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250.セシリア・シャルゼノート

 長閑な水辺にアデランテが座れば、その隣にセシリアがゆっくり腰を下ろす。

 “久しぶりの再会”に話も弾むかと思いきや、どちらも口を閉ざしたまま、ただ川の流れを眺めているだけだった。


 いっそ第三者がいれば気も紛れるかもしれないと。

 そう思って背後を軽く一瞥するが、ロゼッタたちはセシリアの娘と戯れている真っただ中。

 もっぱらウーフニール(黒い犬)を遊具のように扱い、オルドレッドも少女たちを見守る一方で、彼女なりに気を遣っているのだろう。

 姉妹水入らずの時間を邪魔する気はないらしく、あえてアデランテに背中を向けていた。


「……お姉ちゃん。全然()()()()()()んだね。びっくりしすぎて夢かと思っちゃった」


 跳ねた魚を眺めていた矢先、ふいにセシリアが口を開いた。

 少し距離を感じるような話し方は、軽いジャブのようなものなのだろう。


「あ、あぁ…セシリア…も、大きくなったな」

「…ふふっ、それじゃまるで父親と娘の会話みたいじゃない。むしろ私が“お姉ちゃん”って呼ばれても、おかしくない…よね」


 ようやく会話に花が咲いても、すぐに蕾へと戻ってしまう。

 その根本的な原因は、やはりアデランテの外見にあった。


 瞳の色の違いを除けば、恐らく最後に見た姿と何1つ変わっていないのだろう。

 一方でセシリアは美しさこそあれ、30を過ぎた妹。

 17の姉と肩を並べても、到底“本来の”姉妹関係には見えない。


「…ほかの騎士団のみんなは…どうしたの?知らない人と女の子を連れてるみたいだけど」


 それでも果敢にセシリアは口を開き、積極的にアデランテと会話を続けようとしていた。


「……【全員死んだ】よ。【最後の戦】で」

「…そう」

「それより…いや、それよりという言い方もアレだが、セシリアはちゃんと生活できてるのか?騎士団の身内だからって肩身の狭い想いをしてるって話を聞いたぞ」

「…もしかしてダバイおばあさんからその話聞いた?むぅ~…確かに前住んでた所はそんなトコだったし、その話はおばあさんにしたけど、今住んでるココはそんな事ないよ?川辺に住んでるのは洗濯が楽だからってだけ」

「……そうか。元気にやってるなら良かったよ」


 ホッと溜息を零し、改めて眺める川の景色は、最初に見た時とは別物に感じていた刹那。

 おもむろに顔を挟まれるや、グイッとセシリアの方へと向けさせられた。

 

「…顔の3本傷。目の色が左右で違う……でもそれ以外は全部昔のまんまなの…なんで?」


 ジーっと向けられる眼差しは疑問符で満ち、同時に子を守る母のような力強さが伝わってくる。

 もはやアデランテが“本物”なのか疑っている気さえしたが、幸い彼女には相棒が心の内に巣食っていた。


『実は騎士団の皆と落石に遭ったんだ。それから目の色が変わって…歳も取っていない気がする』

「…そうなんだ。私のせいで…ごめんね?ぜんぶ私が悪いのに…」

「……なんの話だ?」

  

 ウーフニールに喉を貸していたのも束の間。ふいにセシリアが悲しそうな顔をすれば、思わずアデランテが主導権を取り返した。

 今にも泣きそうな妹を支えていると、やがて語られたのは忘れ去られた過去の数々であり、彼女の言葉に耳を傾ける事にした。

 

 

 かつて別国の王子がセシリアを妾にしようとしたが、もちろん彼女に拒否権はない。

 国交のためにも犠牲になるほかなかったものの、当時のアデランテは黙っていなかった。

 間に割って入った事で関係は悪化し、必然的に小国同士の衝突へと発展した。


「――…私のせいでお姉ちゃんがいた騎士団の皆が責任を取らされて…だから私が行く!って言っても聞かないお姉ちゃんに包丁を向けてさ?その時に頬をケガさせちゃって……本当、ぜんぶ私のせいなのに…ごめんね?」


 左頬の1本傷を撫で、涙を伝わせるセシリアの頬をソッと拭い取る。

 互いの顔に触れ合えば、もう1度彼女を泣かせてしまったが、アデランテにとっては全て記憶にない事象ばかりだった。

 

