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251.火山故郷

 豊かな森を進み、やがて巨大な岩壁で立ち止まったのも束の間。

 それまで先導していたオルドレッドが、抱き着くように身体を付けると、途端にぽっかりと空洞が開かれた。

 

 同時に全身から汗が噴き出すような熱気が襲い掛かり、ロゼッタがぐったりと黒い犬に寄り掛かる。


「あちゅ~いぃい~…」

「…あまり長居しない方がよさそうね。私も久しぶりすぎてちょっと熱いくらい…で、何であなたたちは平然としてるのよ」


 薄っすら汗を掻きつつ通路を進む傍ら、ジロリとアデランテが睨まれると、困ったように首が傾げられた。

 しかし直後にオルドレッドの視線はウーフニールに移され、彼の仕業だと感づいたのだろう。

 “イカサマ”に嫉妬しつつ額の汗をグッと拭えば、ツカツカ先頭を進んで行った。


「…また私は何かしたのか?ウーフニールのおかげで暑さは何ともないんだけど」

《気にする事はない。種族的なくだらぬ対抗心だ》

「ちょっとそこ!コソコソ話したりしないの!これから向かう先の人たちは、私並みに地獄耳なんですからね!」


 屈んで話しかけていたアデランテがピンっと背筋を張れば、オルドレッドが教師のように睨みを利かせてくる。

 うっかり口を開かないようマスクを着用するが、ふと通路が終わりを迎えた時。

 眼前に現れたのは山の中とは思えない巨大都市だった。


 岩をそのまま削って加工した建物はもちろん。あちこちで響く鋳造音が一層“鍛冶の都”を主張し、周囲を行き来する住人は全てダークエルフで構成されている。


「…ここがオルドレッドの故郷か。すごいところだな」

「家も身寄りもいないから、ふるさとって気分ではないけれどね…さ、行きましょ?」


 感心しながら周囲を見回していたものの、一方のオルドレッドは興味がないのか。

 脇目もふらずに街道を進めば、すかさずアデランテたちは彼女についていく。

 道中で見た事もない装備や技術を捉える度に足を止めたくなったが、それでも行軍が止まる事はない。


 渋々“隊長”のあとを追うも、同時に街への違和感を覚えたのは、もちろん種族的な違いだけではない。

 誰もが暑さの為か。オルドレッド同様に半裸同然であり、また誰1人アデランテたちを一瞥する者はいない。

 

 まるでこの世に存在しないと言わんばかりの反応に、ついキョロキョロと見回してしまう。


「…長寿な種族だから他人への興味がないのよ。入口が封鎖されている時点で何となく分かるでしょう?」

「……一瞥くらいはするもんだと思うけどな。これまで過ぎてきた大抵の町では、むしろジロジロ見られていたから、逆に落ち着かないよ」

「這っている虫をいちいち見たりしないでしょ?“彼ら”からすればそれと同じよ」

「…オルドレッドは違うのか?」


 何の気なしに語り掛けたつもりが、初めて足を止めたオルドレッドは、しかし振り返る事はない。

 前方を眺めたまま固まり、やがて再び道を歩き出した。


「――だからあなたに会えたんじゃない」 


 それからポツリと。辛うじて聞こえる声で呟けば、思わずウーフニールと見合わせた。

 咄嗟に話しかけそうになったが、幸い口を操作されたおかげで開くことはない。

 ギュッと唇を閉ざしたまま、それでも諦めずに語りかけを続ける。


(ウーフニールはどうなんだ?)

【何がだ】

(人間がどう見えてるのかなって思って…)

【捕食対象】

(…そういえばそうだったな。じゃあオルドレッドやロゼッタは?)

