237.五里霧中
呆然と信者たちを見守っていたものの、最後の1人が納屋の扉をゆっくり閉めた。
慌てて飛び退けば再び屋外に出るが、平原に座っている人物は1人もいない。
誰もが納屋に引っ込んでしまったらしく、必然的にアデランテに向かってくる、オルドレッドの姿が視界に映り込んだ。
「…さっきの、見たわよね?」
傍に来たところでピタリと止まり、腰に手を当てながら平原が睨まれる。
その背後では約束通りオルドレッドを見守っていたのか。
ひょっこり顔を覗かせたロゼッタが、すかさずアデランテの足に抱き着く。
「2人ともお疲れ。なにか見つけられたか?」
「……私の話は無視?」
「ははっ。しっかり見ていたさ。霧の中に人の集団が消えたって話だろ?それならソコに繋がる手掛かりがないかって思っただけだよ」
「…そういうあなたこそ、何か見つけたんでしょうね」
肩を竦めながら伝えた言葉も、オルドレッドの一睨みで押し返される。
今にも唸り出しそうな表情ではあったが、億する事なく“過去に戻れる”話を青年から聞いたこと。
そして室内の様子もかい摘まめば、ようやく彼女も冒険者の顔つきに戻った。
「こっちはカギの掛かった納屋が1つあったわ。中はしっかり確認できていないけれど、たぶんココに来た人たちの私物でしょうね」
「連中が消えるから、私物は全部教団のモノになるってわけか……本当に過去へ戻れるなら、無用な長物でもあるんだろうが」
「あと教団の幹部って人たち。雨戸まで閉めて1人も出てこなかったわ。霧の正体について何か知っているからなんでしょうね」
「う~ん……聞き込みをして素直に答えてくれるとも思えないしな……どうかしたかオルドレッド?」
ぴょんぴょん跳ねるロゼッタの相手をする傍らで、会話を続けていたのも束の間。
突き刺さる視線に顔を上げれば、見慣れた鋭い眼差しが向けられていた。
しかし情報の出し惜しみをしているつもりもなく、責められる心当たりも無い。
だがロゼッタの相手をしていた事で、アデランテが不真面目だと思われた可能性もある。
だからこそ慌てて身体を起こして彼女に意識を向けたが、ガッと腕を掴まれるとそのままオルドレッドに引っ張られていく。
ロゼッタもアデランテの裾を掴み、反対方向に引こうとするも、体格差に勝てるはずもない。
ずるずると納屋の裏に引き込まれるや、周囲の確認を素早く終えたのだろう。
直後に覆面へ褐色の手を突っ込むと、慣れたように覆いが引き剥がされていく。
久方ぶりに顔を表に晒されるも、変装そのものはアデランテの肉体の一部も同然。
視界も何も特に変化は無いものの、オルドレッドからすれば意味があったのか。
それまでの険しかった表情に、少しだけ明るさが取り戻された。
一方でロゼッタは頬を膨らませ、アデランテの顔を“独り占め”できない状況が、どうも気に喰わないらしい。
そんな彼女の反応にオルドレッドが胸を張るも、ふと本来の目的を思い出したのだろう。
再びアデランテをキッと睨めば、1歩2歩と身体を近付けてくる。
「……あなたの目的地。やっぱりココなんでしょう?」
グッと顔を近付けてきたオルドレッドに、胸が必然的にアデランテへ押し当てられる。
「覆面で顔を隠したくらいで、誤魔化せるとでも思ったの?その落ち着きもまるで最初から“アレ”が起きる事が分かっていたみたいだし…何か知ってるなら教えてくれないかしら?きっと役に立ってみせるわっ」
「…あ~…っとだな…」
「……それとも足手纏いだから、引っ込んでいた方がいい?」
「そ、そんな事はないぞ!?」
少し離れたオルドレッドの肩を咄嗟に掴むや、俯いていた彼女がビクリと顔を上げた。
そのまま放っておけば、恐らく森に姿を消していたかもしれないからだろう。
彼女が消えてしまわないようその場に留めるも、そこから先の言葉が浮かばない。
ウーフニールに尋ねたところで、当然の如く助言の類は一切なかった。
