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025.マルガレーテの魔術師

 魔法大学が育てるのは選りすぐりのエリートのみ。

 卒業も退学制度も無く、金を払えば在籍し続けられ、未納者は翌月から除籍扱い。


 そのため就学中に職を見つけるか。

 あるいは大学で得た知識を活かせる場を見出すほかないが、多くの学徒は入学早々に辛酸を舐める事になる。


 貴族の名(後ろ盾)。または金がなければ、スタートは底辺のまた底辺。

 底から這い上がれるのは一握りのみの環境で、大学にすら忘れられた学徒が“導師サリットメシア”の差し伸べる手に縋りつくのは必然だった。



「――誰にも屈する事のない力を授けよう。大学は君の存在を軽視し、真の価値に気付いていないのだよ」



 心折れた学徒が彼を師と仰ぎ、付き従うには十分な言葉に酔いしれたのも束の間。大学を遠く離れた片田舎に連れられた時は、誰もが騙されたと思った事だろう。

 

 視界に映るのは畑を耕す農夫。

 洗濯物を干す婦人。

 魔術とは関係がない、むしろそんな生活が嫌で飛び出した世界に舞い戻っている。


 もはや学費を稼げと暗示されている気もしたが、連れられたのは部分的に人力で掘られた地下水脈。そして辿り着いた最奥の研究所で、紫色の液体が入った器を渡された。

 吐き気すら覚える甘い香りに、しかし導師は躊躇なく飲み干し、洗礼式が如き空気に断る選択肢は無い。

 恐る恐る口を付ければ、途端に身体の芯が燃え滾り、焼けるように液体が五臓六腑へ沁み渡っていく。

 身も心も落ち着く頃には熱も引き、ようやく内なる変化に気付いた時。


 魔術師としてこれまでも。そしてこれからも達し得ない領域に到達した事を、掌から迸る魔術が証明した。


 

 だが誰もが強大な力を得られるわけではない。拒絶反応を示せば、瞬く間に廃人になる者も中にはいた。

 樹液の恩恵を授かる者だけが導師に仕え、新たな選民方法が己を特別であると示す。

 さらに彼らは研究所で生きる意義を与えられ、“織機”の巻物が織り成す無数の不可解な文字の暗号解読に、学徒はそれぞれ身を捧げていく。



 そこから読み解ける内容は“未来”。


 災厄、幸運、死、生。

 これから起きる全ての事象が刻まれた文章は、それだけに解読するのは至難の業。要する時間を考えるだけで睡眠はもちろん、食事も疎かに出来てしまう。

 ゆえに終えた時の達成感と、褒美に授けられる樹液の甘味が一層学徒の向上心を煽る。


 もっとも好きな事ばかりして生きられないのが世の常であり、織りなす未来は無限であっても、印字される巻物自体も有限。

 素材を調達する必要があるものの、何でも良いわけではない。


 そこで役に立つのが“子供たち”。


 彼らが話す言語。

 得た知識。

 育んだ筋力。


 環境次第で様々な未来を織りなせる、数多の分岐点を秘めた子供たちを素材へ“最適化”するため、樹液を常用させて魔力を膨大に練らせる必要がある。


 だが所詮は幼子。あまりに強い力は、身も心も廃れさせてしまう。

 器の許容量を増やすべく、導師の真似事に興じなければならない。

 研究職に1日でも早い復帰を望む声もある一方で、人の上に立つ機会を愉悦として嗜む学徒も中にはいた。



 やがて魔力を充填された子供たちは、持ちうる未形状の運命を織機に捧げる。秘められた無限の可能性の中に他者の未来を観測し、巻物として売れば大金が動く。


 織り成す未来を刻む媒体に、マルガレーテの魔術師が選んだのは“子供の皮膚”。 “残り物”は大樹の養分として、樹液の貯水槽へ放り込まれ、適合できなかった子供たちは、後学のために保管される。


