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267.花の中の樹の下の家

 甘い香りに包まれた道を進み、ようやく人の営みに巡り合えた時。

 一帯に広がる町並みを一瞥すれば、まず一行の脳裏に浮かんだ印象は、“密集した掘っ立て小屋”だった。

 

 民家、と呼ぶにはあまりにも心許ない。

 まるで庭師の物置が並んでいるような景観に、人の出入りが無ければ、“家”とはまずみなせなかったろう。

 花の都と呼ぶには、景観も少し寂しすぎる。 

 

「…師匠?」

「用事を済ませたらすぐに去る。まずは代表者を探して…」


 花畑はともかく、思わぬ片田舎の様相に心配するザーリーンに、我関せず答えるソーニャ。

 そんな彼女が軽く周囲を見回すや、ふいに聞こえた“騒音”に顔をしかめる。

 

 音は徐々に大きくなり、やがて音源が一行の前に姿を現わせば、その数は15人。

 アデランテたちの腰丈まで届く身長の少年少女たちに、自然と注意を向けていたのも束の間。

 びくりと震えた子供たちは目を大きく見開き、同じく大人たちを観察してくる。


 よそ者の登場に最初こそ驚いていたようだが、それもすぐに慣れたのだろう。


「こんにちはー!マルガレーテの町へようこそー!!」


 先生へ挨拶するように。

 一斉に頭を下げてくる子供たちが元気よく発声すれば、それで興味も失せたのか。

 来た時と同じ勢いで去って行き、はしゃぎながら村の奥へ消えていった。


 遠く離れても風に乗って聞こえる声に、ついアデランテが笑みを浮かべ、その様子にオルドレッドが訝し気に視線を移す。


「…あなた、子供好きなの?ロゼッタも連れ歩いてるから、何となくそんな気はしていたけれど」

「元気なのは良いことだろ?でもそれだけじゃない気がするんだよなぁ…なんでだろ」


 尋ねられた質問に曖昧な返事をし、首を傾げるアデランテに、それ以上オルドレッドが問い詰める事はない。

 彼女が忘れている記憶を掘り起こすまで、辛抱強く待ってはいたが、事情を知らない魔術師たちが立ち止まっていたのは一瞬だけ。

 花畑も見慣れたのか。今は前方に見える雄大な巨木に興味を示し、その根元に向かいたくて仕方が無いのだろう。


 足早に向かう警護対象のあとを追い、小綺麗な掘っ立て小屋を通り過ぎて程なく。

 建物が途切れたところで、再び花畑が広がる光景に辿り着けば、一向の目を引いたのはもちろん巨木の景色。

 天を衝きそうな木々を支える根本も、優に幅を利かせていたが、特に目立ったのは、それらに嵌め込まれた丸型の扉。


 まるで巨木の中に人が住んでいるような印象を受け、前庭とばかりに立つ“小さな木”や芝が、一層居住スペースである事を強調している。


「…大学の講師室より良い感じだな。師匠、こんな風に何とかリフォームできないっすかね」

「この地の代表者を探せ。尋ねたいことが色々ある」

「あの大きな木をどうやって育てるのかって聞くんですか~?」

「……師匠。あれ」


 魔術師たちが賑やかに会話を始め、改めて住人たちの姿を探していた矢先。

 ふとザーリーンが巨木から離れた建物を指差せば、指先を追うように一行も視線を向ける。

 

 そこには1軒の小屋が立っていたが、外見はまるで商店のようだった。

 雑貨屋のようにも見え、アクセサリーショップにも見え、男と女の感性を混ぜ合わせたような建物に、自ずと一行は近付いていく。

 店名が表示されているわけではないから、店の用途は一見して分からない。

 ただ扉の上から突き出た、黒い鉄製の看板には、羽根を尻尾でくるんだ猫の姿が彫り抜かれている。


 店名にあやかっているのか。あるいは店主の趣味か。

 いずれにしても本人に聞けば分かるだろうと、すかさずカミリアが店に入って行けば、後続も次々中へと入っていく。

 

「……あらいぐま薬草店に雰囲気似てる~」


 1歩。そして2歩。

 入店したカミリアが間延びした声で呟くと、2人の弟子もうんうん頷いた。


 天井から吊るされた網篭に載る薬草はもちろん。辺りの棚には実習で使った物から、図鑑で見た物まで陳列され、その近くには値札がぽつんと立っている。

 

「うちより安く設定されてんじゃねえか。下手したら元が取れねえだろ、これ」

「自生してるなら話は別」

「う~ん…お花と果物まで置いてあるし、あたしたちのお店より品揃え良いかも…」

「…ねぇねぇ。奥にだれかいるよー?」

「店主か?」


 他店の偵察でもするように、わいわい査定をしている最中だった。

 レマイラの背中からぽろっと告げたロゼッタの言葉に、ソーニャがすぐに示唆された方向へ視線を向ける。

 

 すると弟子たちの賑やかな声に反応したのか。

 確かに店の奥から足音が聞こえ、やがてのれんを手で退けた女が現れるや、目を瞬かせながら大所帯の“客”を見回した。

 

 人数に気圧され、思わず言葉を失ったのだろう。

 彼女が固まると一行も見守るように押し黙ったが、ふいに店員のおさげが揺れると、ようやく相手の口も動き出す。

 最初こそ硬直していたものの、20代前半と分かる軽やかな身のこなしを始め、人懐っこい笑みがお客様を出迎えた。


「いらっしゃいませー!華やかな土地に咲く唯一のお店“勇者の旅路”へようこそおいでくださいました。長旅の疲れを癒すためにハーブを。傷を治すために治癒薬はいかがですか~?お望みなら宿泊所もご案内できまーす」

「君が店主かね?この町で起きている…または“起きた”騒動に関して聞きたいことがある」


 友好的に接してくる店員に構わず、すかさずソーニャがいつもの声音で話しかけた

 愛想の欠片もない様子に、相手も一瞬戸惑っていたが、すぐに態勢を立て直せばニコリと微笑んだ。

 少し申し訳なさそうに眉をしかめるあたり、良い情報は期待できそうにないだろう。


「すみませんが“先生”は体調が優れないので、お客様とお会いする事は…」


 奥で作業をしていたのか。前掛けで手を拭きながら頭を下げるが、程なく残念そうに顔を上げた直後。


「……えっ?」


 ゆっくりと姿勢を正した店員が突如目を見開き、一点を凝視したまま動かなくなってしまう。

 まるで幽霊でも見たような反応にソーニャは疑問符を。

 弟子たちは戸惑いを見せていたが、一方で彼女の視線を辿れば、その先は魔術師たちの背後。


 出入り口を警戒していた護衛の1人。アデランテに眼差しが向けられているように見えた。

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