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241.霧吹き山の怪

 アデランテと別れて程なく、出発した一行はオルドレッドを先頭に北の山を進んでいた。

 傍目にも街道の類は見当たらず、誰1人踏み入れた事が無いおかげだろう。前方を切り開くように歩くほかないが、ふいに背後を追うウーフニールが声を掛けてきた。


《…女。変わるぞ》

「この程度どうってことないわ。私よりアデライトの“大事な”娘さんを見ていてあげて?…それに名前はオルドレッド・フェミンシアよ。雑な呼び方しないで」

「ロゼもロゼッタだよ?小娘じゃないよウフニル~」

《黙れ小娘》


 ウーフニールの肩に座り、わざとらしく溜息を零すロゼッタは、そのまま兜に顎を載せる。

 そのやり取りや姿を見ているだけで、互いに全幅の信頼を寄せていること。

 そして禍々しい騎士とは対照的な少女との組み合わせが、不吉な気配を消し飛ばしている事を、すんなり情報として脳に入れていた。


 ただ一方でロゼッタはギネスバイエルンの街で遭遇した子供のはず。

 途中からどうやってか合流したウフニィル・ザー・ヴォンに、なぜ最初から懐いているのか。


 それにオルドレッドとは初対面のはずが、どこかで見覚えのある甲冑に首を傾げ、記憶を辿りながら行軍を続けていたのも束の間。


《フェミンシア》


 ふと腹底に響くような声で呼び止められるや、跳び上がった拍子に木の枝で頭をぶつけた。

 涙目になる1歩手前で振り返れば、彼の視線は別の方角へ向けられている。


《こっちだ》

「…何を根拠にそう言っているの?一応湿った道を辿って歩いてたつもりだったのだけれど」

《こちらの道はより水気が濃い。進路の変更を推奨する》


 端的に告げる彼に戸惑いつつ、進行方向の葉に乗った露を指先で撫で、それからウーフニールの指摘先にも触れてみる。


 言われてみれば確かに湿り気は多いものの、体感で辛うじて分かる程度のもの。

 それを甲冑越しにどうやって把握できたのかと。

 数々の質問と共に思考を埋没させれば、指示通り反転して新たな道を切り開く。


 奥へ進むほどに湿気が増す森ではとめどなく汗が流れ、顎を拭って一息吐くと、チラッと背後を一瞥した。


「…あなた、どこかで私と会ったことない?あるとすれば多分、街中だと思うのだけれど」

《興味は無い》

「会ったか会ってないか聞いてるだけでしょ?興味ない、ってどういう答え方してるつもり?」

《初対面だ》

「最初からそう言いなさいよね……でもどこかで見た気がするのよ。兜は知らないけれど、胴体から下の装備に覚えが…」

《木だ》

「えっ、それって木製…痛っ!?」


 思わぬ返答に驚いた刹那。横顔を木に打ち付ければ、鈍痛に顔を大いにしかめた。

 痛がらないのはロゼッタの視線を感じているからに他なく、そうでなければうずくまっていた事だろう。


 涙目を擦りつつ己の未熟さに辟易し、ぽつりと溜息を吐いた時だった。


「あっ。思い出したわ!あなたの装備、冒険者ギルドの適性審査で使われた甲冑に似てるのよ!確かアデライトがスクラップにしたって噂が流れていたけれど、会ったというより見ていたのね……も、もちろんあなたの装備が貧弱って話じゃないのよ?アデライトがそれだけ強いというか…」


 ようやく辿り着いた結論に合点がいき、同じ装備を着ている彼に因果を感じていたのも束の間。

 再び歩き出していたオルドレッドが足を止めれば、前方にぽっかり開いた洞窟を何度も指差した。


「私が先に行くわ。合図を出すまでココで…あっ、ちょっと!?」

 