「……とにかく、だ。オルドレッドが言っていたように、“もしかしたら”ココが私の目的地なのかもしれない。だが仮に違ったとしても、こんな薄気味悪いところを野放しにする気もないんだ」
「…どっちの答えであったとしても、私が残るには十分な理由だわ」
恐る恐る告げるアデランテに対し、毅然とした返事がオルドレッドより返される。
迷いも払拭できたらしく、再び覆面を着け直してくれた彼女は、颯爽と表に向かって歩き出した。
残ったロゼッタからは訝し気な眼差しを向けられるも、“自分の役目”を忘れたわけではないらしい。
小さな身体で踵を返せば、颯爽とオルドレッドのあとを追った。
「…ウーフニール。私は何を探して、こんなところにいるんだったっけか?」
【カチューシャの町。プルーストの果実の処分】
「あ~それそれ。まずは町の件だけど、どう見てもココは集落って規模だろ?それにフルーツの類も木に実ってるわけじゃないし…やっぱり場所が違うのかな」
【霧の中に消えた輩に関する貴様の見解は?】
「……不思議現象、かな?……ウーフニール?…ウーフニール!?」
首を傾げながら素直な意見を零すも、ウーフニールが呆れたように気配を霧散させた。
必死な呼びかけも虚しく、しかし突如口が勝手に閉じると、先に進んでいたオルドレッドたちと合流。
最低限は干渉する彼の存在に気持ちも落ち着くが、アデランテの心境を知るはずもないオルドレッドは、ふいに奥の山荘を指差した。
「とりあえず今は霧の正体…強いては“教団”のことをもっと知る必要があるわ。だから思いきって本人たちに話を聞いてみない?」
大胆な提案に一瞬面食らうが、無言を了承と捉えてしまったのか。
すかさず歩き出したオルドレッドを止める暇もなく、目が合ったロゼッタと共に渋々付き従えば、やがて階段を昇って玄関口に着く。
直後にノックの音をオルドレッドが響かせるも、扉が開く気配は皆無。
苛立つ彼女を尻目にドアノブを回すが、内側から鍵が掛かっているらしい。
「…建物の窓ガラスは全部はめ込み式。おまけに曇りガラスとくれば中も見えないだろうな」
「……あなた。ココに来てから納屋しか見てないはずよね。なんで詳しく知っているの?」
「へっ?……く、来る途中で見てたから…じゃなくてッ。【聞き込みをしてた時に信者連中から聞いた】んだ!あ、あはは…」
勢いで誤魔化そうとしたが、今一つ説得力が無かったらしい。
ジーっと見つめてくる彼女の視線から逃れるべく、咄嗟にドアノブを強引に回せば、破壊音と共に扉が“開く”。
「あっ…えっと、開いてしまったものは仕方が無いよな!おじゃましま~す…」
唖然とするオルドレッドを尻目に、ススッと隙間に入っていけば、すかさずロゼッタがパートナーの背中を押す。
3人で山荘に踏み込む事になり、アデランテの背後では呆れたような溜息が聞こえてくるが、用事があったのは事実。
互いに目を合わせることもなく、周囲をまずはキョロキョロと見回した。
パッと見は山荘の玄関以外のなにものでもなく、むしろ質素と言っても過言ではなかったろう。
幹部の住処とも思えない空間に疑問を覚えつつ、やがて奥の扉に手を掛けた時。
途端に酒の臭いがとめどなく噴き出し、顔をしかめながら中を覗けば、3人の視界に映ったのは酒宴の跡だった。
辺りには白いローブを着た老若男女が泥酔し、転がっている空き瓶はもちろん。
辺鄙な土地には不釣り合いな料理の数々が、低い長テーブルの上で暇そうに並んでいる。
「…あなた、“果物を探してる”って言ってたわよね?それってこの中にあるの?」
周囲の様子に呆れつつ、フルーツが入ったボウルを指すオルドレッド。
そうであればどれだけ楽かと思ったものの、教団の腐敗を早々に見つけたからと言って、何もまだ解決はしていない。
消えた信者たちがどこへ消えたのか。
そして霧の正体は何なのか。
それらの謎を解くためにも、まずは寝こけている幹部たちを揺り起こす必要があった。