252.上映会
目的地は大学。
しかし入場には“招待状”が必要であり、唯一の潜入方法は冒険者ギルドを通じてのみ。
そこで近場の町に滞在する事になったが、アデランテたちが宿から出る事はない。
誰もが部屋で瞳を閉じ、傍から見れば眠っているように映った事だろう。
「――…もう1度来たい、とは言ったけれど、本当に連れてきてもらえるとは思わなかったわ」
ポツリとオルドレッドが告げれば、周囲には無限とも思える書物の棚が螺旋状に立ち昇り、それらを最下層の円卓から途方もなく見上げていた。
その光景を見ているだけで学者気分にも浸れたが、一方で一帯はロゼッタの遊び場でもあるらしい。
今は黒塊のウーフニールを探して走り回り、彼もまた臓書の管理に奔走している。
「…えっと、ようこそ?が正しいのかな。正直ウーフニールがあっさり了承した事に驚きだったよ」
「あら、そんなに私に来てほしくなかったのかしら?」
「そうじゃなくって…なんというか私が無鉄砲な分、あいつは凄い慎重だからさ。自分の存在もだけど、ココに関しては特に秘密にしたがってたから…」
歯切れの悪い声で恐る恐るアデランテが答えるも、当事者でありながら現状にもっとも困惑しているのだろう。
オルドレッドたちが過去を体験したことはもちろん。何よりも知らない間にアデランテの“任務”を終わらせていたこと。
それらを1つとして教えてもらえずに今に至っている事から、彼女の懸念は当然でもあった。
「まぁウーフニールが良いって言うなら、何も問題は無いって事だろ?それなら改めて歓迎するよ」
「……あなたは本当に単純というか、楽天的と言うか…臓書家の懸念も何となく理解出来るわ……そこもあなたの良いところなんだけれど」
「…懸念?」
「あなたの無防備さに対する心配よ。私があなたの正体を人に話したりするかもしれないじゃない」
「でもそんな事はしないだろうし、万が一されてもその時はロゼッタを託して消えるだけさ」
「…死んでもしないからそこは安心してチョーダイ」
微笑むアデランテに呆れたように溜息を零すも、ふいに白いシーツが降りるや、2人の視線も否応なく引き付けられる。
程なくロゼッタが階上より合流し、オルドレッドたちの間へ割り込むように座り込んだ。
「ふっふーん。これから上映会するんだよー。あとでウフニルがお菓子を持ってきてくれるって!」
「……上映って、なにを見るんだ?」
「えへへ~、あのねあのね?ダイガクのことをウフニルに聞いたら、『長い話だ』って言うからね?見せてもらう事になったの~」
嬉しそうに語る少女になおも2人は疑問符を浮かべるも、直後にシーツに映像が浮かび、臓書の明かりも暗転する。
再び視線を移せば、映し出されたのはどことも知れない平原。
それも馬車1台が穏やかに道なき道を進み、一見して見るほどの価値があるとは思えなかった。
しかし映像はまるで鳥が見下ろすようなアングルで映され、やがて早送りされると中から客が降りてくる。
1人はマスクやフードで顔を隠し、もう1人は褐色の肌に長い耳が太陽によく映える。
そんな2人が周囲を見回せば、程なく次の馬車に乗り込んでまた静かな旅が始まった。
「…えっ?」
「ネタバレすると、何かあった時のためにウーフニールが見張っててくれたんだよ…あっ、これは大学に行く道中の私たちだぞ?」
オルドレッドに説明を加えれば、次はロゼッタに話を捕捉する。
片や訝し気に。そして片や目を輝かせて映像を見続けるも、2人の旅が終わりに近づいた頃。
ふいにシーツの中のオルドレッドが、アデランテにソッと近付いた。
身体をぴったり密着する様に当人は悲鳴を上げるも、幸い淡い蜜月があったのは短い間だけ。
