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244.囚われた過去

「オリィ!これはど~ぉ?」

「…違うわね」

「じゃあコレは?」

「美味しいけれど、それも絶対に違うわ」


 ベンチに座り、ロゼッタの提出物を吟味してから何度記憶を巡ったろうか。

 もはやアデランテの存在さえ背景になりつつあり、また果物にも食べ飽きてきた。


 愚直に動くロゼッタに反し、観察の方へと回ったオルドレッドだが、いまだ手掛かりは1つも無い。

 試しに物を壊したりもしてみるも、全てはすぐに元通りになる。

 その際に覚えた衝撃を始め、鈍痛などの感覚は通常時と同じ。身体に残るものもあれば、記憶として残るだけのものもあった。


「…ひとまず負傷するような真似は避けた方が良いわね。でもって人間には一切干渉できないどころか、透けて触れることもできない、か……ロゼッタ!そろそろ休憩しなさい?転んでケガでもしたらアデライトが悲しむわよッ」

「まだへーき!もうちょっとがんばる!!」


 一通りアデランテの周囲は探索し終え、今や街外れの果樹園に居座ること数時間。

 ロゼッタも百姓よろしく動き回っていたが、年相応にジッとしていられないのが理由の半分。

 もう半分は、何が何でもアデランテの助けになりたいからだろう。


 真剣味が伝わる表情に下手な口出しも憚られ、だからこそ協力して“味見”に参加していた事もある。


 しかしようやくロゼッタも体力が尽きたのか。

 フラつく足取りでオルドレッドの傍に寄れば、そのまま力なくへたり込んだ。


「……疲れる前に休憩するように言ったはずよ?その分回復に時間が掛かっちゃうんだから」

「むぅ、ちょっと休んだらすぐ動けるもんッ」

「はいはい。そんな姿をアデライトが見せたくなかったら、早く元気になることね」


 溶けるようにベンチに張り付くロゼッタの頭を撫でるや、入れ違いでオルドレッドが立ち上がる。

 探索の交代とばかりにいざ歩き出そうとするも、ふいに腹底を震わす声が彼女の足を止めた。


【女に問う】

「……なによ急に」

【この世界が記憶の再現であり、現世の理が反映されていない事は調査でも判明している。ゆえに黙していたが、不可解な現象を1つ提唱する】

「だから何なのよ、急に改まって。一刻も早くアデライトを助けなきゃいけないのに、ゆっくり話してる場合じゃないのよ?」

【ならば単刀直入に言おう。足元の影が異なっている】


 ロゼッタの頭に乗ったトカゲが囀れば、さらりと告げられた情報を追うように視線を足元へ落とす。

 一瞥すると影は通常通り出来ていたものの、差している方向は太陽と真逆。

 そして周囲にうろつく記憶の亡霊たちは、影すら存在していなかった。


「……あれが偽物の太陽ってこと?じゃあ私たちを照らしているのは…」


 当然の疑問を覚えながら振り返ったのも束の間。

 それまで作業に勤しんでいた農夫たちが、途端にピタリと固まった。

 まるで時間が停止したように思えたものの、程なく首がぎこちなく、一斉にオルドレッドたちへと向けられる。


 それらの顔には感情と呼べるものはなく、やがて痺れを切らしたのだろうか。

 各々が農具や手元の道具を手に取れば、ゆっくりオルドレッドたちに近付いてくる。


「…ロゼッタ。あと数秒で体力を回復なさい。私はアデライトと違って、人を守りながら戦えるほど器用じゃないのよ」

「ふぇ?なにがどうし…うわっ」


 半ば寝惚けた少女が顔を上げれば、じりじりと迫る農夫たちに驚いたのだろう。

 瞬時に立ち上がればオルドレッドの背後に隠れるも、彼らの視界から隠れられたわけではない。


 それから“間合い”に踏み込んできた刹那。

 先に飛び出したオルドレッドが相手の手を蹴り、奪った農具でそのまま農夫に叩きつけた。

 すると感触こそ無いものの、振り払われた敵は霧の如く、瞬時にその場から霧散する。


 思わぬ“手応え”に驚き、もしや攻撃されても平気なのではないか。

 彼ら同様に幻なのではないかとさえ思えたが、手に伝わる農具の感触は本物。

 