 茂みを盾に身を屈め、背後にいるウーフニールに話しかけていたはずが、彼は一足先に洞窟へすでに向かっていた。

 それもロゼッタを肩に乗せたままであり、慌ててそのあとをオルドレッドもついていく。


 警戒していなければ大声で問い詰めていたろうが、今はそんな余裕もない。

 一層濃くなった水気に湿った唇を拭えば、ショートボウを構えて周囲を睨みつける。

 大の男すら竦む眼光をしばし続けていたものの、ふいにウーフニールが足を止めたからだろう。

 彼の背後からにゅっと顔を出すや、前方に広がる無数の人骨に思わず喉を鳴らした。


「…あなたの見解を聞きたいわ」

《獣や魔物の骨が1つも無い。かと言って生活痕も見当たらない事から鑑みるに、高い確率で“霧”の通り道であり、廃棄場である事が窺える》

「1つも無い、だなんて言い切れる自信はどこから来るの?確かにパッと見は人骨ばかりで……でもこの表面の湿り気。間違いなく霧の仕業ね」

《そのような魔物。または近しい怪奇現象に覚えは》

「無いわよ、そんなもの。触れた感じ、ただの水だし。それに消化液でも粘液でも無いから吐いてるわけでもなさそうなのに、白骨化させて捨ててるなんて…」


 そう言いながら周囲を忙しなく見回すオルドレッドは、何度注意深く観察しても、やはり結論に至る事がない。


 まず骨はあるのに衣服や装備は散乱していない。加えて糞も落ちていなければ、足跡や這ったあとも見当たらなかった。

 まるで霧そのものが生きている気さえする状況に首を振り、そんなことはありえないと。


 仮にそうだとしても、そうなれば信者たちはもちろん。連れ去られたアデランテもまた――。


 

 思い悩むように口元に手を置いていたものの、ハッと顔を上げればロゼッタに視線を移した。

 彼女もまだ幼いとはいえ、アデランテに何が起きたかは、足元の惨状からも十分確認できるだろう。

 

 しかしロゼッタは相も変わらず平然としており、むしろウーフニールに耳打ちするほどの余裕まである。

 それだけアデランテを信用しているのか。それとも黒騎士の存在がそれほどまでに逞しいのか。


 オルドレッド個人は仲良くもないが、それでも幾らか羨ましくも感じていた矢先だった。



《――途絶えた》


 それだけウーフニールが零すや、途端にロゼッタの白い顔から血の気が引いていく。

 緑の瞳も周囲を見回し始め、すぐに肩から降りた少女は彼の手を引いて洞窟の奥へ。

 まるで密談をするように一旦離れたものの、すぐに戻ってくるとオルドレッドをジッと見上げてきた。


「……なによ」

「…ウフニル。いいよね?」


 ロゼッタの視線は真っすぐオルドレッドに向けられているが、声はウーフニールに掛けられている。


《最終手段としては止むを得ないが…その女を連れていく意義は?そもそも可能なのか》

「アディに何かあったら、ロゼじゃ何もできないもん!それにウフニルが一緒にいてもダメだったんでしょ?だったらこの人も連れてかないと!」

「ちょっとちょっと。話が見えないのだけれど、なに?アデライトがピンチなの?なんでそんな事あなたが知ってるのよ。あと連れてくってドコに?」


 2人だけで進む話に当然の疑問を投げかけるが、返ってくるのは無言の視線だけ。

 それから再びロゼッタたちだけで会話を続けるも、ひとまず状況を理解するに、アデランテが危険な状態であること。

 そしてウーフニールはオルドレッドの同行に消極的であり、一方のロゼッタは逆に連れていきたがっている。


 

 そもそもなぜアデランテの危機が分かるのか。

 それにドコへ向かうのか。


 2人の意思に従う前に確認したい事は山ほどあったが、パートナーに身の危険が迫っている中で、ぐずぐずしている暇などないだろう。

 溜息を零せば人骨を踏み砕き、躊躇なくウーフニールたちの密談へ割って入った。


「はいはい。なんの話をしてるのかサッパリだけれど、私が関わっているのならドコへなりとも連れていくがいいわ。囮でも何でも、アデライトのためなら何だってするんだからッ!」


 洞窟中に響く声で啖呵を切れば、ウーフニールたちが互いに視線を交わす。

 それから諦めたように会話も途切れるや、彼にペタリと触れたロゼッタが、もう片方をグッとオルドレッドに伸ばしてくる。

 握手を求める手付きに一瞬戸惑ったものの、直後に少女の不安そうな顔が見えてしまった。

 

 だからこそ手を握り返す前に、ポフンっと頭をぶっきらぼうに撫でていた。


「…アデライトが帰ってくる自信があるんでしょ?ならせいぜい胸をビシッと張ってなさい。さもないとあなたが弱ってる隙に、隣を誰かに取られちゃうかもしれないわよ?」


 顔をわざと近付け、挑発するように言い残せば今度こそ手を握ろうとした。

 しかしムッと顔をしかめたロゼッタは、さらに伸ばした腕でオルドレッドの胸に触れ、太鼓を叩くようにバシンっと掌を沈める。


 相手は小さな手と言えど、平手は平手。地味にジンジン痛む胸に顔を歪めつつ、ギロっとロゼッタを睨んだ瞬間。


 突如視界が黒く塗り潰されていき、そのまま意識は否応なく手放された。

 最後に見た緑の瞳が妖しく光った気もしたが、次に起きた頃には夢であったかもしれないと。



 少なくとも本来であれば、そう思えたに違いない――。

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