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257.見えない尻尾を追いかけて

 雑踏に紛れては離れ、離れては紛れる事を繰り返して十数分。

 一定の距離を保って男女のあとを追うも、特に怪しいところは見当たらない。

 傍目にもデートをしているようにしか見えないが、全ての悪人が不審者の様相を呈しているわけでもないからだろう。

 

 さながらスパイの如く壁に張り付き、情報を収集しようと時折大胆に近付くも、それまで黙っていたロゼッタがふいに首へ抱き着いた。


「お姉さんストーップ!1回お休みするのっ」

「うぉ!?…って何だよ急に。怪しいから追えって言ったのはお前だろ?ここで見失ったら多分あいつらを見つけられなくなるぜ?」

「むー、怪しいのはお姉さんの方だよ?だから1回離れないとダメなのっ」


 耳元で囁かれる忠告を訝し気に見つめるも、1度始めた事をいまさらやめるつもりもない。

 思わぬ静止を振り切り、再び追跡を開始しようとしたのも束の間。

 おもむろにロゼッタが両腕を首に掛けるや、一気に後ろへと反り返った。


「だーめーなーのーっ!」

「あばばばばっ!!わかった、分かったから放せって!こんな事してたら余計怪しまれ…あー……いなくなっちまったよ」


 ぐいぐい背後へ後退させられるも、チラッと前方を見れば男女はすでに消えていた。

 ロゼッタがいなければ走って見失った場所を探索していたろうが、そもそも指示を出したのも当のロゼッタ自身。

 小娘に翻弄された自分に辟易しつつ、改めて少女を背負い直す。


「…で、これからどうするんだ司令官殿。そんなに必死に引っ張って、トイレ休憩でもご所望か?」

「レディにそんなこと聞いたらダメ!…でもお休みはしないとだよ?」

「……追い始める前も喫茶店で腹ごしらえをしてたんだけどな。大体ウチらは今どこにいるんだ?」


 ロゼッタを背負いながら周囲を見回すも、男女の追跡に集中しすぎたらしい。

 気付けば何処とも分からない場所に佇んでおり、記憶を辿っても合流場所に戻れる自信がなかった。


「……なぁ。少し聞きたいんだけど、元いた場所に戻れたりするか?」

「えっとねー…うん!大丈夫だよっ」

「そっか…情けない話だけど出来れば行き方を教えてくれよ。夢中になりすぎて帰り道を忘れちまった」

「…帰っちゃうの?う~~ん……でもあっち行こ?」

 

 肩越しにグッとロゼッタが指を差せば、そこは何処に通じるとも分からない街道。

 そんな彼女の指示に、今度は一体どこへ導こうとしているのかと。

 肩を落としながら背後を振り返ろうとするも、反対の肩にはアライグマが顔を覗かせていた。


 左にはロゼッタ。右にはパスカル。

 そんな景色につい癒されると、反対する気力も自然と霧散してしまう。

 

 少女を背負い直せば彼女の足となり、黙々と指示に従って見知らぬ道を突き進んでいく。


「次はねー……あっち!」

 

 それからもレマイラの珍道中は続き、いつも辿り着くのは当然見知らぬ場所。

 時にはしばらく立っているよう言われ、歩けと指示が出れば見えない道順を辿っていく。

 

 おかげで考える事も放棄し、当初の目的をも忘れ始めていた矢先。


「お姉さんストーップ!!」


 何度目とも分からない静止を命じられ、兵隊よろしく足を揃えた時だった。

 再びロゼッタが指を差せば目でその先を追うも、視界に飛び込んできたのは見失ったはずのカップルたち。

 偶然に驚かされながらも肩を叩かれるや、ハッと我に返って彼らの追跡を再開した。

 

 尾行は最初の行動で慣れてこそいたものの、なかなか意識を集中する事ができない。


 何故。そしてどうして少女は彼らの居場所を特定できたのか。

 たまたま出された指示が功を奏したのか。あるいは運が良かったと言えばそれまでだろう。

  

