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249.長い長い回り道

 森を越え、町を過ぎ、そこまでは普通の旅路と何も変わらなかったろう。

 3人による賑やかな旅路が続くも、その先頭を歩くのは1匹の黒い犬だった。

 ピンっと立てた耳に精悍な顔つきを浮かべ、時折振り返っては戯れるロゼッタたちの遅い歩みを、迷惑そうに唸っていたのも束の間。

 緑豊かな森は徐々に枯れ木だらけとなり、荒野も少しずつ目立っていく。


 前方にも街が見え始めるが、その光景はただ久しぶりにベッドで寝られるだけの話ではない。

 おもむろに顔を上げたアデランテが走りだすや、彼女のあとに全員が続く。


 ロゼッタはウーフニール(黒い犬)に跨り、やがて入口に辿り着いた時。

 一行の視界に映ったのは、荒廃した無人の小国。

 それも戦火とはまた異なる、反乱の爪痕をあちこちで見ることができた。


「…ココがあなたの故郷、よね。住人も戦争に辟易していたのかしら」

「……それもあるんだろうが、統治してた王様たちがクソ野郎だったらしくてな。いつかこうなるって大人たちも……大人たち?」


 呆然としながら周囲を見回していたものの、ふと自分の言い回しに違和感を覚えたのだろう。

 まるで子供のような言い方に首を傾げ、ゆっくりと故郷の土を踏みしめた。


「…私は……この街で育ったんだよな。なんで何も憶えてないんだろ…ウーフニール?」


 困惑しながら相棒に思わず語り掛けるも、彼が返答する事はない。

 無言で犬に見つめられるや、アデランテの足は自然と我が家へと赴いていた。


 子供の頃によく叱られた鍛冶屋の建物は半壊。

 花屋も、八百屋も、焦げ付いた火の跡が見ていて痛々しい。


 数少ない思い出も現実では露に消え、やがて目的の“場所”が近付いてくるも、そこに建物は存在していなかった。

 オルドレッドも記憶を辿り、アデランテの実家が瓦礫と化している事を思い知らされる。


「…アデランテ」

「……セシリアは…セシリアはどこに…」

「アディ…」


「………あんたら。こんなトコで何やってんだ?」


 途方に暮れていたアデランテたちをよそに、ふと背後から声を掛けられる。

 振り返れば見るからに農夫姿の青年がハシゴを抱え、不思議そうに一行を一瞥していた。


「……あなたこそ誰よ。こういう時は男から名乗るのがマナーよ?」

「誰って、すぐそこの果樹園がまだ生きてるから、この街に留まってるだけだよ」

「…この国は…騎士団はどうなったんだ?結構沢山いたはずだろ?」

「あいにく俺がガキの頃には国も滅んじまってたからな。詳しいことはよく知らねえんだ…強いて言えばその騎士団やらが帰ってこなくて、王様を守る連中がいなくなった隙に暴動があったとか、その間に他国が攻め込んできたとか……まぁよくある話だよ」


 興味が無さそうに告げた青年が去ろうとするも、直後にアデランテが前方に回り込んだ。

 目にも止まらぬ速さに度肝を抜かされた彼を尻目に、グッと色違いの瞳を近付ける。


「ココに住んでいた人たちは何処へ行った!?」

「し、知らね…あ、いや、ほかの国に逃げた奴もいりゃ、そこらで村を作った奴らもいるって親父から聞いたけど…」

「あんたの親父さんに会って話がしたい。忙しいところすまないが、掛け合ってはもらえないか?」

「む、無理だよ。親父もお袋も死んじまったから、俺1人でこの街に住んでんだぜ?……まぁ、出てきた村でよければ教えてやるよ」


 一瞬の拒絶の末に、アデランテの絶望的な表情に同情したのだろう。渋々行き先を指し示せば、途端に彼女の顔色も明るくなる。

 そして直後に正反対の方角へ向かおうとした足が、腹底の声に導かれて正しい道を進み出す。


 すかさずオルドレッドたちもあとを追い、枯れた都市を抜けて再び森に入ったのち、やがて辿り着いたのは小屋が密集する土地だった。

 乱雑に建つ様からも、急ごしらえの物が多いのだろう。

 まるで街から逃げて来たような造りだったが、それでも住人たちの顔に憂いはない。


 恐らく母国の圧政から解放された反動からか。

 誰もが不便を謳歌していたものの、一方でアデランテは焦燥し切ったまま、キョロキョロ周囲を見回していた。

 

