

「あぁ、どのみち長引かせるつもりもない」


 残った足で迫る女王に、アデランテも近付いていく。

 崩落すら忘れ、聞こえてくるのも自らの鼓動と互いの足音。そして我が身を引きずる女王の重々しい体躯だけ。


 しかしそれもピタリと。やがて互いに足が止まった時に、視線が歪に交わった。


「――…同胞を殺った仇が目の前にいたら、落盤で手足がもげたって死んでも死にきれないもんな。上の立場に祀り挙げられて、面倒なもんを背負い込まされたとしても…」

 

 女王の残った瞳は、ガラス細工の如くアデランテの姿を映すが、感情と呼べるものは読み取れない。

 それでも彼女が求めているモノは分かり、その想いがジャイアントスパイダーを先に動かした。



 牙から毒液が噴射され、懐に飛び込んだアデランテが傷口に剣を突き立てる。直後に響いた耳障りな悲鳴に一瞬怯んだが、押し潰される寸前に隙間から転がり出した。

 瀕死の身体では上手く立ち上がれないのか。その隙に残り少ない脚を踏み台に、サッと女王の上に飛び乗る。

 振るい落とそうと暴れるが、揺れる洞窟内を体感したアデランテには。垂直の壁を走り抜ける体幹を持つ彼女には効かない。


 足元の騒ぎに動じず、一気に跳び上がれば頭部に剣を突き刺し、ずぶずぶ沈んでいく刃に、断末魔を上げる女王の動きも徐々に鈍くなっていく。

 

――終わった…。


 そう告げる間もなく。突如頭部が持ち上がれば、不意打ちにバランスを崩され、否応なしに身体は前に投げ出される。


 直後に女王の牙がアデランテに迫るが、鼻先でピタっと止まるや否や、逆さまで宙に身体が浮かぶ。

 背中から生えた16本もの蜘蛛足が牙を押さえ、バツが悪そうに顔を歪めた。


【油断するな】 

「……すまない」


 ぐうの音も出ない言葉に増々気落ちするが、軽々と態勢を変えれば女王の頭に飛び移った。

 そして傷口にもう1度。今度は決して振り落とされないよう、渾身の力で深々と柄まで刺し込んだが、女王が暴れる気配はない。


 正真正銘、先程の攻勢が最期の一撃だったのだろう。牙を受け止めた時点で、女王は息絶えていたらしい。


「……向こうで騎士団の皆に会ったら、宜しく伝えておいてくれ」

 

 剣を抜けば血飛沫が顔に掛かり、ドロッとした液体に鼻が曲がりそうになったが、拭う事はしなかった。

 サッと魔物から降りると武器を収め、オルドレッドを担げば何事もなかったように。再び青い煙を追えば、2度と振り返る事は無かった。

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