 しかし程なくロゼッタに静止を呼びかけられ、ピタリと足を止めた刹那。

 ふと街角を曲がる彼らを追うように、アデランテとカミリアたちの姿を目にした。


 咄嗟に彼女たちと合流しそうになったが、首をグッと抱え込む少女がそれを許さない。

 

「だーめ!」

「…理由を聞かせてもらえますかね。司令官殿」

「だめなモノはだめだからっ。次は……あっち!あっち行くの!」


 理屈も何もあったものではなく、文字通りレマイラを振り回すロゼッタの横暴に、溜息を零している暇も無い。

 命令通り道の端に沿って移動を続け、また見覚えのない区画で佇む羽目に陥っている。


「……一体何をやってるんだか」

「ナニって、男の人と女の人を追いかけてるんでしょ?」

「でしょ、ってお前が怪しい奴らだって言うから追ってっ……だってのに何度も見失わせるし、目的をいい加減教えてくれよ。付き合ってる身にもなってくれってんだ」

「…アディならカミリアのお姉さんを取ったりしないから大丈夫だよ~」


 壁に体を預けて一休みし、先程見かけたアデランテたちの姿を脳裏に浮かべた直後だったからだろう。

 思わぬ不意打ちに背筋が凍り付き、同時に頬が熱く火照っていく感覚に襲われる。

 

 まるで心の中を覗かれたようなタイミングに、なおも鎮まらない鼓動を高鳴らせながら、誤魔化すようにロゼッタを背負い直す。


「な、ななな…なんでそんなこと急に…」

「ふふ~ん。アディの1番はロゼだから、お姉さんは心配しなくていいんだよ~」


 寄せられた頬の感触に癒されつつ、徐々に落ち着きを取り戻せば、一呼吸おいて移動を再開する。


 最近の子供は観察眼が優れていると聞くが、その一端をたった今味わったのか。

 それとも少女に分かるほど目に見えて嫉妬していたのか。

 

 どちらにしても己を律せないのは魔術師として失格。

 ソーニャ導師に知られてしまえば、長い説教が待ち受ける事になるだろう。

 

「…あっ、オリィ!」


 物思いに耽っていた矢先、突如身を乗り出したロゼッタの声に反応すれば、視線の先にいたのはオルドレッドとザーリーン。

 そして気怠そうに傍を歩くドーベルマンの姿を捉え、向こうもレマイラたちに気付いたらしい。


 しかしザーリーンが迫ってくる直前に犬がオルドレッドを。

 そしてダークエルフが同僚を押さえれば、何処へなりとも消えていく。

 

 レマイラもまたあとを追おうとしたが、いつもの如く首をグッと引っ張られては、前進する事もままならない。

 

「ぐっ…なんなんだよ本当にっ!お前が言わなかったら、そもそもアイツらに気付かなかったんだぞ?」

「だって一緒にいたらダメだよってウフニルが言うんだもん」

「…パスカルが?」

「ほぉら~、お休みは終わり!歩いて歩いて~」


 肩を揺さぶる少女に促され、渋々歩き出したのも束の間。

 右往左往して再び男女を発見するに至るも、彼らに同行する人物が増えている。

 

 傍目にも周囲を警戒している様相が伝わり、あるいはロゼッタの“勘”も正しかったのかと。

 少しばかり核心に近付いた気がして、にっこり微笑んだのも一瞬だけ。


「……ザーリーンもカミリアも、ウチらと交互に連中を尾行してたって事だよな。でも、どうやって…?」


 1歩進めば疑問が浮かび、2歩進めば疑念も確信に変わる。


 まるで意思疎通を図ったかのような交代劇に、その方法を探っていた時。

 少女にはパスカルが。

 ザーリーンには犬がついている状況が、世にも奇妙な結論に導いたものの、一方でカミリアは獣を連れて歩いてはいない。

 アデランテただ1人に護衛され、一向に見えてこない共通項はもちろん。これまで尾行していた集団がふいに建物へ消えれば、レマイラの思考も霧散するに至った。

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