 不審な動きをする彼女もまた注目を集め、さらに後ろで待機するロゼッタはもちろん。

 起伏の際立ったオルドレッドが、住人たちの作業の手を止めていた。


「……どう?妹さんらしい人はいそうかしら?…そもそも見覚えのある顔はある?」

「…いや…その、人の顔を覚えるのがそもそも苦手で…」

「アディ。誰か来るよ?」

 

 訝し気に一帯を見つめていたオルドレッドを尻目に、ふとロゼッタがアデランテの腕を引けば、すぐ傍の家から老婆が向かってくるところだった。

 杖が無ければ歩けないようだったが、足取りに関わらず真っすぐ進んでくる。


「アデランテ…アデランテなのかい?」

「…誰だ?」

「まったく、あんたは昔っから人の顔を覚えない子だね。あんたの隣に住んでたもんだよ!ほら、うちの死んだ爺さんがよく庭の実をあげて…」


 杖を振り回しながら話す老婆に、首を傾げていたのも束の間。ふいに奥からやってきた女性が、慌てて彼女の腕を掴んだ。


「こら、おばあさん!まぁた知らない人に絡んで、もぅ…すみませんねえ。最近ますますボケてきて、若い人がいると近所で懐いた子供だと勘違いしちゃって…」

「誰がボケとるんじゃ!そもそもお前さんこそ誰だ!」

「あんたの孫だよ。孫!毎晩飯の世話してるじゃないか!」

「…あの、おばあさん?アデランテのご近所さんだったなら、妹のセシリア…ちゃんのこと何か知らない?」

「んん?あぁ、あの子なら川の近くに住んでるよ。あんたが入った師団以外の騎士連中は嫌われてたし、ほかのもんは違いなんてわからんもんでね。騎士のあんたが身内だったってんで、離れたとこにいんよ」

「おばあさん変なこと言わないの!!川に住んでるのはアタランテさんでしょ?」


 老婆と女性の会話に困惑しつつ、それでも引っ掛かるキーワードはいくつもあった。

 いまだに言い合う2人に礼を述べ、そそくさと退散すれば、村の注目を集めつつ川の音を辿っていく。


「まるで騎士団が恨まれてるような言い回しだったけれど、あなた何か心当たりある?」

「……正直ぜんぜん無い…」

「臓書家?」

《暴行。横領。賄賂。恫喝…アデランテ(人間)が所属していた師団以外の主な活動報告だ》

「…おばあさんが言ってた『違いが分からない』って言うのは騎士団は全員悪って考えがあっての事でしょうね。それで身内のアデランテが騎士だったから、妹さんも肩身が狭くなって……あっ、もちろんあなたは何も悪くないのよ?」


 口元に手を当てていた矢先。ふと顔を上げたオルドレッドが、アデランテたちの視線に気付いたのだろう。

 ウーフニールに座るロゼッタからの圧が特に強く、気まずそうに瞳を逸らした。


 それでも一行の歩みは止まらず、話にあった“アタランテ”を訪ねるべく移動を続けていた時だった。

 ふと前方に小川が見え、傍に立つ小屋から飛び出した銀糸の少女に、思わず足を止めてしまう。


 見た目からしてロゼッタより多少年上か。まるで子供時代のアデランテを見るような既視感に、オルドレッドたちでさえ息を呑んだ刹那。


「――セシリア?」


 おもむろにアデランテが1歩踏み出せば、逆に少女は1歩引き下がる。

 澄んだ青空のような瞳を一心に向け、途端に踵を返すと、そのまま小屋へと消えてしまった。


「お母さーん!変な人がお母さん呼んでるよー!」


 そして続けて聞こえた大声に、思わず逃げかけたアデランテを、咄嗟にオルドレッドが抑え込む。


「ちょっと!なんで逃げようとしてるのよっ」

「ま、まだ心の準備がが…」

「アディ、がんばって!」

《諦めて向き合え》


 犬から降りたロゼッタも逃走を阻み、ウーフニールもまた“内側から”足を固定する。

 もはや上半身だけで逃げようとする状況に、しかし妨害者の手が止まったからだろう。


 むしろ彼女たちの視線が背後に向けられると、ついあとを追って振り返った矢先。

 

「…おねえ、ちゃん?」

 

 ぽつりと零された声に耳を傾ければ、そこに立っていたのはアデランテの年齢を上回る1人の淑女だった。

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