【隠れ蓑及び未知数の存在の監視】


 淡々と返される言葉に嘆息を吐くも、少なくとも“非常食”と言われなかったのは幸いだろう。

 

 ホッとしながら改めて周囲を見回せば、やはり誰1人オルドレッドたちを見る者はいない。

 誰もが作業に熱中し、建物の隙間から時折見える溶岩が、アデランテの度肝を抜いた。


 可能ならばいっそ近付いて見学したいものの、“生身”では到底長居が出来そうな空間ではない。

 現にロゼッタがウーフニール(黒い犬)の背中に運ばれてピクリとも動かず、彼女のためにも用事は済ませた方が良いだろう。


「…ところでどこに向かっているんだ?すでに入口が見えないくらい、くねくね道を進んでるけど」

「長老の所に行くのよ。外のことに興味を持ってる珍しい人だし、エルフに関しても何か知ってるはずよ…きっと」


 ボソリと告げた彼女の声はいくらか弱々しく、疑問を覚えて間もなく到着したのは、他の建物に比べて小さい丸小屋。

 小さな丘をそのまま煉瓦で固めたような家に唖然とするも、オルドレッドはノックもせずに入っていく。


「…(おさ)~。ココにいるかしら?オルドレッド・フェミンシアだけれどぉ…」

「奥に入りな!いまは忙しいんだ!」


 数歩踏み込んだ途端、奥から覇気のある声が聞こえてきた。

 ロゼッタが飛び起きる声量に、如何なる人物かと恐る恐る訪ねてみれば、座っていたのは細い体の老人。

 それもしわがれた手は震えながら手元の鉄塊に金づちを打ち、太い眉のおかげで目は殆ど見えない。


「フェミンシアか。懐かしい名だな。なんの用だ」


 顔をピクリとも上げず、長老が口を開く。

 近付けばより声が腹底まで響き、見た目に反してエネルギーがあふれ出るようだった。


「…お、お久しぶりです(おさ)。今日はお話があって…」

「何の用かと聞いたはずだ」

「……エルフの住処を知っていれば、教えて頂きたいのだけれど」

「エルフだぁ~?」


 顔は鉄塊を見下ろしたまま、太い眉だけが片方上げられる。

 落ち窪んだ瞳は訝し気にアデランテたちを見回し、再び作業に戻ってしまう。


「さてな。昔は頻繁に仕事の依頼が来てたが、最近じゃ全くお目に掛かってない」

「それなら最後に会った時の場所を教えてもらえないか?」

「…誰だお前は」

「アデランテ・シャルゼノートだ。オルドレッドには大変世話になってる」

「……奴らの住処は知らんが、取引場所なら知っとる。今は魔術師の育成所になっとるがな」

「…もしかして魔術大学のことかしら?」

「そう呼ばれとったな。さぁほかに用がないなら出てってくれ。儂は忙しいんだ」


 オルドレッドが会話を挟むも、長老の話は済んだらしい。

 それ以上は関わる気が無いと言わんばかりに、鉄塊へと注意が向けられ、挨拶もそこそこに一行は退散する。


 再び街道へ戻ったオルドレッドたちは、元来た道を辿っていく事になった。


「…なんだか凄かったな。ろくな会話も無く、質問だけして終わっちまったよ」

「ダークエルフは他人に興味が無いって言ったでしょう?よそ者うんぬんって話じゃなくて、あれで平常運転なのよ」

「それはそれで私は好感が持てるけどな。単刀直入だし、楽だし……それよりオルドレッドはゆっくりしていかなくていいのか?曲がりなりにも生まれ故郷だろ?」


 足早に進むオルドレッドに声を掛ければ、ピタリと彼女が足を止める。

 それから周囲を軽く見回すも、やがて横顔だけをチラッと覗かせた。

 

「確かに産まれた場所ではあるけれど、私の居場所というわけではないわ。行きたいところは何処へでも行く。ただそれだけよ」


 淡々と返す彼女が再び歩き出せば、ウーフニールもロゼッタを背負ったままあとを追っていく。

 程なくアデランテも進み出し、考えれば考えるほどダークエルフの血をオルドレッドにも感じたが、口に出さない事を学んだおかげだろう。

 

 ウーフニールに頼らずとも言葉を飲み、一同に倣って静かに里をあとにした。

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