 最後に憶えているのは、セシリアの娘ほどの大きさだった妹の姿。

 そして騎士団に入りたてで、戦場にすら行ったことがない自分の若かりし頃。


 それから記憶は飛び、気付けばウーフニールと旅をしているアデランテ・シャルゼノートの今に、驚きと困惑しか湧かなかった。


「…ぐすんっ。王様も、大人たちも反乱と戦争で死んじゃったから、今残ってるのは当時の子供たちだけなんだ…と言っても皆大きくなって、家族も持って…」

「……そういえばお前の旦那はどこにいるんだ?さっきから全然見当たらないけど」

「夫なら出稼ぎに行ってるよ。ココでの生活にお金はいらないけど、子供が将来どうしたいか分からないから、その時のために稼ぐんだって聞かなくって…ほら、花屋にいたドース君が今の旦那なんだよ?びっくりした?」

「…ドース?」

「あー、そういえばお姉ちゃん。昔っから人の顔覚えるの苦手だったもんね。そういうところ全然変わってない…あ、でもさ。何て言うか……人間っぽくなったよね」


 涙を拭いながら笑みを浮かべれば、一瞬の迷いの末に放たれた一言は、アデランテを訝し気に彼女を見つめさせた。


「人間っぽいって…昔は化物染みてたってことか?」

「ううん。むしろ人形みたいだったって言うのかな。戦争から帰ってくるのは嬉しかったけど、何か抜け殻みたいだったというか…ちょっと怖かった……でもね?今は距離がとても近い気がするのっ」


 距離を一気に詰めたセシリアが身体を預ければ、そのまま頭を肩に乗せてくる。

 年上の妹と言えど、まだまだ甘えたい盛りなのか。

 頬擦りしてくる様子につい頭を撫でれば、小さな吐息が彼女から漏れた。


「…戦争も一応終わって、この辺りも長閑な場所になったんだよ?…もしお姉ちゃんがよければ、ココにずっといてもいいんだからね」

「……そうしたいのも山々だが、まだ用事があってな。私も立ち止まっているわけにはいかないんだ」

「………用事、ね。まぁそんな気はしてたよ」


 ぐりぐり押し付けていた顔をグッと上げれば、背後で戯れるロゼッタたちが一瞥される。


「お姉ちゃんのお友達もだけど、何だかさすらいの旅人って感じがしたからね。寄って行ったらすぐ帰っちゃう気がしたんだ…そもそもお姉ちゃん、昔っからジッとしてられない人だったから、引き留めても無駄なのは分かってた」

「…本当にすまない。でも…むぐっ」


 言葉を続けようとするや、ふいにセシリアの人差し指が唇に押し当てられた。

 それ以上話す事も許されず、再び肩に頭を預けられると、弱々しい溜息が零される。


「“必ず帰ってくる”って約束はちゃんと果たしてくれたんだから、もうお姉ちゃんは自由なんだよ。好きなところ行って、好きなことをして、好きな人を作って……気が向いたら私に会いに来てくれると嬉しいな」 

「…次に会えた時は、旅の話でも土産に持ってくるよ」

「ふふっ。楽しみにしてるっ。あと出来れば()()()()()も教えてね?」

「ははっ。機会があったらな」


 ニコニコしながら会話を終えれば、すかさずセシリアがサッと頭を上げた。

 それから彼女が口を開く事はなかったが、恐らく別れの言葉を言いたくないのだろう。

 くすりと笑えば最後に彼女の頭を撫で、同じ銀糸の髪に指を通しながら離れていけば、無言でセシリアの元を離れた。


「…もういいのかしら?」


 アデランテの接近に気付くや、振り返ったオルドレッドがチラッとセシリアを一瞥する。

 座ったまま微動だにしない彼女を心配していたようだが、首を振ってそれとなく出発の旨を伝えれば、視線はすぐに少女たちへと移された。


「ほら、遊びは終わりよ2人とも。そろそろ行かないと」

「えーー、ロゼッタちゃんとまだ遊びたいーっ」

「ロゼも遊びたいけど…アディはおしごとが大変だからまた今度…ね?やくそくっ」


 伏せたウーフニールが無理やりロゼッタたちを降ろせば、不満そうな少女は“指切りげんまん”で瞬く間に機嫌が良くなる。

 それから程なくして別れを告げると、彼女はセシリアの元へ。

 そしてアデランテたちは川に沿って集落を離れていき、徐々に互いの姿が見えなくなっていった。

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