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268.薬草店“勇者の旅路”

 天気は晴れ。雲1つない空に花畑も咲き誇っているが、最近雨が降ってないからだろう。

 人間の方は喉の渇きを覚え、日頃飲む紅茶よりも、冷たい水の1つでも飲みたくなる。


「……熱っつぅ」


 そんな環境のなか、マルガレーテの町“勇者の旅路”と呼ばれる薬草店では、1人の店員が溜息を零していた。

 カウンターの上で頬杖をつき、熱さでシャツの襟もとをつまんではパタパタ開閉し、顎に伝う汗もグッと豪快に拭い去る。


 左右のおさげが時折邪魔に感じるが、結んでくれた人のためにも切り落とす事はできない。

 苦し紛れに後ろでそれぞれを縛り、少し涼しくなったところでニコっと笑みを綻ばせる。


「…いや、やっぱ熱いわ」


 首筋に風が通るようになっただけでは、やっぱり熱い。

 客も来ないのだから、いっそ頭から水を被ればいいかもしれないと。

 思いついた案に従って素直に反転し、店の奥で蛇口を全開にしようとした刹那だった。


「うちより安く設定されてんじゃねえか。下手したら元が取れねえだろ、これ」


 ふと聞こえた声にピタリと動きを止め、すぐさま背後に振り返った。

 声を含め、足音の数から相手は団体様。

 これから涼もうとしていたのに、汗を一層かきそうな客数に顔をしかめるも、遠路はるばる来たであろう客を無下に出来ないのが、店員の(さが)

 何よりも恩師の顔を潰さないためにも、渋々店へと戻っていく。


「い、いらっしゃいませー!華やかな土地に咲く唯一のお店“勇者の旅路”へようこそおいでくださいました。長旅の疲れを癒すためにハーブを。傷を治すために治癒薬はいかがですか~?お望みなら宿泊所もご案内できまーす」


 想像していたとはいえ、数は全部で7人。

 内1人は可愛らしい金髪の少女が、短髪の女に背負われ、さらに彼女の傍には黒い犬が1匹。

 入口にはアライグマが佇んでいたが、旅の一行に飼われているのか。

 それとも野生の獣が懐いたのかは分からない。


「君が店主かね?この町で以前起きた“騒動”に関して聞きたいことがある」


 しかし、観察している暇など無かった。

 ふいに髪を適当に後ろで纏め、鋭い眼差しを向けてくる女が、ピシャリと言い放ってきた。


 先端に花を閉じ込めたような杖を片手に堂々と立ち、魔術師である事は一目瞭然。

 マルガレーテの町の黒歴史を刻んだ存在に、だからこそ一層警戒し、何よりも不穏な要請に身構えれば、ソッとカウンター下に潜ませた火炎瓶に手を伸ばした。


「……すみませんが“先生”は体調が優れないので、お客様とお会いする事は…」


 急いでエプロンの後ろに隠し、不審な動作は頭を下げて誤魔化す。


 山へ薬草の収穫のため、住人が全員出払っている今、町を守れるのは自分のみ。

 店が燃えれば煙も上がり、援軍も駆け付けてこれるだろう。


 1度だけ魔物を追い払った経験が生きることに託し、せめて敵を追い出すだけで済めるよう、火焔瓶を放る場所に目をつけている時だった。

 

「……えっ?」


 前髪で視線を隠していたものの、ふと入口を視界に捉えるや、そのまま動けなくなってしまった。


 初めて見るダークエルフすら思考から弾き、その隣に立つ傭兵風の女。

 左右で瞳の色が違う、銀糸の髪に左頬の古傷。

 装備を含め、かつて町を救ってくれた英雄の――覚えているままの姿に空いた口が塞がらなかったが、間違い探しをするならば、右頬に刻まれた3本傷は見覚えが無かった。


「…あの時の、お姉さん」


 聞こえるか、聞こえないか。

 辛うじて聞き取れる声で呟けば、反応した客人たちがぴくりと眉を上げる。

 視線を追うように1人の人物へ注意が向けられ、突然の事に当人も訝し気な眼差しで返してくる。


「どうかしたのか?」

 

 重い空気を払うように告げられた声も、その勇ましさはいまだ記憶に残っている。

 居ても立っても居られず、慌てて火炎瓶を元の場所へ戻せば、カウンターから一気に飛び出した。

 客人の目も気にする事なく、護衛然としている女の腕をガッと掴む。


「あのっっ!!…あの、あの時助けてもらったコニー!…なんですけど……リゼって奴も一緒に……ってそういえば名乗ってなかったよね、あの時も。自己紹介もしてないのにパッパッパーって消えちゃうし、まるでフクロウに変身して消えたみたいに…」


 カッと口を開けば顔をしかめ、俯いては視線を再び合わせようとするが、一番困惑しているのは相手にほかならないだろう。

 突然腕を掴まれ、どうすればいいか分からないと言った様子がありありと映った。



 もっとも最後に会った時は、コニーもまだ子供だったから。

 あれから10年以上過ぎ、多少は淑女の魅力に磨きがかかったのだから、すぐには思い出せなくても仕方がないだろう。

 

 しかし近くで見ても、やはり相手の姿は微塵も変わっておらず、そんな事がありえるのかと。

 戸惑いながらもギュッと腕を掴み直し、気付けば足も勝手に動いていた。


「と、とにかくついてきてっ」


 返事を待たずに店の外へ引っ張り出せば、途端に暑い日差しが頭に降り掛かる。

 一瞬店に戻りたい気持ちに駆られたが、1度出された足は戻る事を許さない。

 勢いのまま巨木の1つに辿り着けば、そこは他のものと同様、丸い扉が正面についている。

 ただ違いがあるとするなら、向かっている先は焦げ跡が否応なく目立っていた。


 内部で火事が起きたことは一見して分かり、だからこそ“その建物”だけは、宿泊用に貸し出されていない。


 だがそれでも客人をぐいぐい連れて行き、迷わず扉をこじ開けて室内に入った瞬間。


「先生!あの、あの人が…っ…勇者さんが来ました!」


 あちこち焦げた部屋で大声を上げれば、振動で煤が崩れ落ちそうになる。

 壁を覆うように並んでいた棚は全て黒ずみ、かつてはぎっしり書物が詰まっていた空間も、今は寂しそうに空洞を晒しているだけ。

 2階に続く階段もこんがり焼け、ロフトがどうなっているのかは言わずもがな。

 

 本来あった寝室は1階へ移動され、必然的にコニーたちの視界には、奥のベッドで横たわる1人の女性が映された。

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