 中には力を求める代償に耐えられず、研究所から逃げ出そうとした学徒もいたが、織機に予見された行動は直ちに矯正され、再び研究を続けるか。

 あるいは廃人と化した子供の列に加わるか迫られる。


 だからこそアナスターシャの造反には、誰もが驚かされていた。


「――あいつの謀反。なんで予知されなかったの?いままでこんな事あったかしら?それも素材を解放しようだなんて、子供の親でもあるまいし」

「気にしなさんな。どの道逃げられるはずもなかったんだ。それに導師様が知っていて、単純に伝え忘れたんだろうよ。あのお方もお忙しい身だからな」

「そうそう。何があろうと導師様が対処してくださる」


 口々に囁かれた話題もすぐに収まり、アナスターシャの矯正。もとい折檻を交代で行なう仕事が加わった事を除けば、学徒は解読作業に勤しむ日常を取り戻していた。


 1文字でも多く。

 1秒でも早く。

 正確さを求める作業には集中力が必要とされるが、砕かれた扉と同時に飛び込んだ女剣士によって場は再び乱された。


 また予見されなかった珍事に誰もが戸惑うも、侵入者である事は一目瞭然。1人が魔術を放てば、研究所は早々に炎と氷が飛び交う戦場に打って変わった。 

 力の行使に酔いしれる学徒が次々凶暴性を露にする中、相手の人とは思えない速さ。そして近付かれ、次々仕留められる学徒の群れに愉悦は狼狽へと代わっていく。


 咄嗟に唱えた魔術も、「巻物を傷つけるな」と叫ぶ研究者の性分が阻み、ようやく腰に差した短刀を思い出しても、素人剣術では所詮付け焼き刃。

 紙一重で悠々と躱されては迎撃され、刻一刻と仲間が減らされていった。

 

「……や、やってられるかよっ!!」


 断末魔が木霊する最中、学徒の1人が突如叫んだ。取り出した竹筒の中身を喉に流し込み、口内に収まり切らない液体が顔やローブ。

 そして床へとビシャビシャ跳ねる事も厭わず、やがて空になった水筒を宙に放った。


「“視線の先を穿て!紅蓮の子を捧げよっ!我が名をもって命じる。堕ちた天道の主よ!!”」


 血走った瞳を侵入者に向け、放たれた火球はこれまでと別格。頭部ほどの大きさしかなかった魔術も、人間を丸呑みに出来る威力へと変貌する。

 

 それまで焦りを感じさせなかった侵入者も、死に物狂いで巻物の影へ飛び込み、着弾と共に床は爆発。

 あとには黒い影と燻ぶった炎が揺らめき、跳ねた火の粉や道すがら貫かれた巻物も、プスプスと煙を上げていた。


「ちょっと何考えてるんですか!?アルカナに飛び火でもしたら、どうするつも…ぎャーーーーーっ!!」

「うるっせー!俺に指図すんじゃねぇっ!逆らう奴は誰だろうと容赦しねえぞ、ゴラァ!!」


 止めに入った同僚に火球が放たれ、黒焦げの死体が地面に転がる。

 自ら焼いた仲間の亡骸を眺める形相には、憐れみも後悔もない。ただ興奮した息遣いだけが繰り返され、必然的に視線が一斉に彼に集められた。


 赤紫色に瞳を怪しく輝かせ、一帯をぎこちなく見渡す彼の殺意に満ちた形相に――。




――それからの研究所は、地獄絵図さながらだった。


 あちこちで空の水筒が転がる音が響き、大規模な魔術が一帯に飛び交う。

 合間には断末魔や怒声。そして魔術の着弾時の轟音が、研究所を嫌というほど満たしていく。


 巻物が燃えようが、裂けようが関係ない。

 研究よりも闘争心が。闘争心よりも生存本能が優先され、魔術を飛ばし合う彼らは接近戦では短刀を振るい、血飛沫を研究所に撒き散らした。

 

「ぐわぁぁぁあっっ!!」


 そして最初に暴走した学徒も、例外なく背後から刺された。

 咄嗟に相手の腕を後ろ手に掴み、それ以上の深手を負わされる前に呪文を唱えると、襲撃者は炎の中で悲鳴と共に消えていく。


 痛みは不思議と感じないが、内臓を貫いた一撃に身体が言う事を聞かず、その場に崩れ落ちてしまう。

 

「がっ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛……侵、入者…」


 頭に昇った血が背中から抜けていった拍子か、ふと女剣士の存在を思い出す。

 必死に高台まで這って辺りを見回すが、もはや一帯は火の海。仲間の屍は巻物同様に所かまわず垂れ下がり、生きている輩も殺し合いに興じている。


 一連の発端として。汚名を晴らすためにも女剣士を探し回ったが、鈍い動きの学徒と侵入者を区別する事は難しくない。

 素早い身のこなしで研究所を駆け抜け、最奥の部屋に真っすぐ向かっていた。



――導師様が危ないっ。



 辛うじて絞り出した意識から大声を上げ、仲間に争いをやめて迎撃を。あるいは導師に警戒を呼び掛けたいが、代わりに血反吐が撒かれて声にならない。

 努力の甲斐も空しく、やがて侵入者が扉の取っ手に触れるところを、黙って見ているしかなかった。

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