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プルーストの果実

 一行を照らしていた光が陰り、ようやく周囲を見回せるようになった時。

 建物が1つもない平原に出たオルドレッドたちは、呆然と一帯を見回していた。


「…あれ、おっかしいな。トンネルを出れば隣の家に出るはずなのに」


 一方でアデランテも不思議そうに眺めていたが、すぐに視線を前方へと向ければ、そこには赤い樹が煌々と立っていた。

 幹はもちろん。枝や葉まで染まった異様な木は、紅葉だけでは説明がつかない。


「……隣の家の人が大切にしてる庭の木、ってアレのことなのかしら?」

「バカ言え。あんな薄気味悪いもんが立ってたら、私が夜の内に切り落としてたっての」

【何かいるぞ。警戒を怠るな】

 

 怪しげな木に近寄る気すら起きず、遠巻きに眺めていたのも束の間。

 ウーフニールの合図と共に目を凝らすや、その周囲を漂う無色の流動体を視界に捉える。

 するとオルドレッドが弓を構え、子供たちに下がるよう指示した。


「何かいるのか、何かあるのか……どっちだと思う?」

【小娘】

「ロゼ!?ロゼはなにも知らないよ?……えっと、アディ?」

「私が知るかよ。よくわかんないけど、アレが噂の魔物ってやつなのか?私がいる限りは街を好きにはさせないからな!」

「一旦落ち着きなさいっ。アレが何なのか、まずはじっくり観察してからでも遅くはないわ…って言うより、あなたたちは穴の中に戻りなさい!」


 今にも飛び掛かろうとするアデランテを2人がかりで押さえるが、穴の中に戻せるような状況でもない。

 入口自体が虚空に現れたように佇み、再び彼女の家に戻れるのかすら怪しかったが、かと言って何もしないわけにもいかなかったからだろう。


 おもむろにオルドレッドが弓を引けば、狙いを流動体の傍に定めた。


「おいおい、いきなり撃つのかよ。私が啖呵を切った手前あれだけど、判断が…判断が…」

【早計】

「そうそうそれ。ソーケイなんじゃないのか?…お前、小さいくせに私より賢いんだな」

「ロゼもやらないに1票」

「なんで私がここまで否定されなきゃならないのよ。ただ近くに1本撃って様子を見るだけよ。それ以上の事はしないわ」


 周囲の反対を押し切り、グッと弦を絞った時だった。途端に弓が弾けるように砕け、ただのガラクタと化してしまった。

 やはりと言うべきか。手入れはしたつもりだったが、素材自体が古かったからだろう。

 予見していた結果が早くも訪れたものの、それでも矢は真っすぐ飛んで行ってしまっていた。

 

 本来は地面に突き立てる予定が、まず刺さったのは無色の流動体。

 しかし見た目通り当たる事はなく、そのままあっさり矢はすり抜けていく。

 

 何事も無かったのは幸いしたが、オルドレッドの安堵も束の間。

 ふいに矢が木に突き立つや、一帯を地鳴りと甲高い耳鳴りが襲ってくる。

 あまりの騒音にすぐさま耳を塞いだが、着脱前とでは大して変わりはしない。


 いっそ穴の中へ戻ろうとするも、ふいに片目を開けたオルドレッドが、忍び寄る流動体の存在に気付いた。

 

 アデランテに真っすぐ向かう様に、気付けば身体は勝手に動き、彼女を押し退けると同時にトカゲをロゼッタへ放った瞬間。

 

「がぁぁあっっ…!!」


 おもむろに流動体がオルドレッドを捕らえ、元来た道を戻るように赤い木へと引き寄せられていく。

 絡みついたまま徐々に締め上げられ、身体からも嫌な音が聞こえてくる。


 それでも何とか顔を上げれば、絞り出すように声を張り上げた。


「くっ…2人とも逃げなさい!!ここは私がぁ…な、なんとかするか、ら!」

「オリィ!!」

「あ~っと。え~っと……ちょっと待ってて!すぐ戻るからっ」

「戻るんじゃ…ないわよぉ…うぐっ」


 穴へ消えるアデランテに、しばし躊躇していたロゼッタも、オルドレッドの鋭い眼差しに決断させられたのだろう。

 程なく通路へ彼女も消え、にっこりほくそ笑んだのも束の間。

 さらなる締め付けが彼女を待ち受け、意識が徐々に霞み始める。


 反撃しようにも普段の装備が手元に無く、仮にあっても何か違いはあったのかと。

 再びほくそ笑もうとしたその時、ふいに焦げ臭い香りが鼻腔を燻った。


 否応なく瞳を開けば煙が充満しており、涙目になりながら見下ろせば、眼下ではロゼッタたちが松明を両手で掲げていた。


「おらっ!このっ、お姉さんを放せ!!ヘビなら煙に弱いはずだろっ」

「…本当にへびさんなの?」

「知らないけどもっと腕を伸ばすんだ!それと…ウフニルだっけ?なんか手伝えないのか?」

【この身に何を求める】


 ぴょんぴょん飛び跳ねる子供たちに、緊張感まで霧散しそうになるが、呼応するようにオルドレッドの締まりが緩まっていく。

 煙が功を奏したのかは分からずとも、大人しくしているつもりもない。

 軋む身体を強引にねじり、早急に脱出すれば、向かった先は燃えるように佇む真っ赤な木。

 

 矢を打ち込んだ際の反応と言い、確信に近い推論を展開するように登って行けば、枝を渡りながら隈なく周囲を探す。


「…くだもの、くだもの…くだもの…あっ……た?」


 背後でのたうつような音に気を取られながらも、やがて見つけたのは“虹色のりんご”。

 それも齧られた痕がある異物に、到底口にしようとは思えなかった。


「きゃーーーーー!!!」


 しかしロゼッタの悲鳴に慌てて木から飛び出せば、2人の手からたいまつが弾かれたらしい。

 半透明な流動体も狙いを子供たちに定めたらしく、もはや絶体絶命に見えた瞬間。


「アデライトぉぉお!!これを食べなさいっっ!!?」


 おもむろにオルドレッドが果実を放り投げれば、すかさずアデランテが受け止めた。

 剛速球に多少手を痛めたようだが、それよりも名前を間違えられた事が癪だったらしい。

 

 気難しい顔を一瞬見せるも、直後に頭上で揺れる怪物の存在に、すぐさま果実へ齧りついた。

 それがどのような結果を招くとも知らず、それでもオルドレッドの読みは当たったのだろう。


 再び地鳴りと耳鳴りが起きるも、今度の衝撃は別格。景色全てが歪むほどの光景に加え、怪物も苦しむようにうねり出した。


「…うぇ、まっず……っ。ヘドロみたいな味がするぅ…」

【……こちらへ寄越せ】


 一方で耳を塞ぐのを我慢し、半分と平らげる間もなくギブアップを漏らすアデランテに、すかさず肩のトカゲが口を開く。

 訝し気に彼を見つめるや、体格に見合わない果実を丸々押し込んだ刹那。


 突如光が一帯を包み込むと共に、悲鳴に似た轟音が視界に映る全てを震わせた。

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