直後に森へ消えた2人を追ったところで映像は切り替わり、アデランテたちは大学へと入っていく。
それからはロゼッタが大きな声を出しては息を潜め、様々な反応を見せる様をくすりと笑いながら眺めていた矢先。
ふとオルドレッドの視線が目に入り、続けてスッと彼女の手が動き出す。
テキパキと指先がしなる様から、すぐに手信号だと気付かされる。
〔もしかして私たちの行動、ぜんぶ臓書家に“視られて”たの?〕
〔それはそうだろ。なにせ私とウーフニールは一心同体だからな〕
〔…今も?〕
〔いまは…どうなんだろう。聞いてみるか?〕
〔やめてっ……それはともかく、少しいいかしら?〕
素早く動かしていた手をピタリと止めるや、チラッとオルドレッドが視線を移す。
最初はロゼッタを見つめ、次に大学の図書館を映すシーツの画面を見つめる。
“まだ”時間はあるだろうと嘆息を吐けば、再び沈黙の会話が始まった。
〔……妹さんのこと、本当によかったのかしら?〕
〔何で急にセシリアが出てくるんだ?〕
〔急じゃないわよ。ここに来るまでずっと考えていたことなのだけれど、妹さん。本当はあなたと一緒にいたかったと思うの〕
〔…私は一ヶ所に留まれない身だと伝えたはずだぞ〕
〔あなたに巣食ってる魔物のことね。それでも定期的に訪れるくらいのことは出来るでしょう?〕
〔……この話の着地点はどこなんだ?〕
訝し気に尋ねるアデランテをよそに、オルドレッドは時折画面の方に注意を向ける。
今は奴隷区アーザーを訪問している映像が流れ、彼女もまた実は見ていたいのかと。
釘付けになっているロゼッタの反応と相まって、それとなく手信号で尋ねてみたが、オルドレッドは首を振って自らの意思を伝えてくる。
〔ロゼッタのこと。私が1人でも出来るから、あなたは妹さんの元にいてもいいのよ?〕
〔それを言ったらオルドレッドこそ故郷はあるんだろ?そっちこそ…〕
〔…故郷が残ってる内に帰れって言いたいのかしら。言い方が悪いのは承知しているけれど、あそこに行ったのならどんな町か分かったでしょう?私が居ても居なくても関係なんて何もないのよ〕
指の動きが激しさを増し、心底故郷に対する親しみが無いことは伝わった。
しかしオルドレッドもハッと我に返ったのか。バツが悪そうに顔をしかめれば、手話がゆっくりとしたペースに変わる。
〔…それでも、全部終わったら戻ろうと思う?それにロゼッタの件は…〕
シュシュっと指先が動いたところで、ソッと彼女の手を包み込む。
それからロゼッタを見下ろすが、今はダークホースとの空中戦に没頭しているところ。
彼女の頭上で無言の会話が繰り広げられている事など、全く気付いていないようだった。
〔……ウーフニールがいなければ私は死んでいた身だが、仮にそうでなくともきっと旅はしていたよ。それにロゼッタは私が守るって“約束”してるんでな。そこだけは譲る気は毛頭ないよ〕
〔……約束って誰と…〕
離された手をようやく動かしたのも束の間。突如「きゃーーーっ」と。
ロゼッタが黄色い声を上げた事で映像を見るや、そこにはアデランテに折り重なるオルドレッドの姿が映し出されていた。
互いの“弱点”に触れ合う様相に、誰よりも先に動いたオルドレッドは、素早くロゼッタの目を覆った。
恐らく彼女が映像を気にしていたのは、“問題のシーン”を見られたくなかったからだろう。
その後も果敢に抵抗するロゼッタを捻じ伏せ、終いにはウーフニールに上映の中止を呼び掛ける姿に、つい微笑んでしまったのが失敗だったらしい。
再び彼女が鬼の勢いで片手を動かすや、オルドレッドの怒りは真っすぐアデランテにぶつけられる事になった。