256.でこぼこコンビ
大学長に謁見するはずが、気付けば一行は馬車に載せられ、何処とも分からない街に踏み入れていた。
ギネスバイエルンほどではないにしろ一帯は賑わい、その空気に置いていかれたようにアデランテたちは佇んでいた。
「ふむ…それでは各自散開し、手掛かりを見つける事に従事するように。昼頃再びここで合流する」
「……あの、師匠?魔物を売買する組織の手掛かりって、具体的にどんな…」
「返事はハイかイイエだ。レマイラ君…では解散だ」
恐る恐る手を上げたレマイラを尻目に、颯爽と去っていくソーニャ導師。
残された一同はいまだ困惑したままだったが、馬車で受けた説明も至って単純なものだった。
まずは大学を度々襲撃した魔物を扱った、怪し気な組織の潜伏先が判明したこと。
さらに詳細な調査を行なうべく、現地入りした一行たちの任務は情報を集めることであり、レマイラたちは“社会勉強”の一環として参加。
そしてその護衛にアデランテたちが選ばれ、名前も知らない街に放置される事になった。
「……用事があって大学にいたって言うのに、随分と急な展開になったわね」
「すみません、ウチの師匠が…」
「いまだに状況が分からないんだが、この街で何を……あぁ、そういうことか。全然話を聞いてなかったな」
「…アデランテさん。誰と話していらっしゃるんですか?」
虚空に向けて話すアデランテをザーリーンが訝しむも、やる事はすでに決まっている。
早速合流するまでの“手筈”を整えれば、3組にそれぞれ分かれた。
ザーリーンはオルドレッドと組み、さらに“そこらで拾った”ドーベルマンを連れて。
レマイラはロゼッタやパスカルと同行し、カミリアはアデランテが護衛する運びとなった。
「…ちょっと待てよ。何でウチだけ護衛が…いや、護衛ですら無いだろ!?」
「むぅ、ロゼも強いよ~?ウフニルはもっと強いしぃ」
「だからそのウフニルって誰なんだよ、さっきからっ。コイツの名前はパスカルだろ?」
「そういえばワンコのことも“うふにる”って呼んでたよね~」
「……もしかして名前を全部統一してる…?」
“あみだくじ”で分かれたあとも纏まりは無く、ようやく一同が解散したのも、たっぷり30分は掛けた頃だろう。
それぞれソーニャとは別の道を進めば、街の雑踏に順次紛れていく。
ロゼッタに至っては人混みに飲まれそうな背丈に、渋々レマイラが手を繋ぐが、頭に載せたアライグマが良い目印にもなった。
「…そいつ本当に動かないよな。お利口っていうか、一体どんな風に調教すればこうなるんだ?」
「ちょーきょー?」
「あぁ…えっと、どういう風な…教育?教え方?をすれば、こいつみたいに賢くなるのかなって」
「……ロゼがウフニルにお勉強教えてもらったんだよ?」
「…なんだって?」
互いに見つめ合いながら疑問符を浮かべるが、すぐに気持ちを切り替えれば、周囲をキョロキョロと見回す。
名目は“社会勉強”であったとしても、成果を求められている事は明白。
久しぶりに短パンとカーデガンの私服を羽織れば、改めて気合を入れ直した。
「…よっし。ロゼッタだったな。怪しそうな奴がいたらすぐに知らせてくれよ。他の連中には悪いが、今回の屋外課題はウチがもらった!」
「あやしい人ってどんな人?」
「馬車でも話してたろ?魔物を売る悪い奴らがいるから、そいつらをとっちめるんだ!…あ、いや、まずは師匠に報告しなきゃだから、様子見が先か…」
「ふ~ん…その人たちって魔物のことばかり考えてるの?」
「そんなこと知るわけないだろ?でもそういう組織にいんなら、やっぱそうなんじゃないか?ウチも大学では植物学のことばっか考えてるし」
「……ん」
不可解な会話を繰り広げたロゼッタが足を止めるや、おもむろに街の一角へ指が差された。
飲食店から突き出したテラスでは、長髪の女が1人で紅茶を啜り、優雅なひと時を過ごしている。
それが何を意味するのか分からないものの、思えば出発してから何も食べていない。
「…なにか食べてくか?」
それなりの蓄えを携え、それとなくロゼッタに訪ねればコクリと頷かれる。
少女の要望に応えるように早速向かえば、室内はすでに満席。
自然とテラス席に案内されると、それぞれメニューを眺めて店員に注文していく。
「昼飯にアップルパイ?もっとがっつりした物食べないのかよ」
「さっきお肉食べたから、今は甘い物がたべたいのっ」
「……さっき?大学出てから何か食べたっけか…?」
「ウフニルに貰ったのー」
依然捉えどころのない少女に、今後の展望が不安になる一方。
ふと先客の向かいに男が座れば、一瞬だけ意識がそちらに割かれる。
しかしそれ以上に注意を引いたのがパスカルの存在であり、その視線は真っすぐ女の方へ向けられていた。
おかげで結局2人の客を見直すも、会話はボソボソとしていて聞き取れるものではない。
「…おいパスカルっ。パンならさっきやったろ?ジロジロ見てたら、餌をやってないように思われるじゃねえか」
「お姉さん、しーっ」
顔をしかめるレマイラに指を口元で立て、アライグマの邪魔をしないようロゼッタが注意する。
その膝では机に頭を載せ、いまだ客2人を見続けるウーフニールが、可愛らしい耳をピクピクと時折震わせていた。
まるで盗み聞きをしているような光景に、つい笑みを綻ばせたのも束の間。
おもむろに客たちが席を立てば、びくりと飛び上がりそうになった。
タイミングがタイミングなだけに、怒られるのではないかと。内心ドキドキしながら身を屈めていたものの、幸い声を掛けられる事はない。
支払いを済ませたカップルはサッサと去り、その様子に安堵しながらアライグマを睨んだ時だった。
その小さな瞳はロゼッタを見上げ、彼女も視線に応えるや否や、颯爽と席を離れて店を出ようとしていた。
「お、おい、お前ら勝手に行くなよ!」
「お姉さん早く行こ?じゃないと置いてかれちゃうよ?」
「何に?」と言いたいところだったが、ロゼッタの足取りは軽い。
今にも雑踏へ消えそうな距離に慌ててハンバーグを頬張れば、支払いを机に置いて走り出した。
幸い少女にはすぐ追いついたが、レマイラに説明がなされるわけでもない。
アライグマを抱きかかえ、緑の瞳をただただ進行先に向けているだけだった。
「…だぁ、もう!」
ロゼッタの秘密主義――もとい謎の行動にも飽き飽きしたのか。
ふいに悲鳴を上げたレマイラが少女を背負えば、彼女の足として進行を再開する。
ロゼッタとはぐれずに済み、密談ができる一石二鳥の案に、1人微笑んでいた矢先。
「降ーろーしーてーっ。まだちゃんと歩けるのー!」
「いたたたっ、肩を叩くな!何が起きてるのか話してくれたら降ろすから…なっ?」
「…あの人たち。魔物を売ること考えてて、今からお客さんに会うんだってウフニルが言ってた」
「……突っ込みどころが多すぎるんだが、あいつらの会話が聞こえてたってことか?」
不自然な会話を可能な限り噛み砕けば、コクリとロゼッタが首を傾げる。
だからと言って話を理解ができたわけではないが、特段手掛かりがあるわけでもない。
少女を背負い直せば渋々2人のあとを追うも、尾行している自身に酔いしれていた事も否めなかった。