 そして仮に効かなかったとしても、それを確かめるつもりは毛頭なかった。


「くっ、数が多すぎるわ。一旦引くわよ!」

「にげるってドコに?」

「…影が差す方向とは真逆の場所…あっちね」


 オルドレッドの指示で移動を開始すれば、農具を払いつつ果樹園の脱出には成功する。

 しかし街中も環境が変わる事はなく、住人たちが次々と襲い掛かってきた。


 無論、一瞬で消せる相手に後れを取る事はないが、なにせ数が多すぎる。

 まるで街そのものを敵に回したような空間に、包囲されるのも時間の問題だった。


「痛っ…乙女の柔肌に気安く触るんじゃないわよ!!」


 太っちょの亡霊を薙ぎ払えば、一瞬で男は掻き消えた。

 だが触れた部分は氷のように冷え、凍傷を負ったかの如き痛みがズキズキとする。


「うぅっ…捕まったら一巻の終わりね。ロゼッタ、絶対アレらに触れては駄目よ」

「言われなくてもおトモダチになりたくないもんっ」

「……ウフニィ…臓書家!!」

【ウーフニールのことか?】


 一瞬の迷いの末、もはや“人”としての呼び名に違和感を覚えたのか。咄嗟に新たな呼称で叫べば、ロゼッタの肩から訝し気にトカゲが頭を上げる。


「そうよッ。あんたみたいな怪物に名前なんていらないわ…だから化物らしく、アレらを何とかしなさいよ!」

【この身では何もできん。貴様の同行により魔物を喰らう余裕もなかった】

「なんの話か分からないけれど、もしかして人のせいにしてるのかしら?なによ、“喰らう”って」


 敵の挟撃を躱しながら隙を見て一撃入れるも、包囲網は徐々に狭まっていく。

 せめてロゼッタだけでも救うべく、ガッと掴み上げて放りあげようとした時だった。


 持ち上げたタイミングで亡霊が襲い掛かり、咄嗟にロゼッタが両手を前に突き出した。


「こーなーいーでぇぇえええええ!!!!」


 これまでにない大声で少女が叫び、それと同時に光が彼女から放たれた途端。

 前方にいた亡霊たちが一瞬で掻き消え、逃走経路への道が開かれた。

 唖然としていたオルドレッドもすぐに走りだし、遅れて背後から敵が迫ってくる。


 小脇に抱えられたロゼッタも最初は大人しくしていたが、ようやく現象を理解したのだろう。

 はしゃぎ出した少女の声で、もろもろの緊迫感まで霧散していく。

 

「オリィ!みた?みた!?ロゼがバァンってやったら、急にふわっって。ふわってお化けがいなくなったの!」

「なにが起きたか分からないけれど、だったら私に手を向けるんじゃないわよ」


 得意げに語るロゼッタに溜息を零すも、それから彼女が「ハッ!」とやっても、背後の亡霊たちが消える事はない。

 その間も影が差す反対の方向を目指すも、やがて陰りが一層濃くなった頃だろう。

 

 亡霊を薙ぎ払いながら進めば、とある1軒の家に辿り着いた。


「…アデライトの、家?」


 見覚えのある光景に思わず失速しかけたが、特別光を発しているわけでもない。

 しかし走り回る事にも疲労を感じ始めたところで、避難場所は必要不可欠だった。

 

 渋々飛び込めば即座に扉を閉め、全力で身体を押し付ける。

 反対側からガタガタと震わせる衝撃は伝わるも、幸い力はそれほど無いらしい。

 オルドレッド1人でも抑える事はできるが、いつまでも扉の前にいるわけにもいかないだろう。


「ロゼッタ!椅子か何か持ってきて!バリケードを築いて、ひとまず籠城するわよ!」


 大声で指示を出すオルドレッドに大人しく彼女は従い、颯爽と奥へ姿を消していく。

 その後もしばらくは扉を押さえていたが、やがてロゼッタが姿を現した時。

 初めは手ぶらに見えた様相に怒りさえ覚えたものの、直後に彼女が手を引いて現れた“少女”の存在に、一瞬力を抜いてしまいそうになった。


 銀糸の髪に、雲のない白澄んだ空のような瞳。


 その娘は間違いなくアデランテであり、これまで互いに干渉できなかったはずが、今やロゼッタと手を繋いでオルドレッドを見つめてきていた。

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