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260.移り変わる古巣

 魔物の売買業者の拠点を次々潰していき、用事が済めば馬車で森を進み、街から街へと移動を繰り返す。

 当初はレマイラたちも戸惑ってばかりだったが、徐々に戦力として投入され始めたからだろう。

 次第に彼女たちの修行の成果が日の目を見始め、冒険者顔負けの戦果を発揮していった。


「…あの、師匠?あとどれくらい“遠征”は続くんすか?」


 馬車に揺られながらレマイラが呟けば、ソーニャの視線が彼女に向けられる。

 “現場”に慣れてきたとは言え、そろそろ平和が恋しくなってきたのか。

 長旅の疲労も手伝って、ザーリーンやカミリアも顔色が幾分か優れない。


 そんな弟子たちの様子をソーニャが眺めれば、やがて小さな溜息が零される。


「次の町で休息を取る。それでいいな」

「…はい」


 ぶっきらぼうな返答にレマイラが力なく項垂れるも、程なく目的地へ到着。

 御者の合図と共に次々降りれば、どうやら街中で馬車は止まったらしい。

 

 周囲には武具や飲食店が点々と立ち並び、一帯は旅人や御者が行き交って、そこそこ賑わっている。

 時折オルドレッドの容姿を始め、女だらけの一団に引きつけられる男たちもいたが、所詮は彼女たちも旅人に過ぎないからか。

 一通り愛でれば、すぐさま各々の道を進んでいく。


「お前たち、いつまで周囲を見回している。サッサと進むぞ」


 片田舎の様相にキョロキョロしていたレマイラたちにも喝を入れるや、すかさずソーニャが先頭を進み、ぞろぞろと彼女のあとを皆が追って行った。

 

 当然どこへ向かっているかは検討がつかなかったものの、不思議とソーニャの足取りは毅然としていた。

 まるで町の地理を知り尽くしているように角を曲がり、やがて住宅街に辿り着いた頃。

 おもむろに1軒の家の前で佇むや、躊躇無く扉を開こうとした。


「ふむ。鍵はしっかり閉めているようだな…少し待っていろ」


 1度引っ掛かりを覚えると、すぐさまソーニャは軒先の鉢植えから鍵を引き抜いた。

 勝手知ったる様子に驚く暇もなく、あっという間に開錠を終えれば、そのまま居間まで一行は案内される。


「各々、好きなように寛ぐと良い。今日1日英気を養ったのち、明日早々に出立する」


 それからピシャリと告げられた言葉に、相変わらずレマイラたちの顔色は優れない。

 しかし“休息”と称して馬車に揺られる日々よりはマシだと思ったのか。

 誰もが口を閉ざせば、1人はソファに。あるいは床に座り込み、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 彼女たちに紛れてロゼッタも横になり、部屋に佇んでいたのはソーニャ。オルドレッド。

 そしてアデランテと彼女が従える獣2匹だけだった。


「…ここはあなたの持ち家なのかしら?長らく留守にしていた割には、随分と整頓されているみたいだけれど」

「私の息子が暮らしているはずだからな。時期に帰ってくるだろう」

「……なんの連絡も無しに押しかけて大丈夫だったの?」

 

 訝しむオルドレッドをよそにソーニャはお茶を入れ始め、その間にアデランテは居間の椅子に腰を下ろす。

 それから周囲を彼女は見回していたものの、その視線にオルドレッドも気付いたのだろう。

 向かいの席に座れば、頬杖をついて真っすぐ色違いの瞳を見つめてくる。


「さっきから心ここにあらずって感じね。どうしたのかしら」

「…なんか覚えがあるような無いような感じがして、ちょっとフワフワしてる」

《貴様にしては珍しい》

「うぉ!?…ってウーフニールか。最近はよく頭の中じゃなくて、そっちの可愛い姿の方でも話しかけてくれるようになったよな。あっ、もちろん黒いモヤモヤのウーフニールも好きで…痛てっ!!」


 机の端に掴まっていたアライグマに手を伸ばすも、直後に指を噛まれるや、撫でる事を阻止される。

 乾いた笑いで痛みを誤魔化すも、ふとウーフニールの言動に違和感を覚えた。


「珍しい…って何のことだ?」


 チラッと見上げればソーニャはおらず、レマイラたちも就寝していてピクリとも動かない。

 カミリアを枕にして寝ているロゼッタの傍では、黒い犬が悠然と佇み、ひとまず盗み聞きの心配はないのだろう。

  

《記憶力が壊滅的な貴様が、断片的にでも“覚え”があった事に感心している》

「とりあえずバカにされている事は分かったけど、もしかして以前にも来たことがある町だったか?」

《貴様の装備を全て揃えた町だ》


 呆れたようにウーフニールが零すも、やはりアデランテの脳裏には響かない。

 オルドレッドともども自身の装備を見つめるが、ふいに背後で扉が開く音がする。

 玄関から迫る足音も相まって思わず視線を向ければ、部屋に入ってきたのは女が1人。

 長い髪を後ろで束ね、頬に浮かぶそばかすが特徴的だった。


「…え……あの、どちら様?」


 買い物袋を片手に抱える様から、夕飯の準備で出掛けていたのだろう。

 意気揚々と帰れば異様な風貌の女が2人。それぞれが食卓に座って住人を見つめ、その奥では屍のように倒れている少女たちの姿も見受けられる。

 

 状況が呑み込めずに棒立ちしていると、さらにソーニャが部屋へ入室してきた。


「ん?誰だね君は」

「……この家の住人ですけど、あなたたちこそ人の家で……強盗?」

「失敬な。ここは私が息子に残した住居だぞ。家を間違えているのではないか?」

「…息子?……もしかしてソニルの…お母さま?」


 なおも困惑する女が口元に手を当てれば、遅れて彼女の背後からもう1人の足音が迫ってくる。

 必然的にアデランテたちの注意もそちらに移されるや、入ってきたのは女性と同じく買い物袋を抱えた髭面の男。

 やはり驚いて固まっていたものの、瞳だけは忙しなく室内を泳いでいた。


 一通り室内で寛ぐ一行を見渡し、やがて彼の視線はソーニャへ。

 そして最後にゆっくりアデランテへ向けられるや、そのまま口をあんぐりと開けた。

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