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236.霧の向こうの不気味な…

 オルドレッド。

 そしてロゼッタの2人から未練がましい視線を受けつつ、アデランテは平原をのんびり進んだ。


 周りに白ローブの信者たちがいなければ、日向ぼっこには丁度良かったろう。


「…ロゼッタたちは大丈夫そうか?」

【解散してまだ5分と経っていないが】

「それはそうだけど、あの2人。ココまで来る道中もたま~に睨み合ってたろ?喧嘩したりしてないかなって」

【ならば始めから貴様が小娘を見ていれば良かったものを】

「ロゼッタがいれば危険なこともしないだろ?“ウーフニールの監視もある”事だし、何かあれば2人を頼むぞ?」

【……分身ができることなぞ、たかが知れている】


 溜息を零すような唸り声にクスリと笑い、気を取り直したところで、周囲を改めて見回す。


 辿り着いてから何1つ変わらない光景だが、会話をしたのは1人の老婆だけ。

 “交渉上手の正しい進め方”が日の目を見る機会に、勇み足で円状に座るグループへ近付いていく。

 

「やぁ!はじめましてだな。私はぁー…」


 出会い頭の勢いに任せ、自己紹介をしようとしたのも束の間。

 声を掛けても白ローブの一団は反応を示さず、顔を覗き込めば誰もが虚空を眺めている。


「…おーい、聞こえてるか?私は冒険者をやってるんだが…もしもーし」

「……どうかされましたか」


 懸命に話しかけていると願いが通じたのか。

 声を掛けていた人物とは別の男が反応を見せるも、その目に力は宿っていない。

 

 生気のない話し声に不安さえ覚えたものの、顔はしっかりアデランテに向けられていた。


「…なにかの途中だったのなら済まない。時間があるなら少し話を聞いても良いか?」

「答えられることであれば是非」

「忙し…いところすまないな。それじゃあ聞きたいんだが、この集まりは一体なんなんだ?」

「旅路への準備をしているのです。我らの罪をこの地で降ろし、新たな過去をやり直すために」

「……新たな、“過去”?」


 不思議な文言はこれまでも繰り返されてきたが、理解するには情報が足りないのか。

 だからこそウーフニールに声を掛けるも、結果は芳しくなかった。



 その後の会話も要領を得られるものはなく、内容は“旅路”と“罪”と“過去”のことばかり。

 

 仮に罪と過去を捨て置いたとして、その先はどこへ向かうのか尋ねても、やはり明確な答えは返ってこなかった。


「…邪魔したな」


 呆れ混じりにその場を後ずされば、そそくさと次のグループを探す。

 

 しかし最初に話しかけた一団が比較的“まとも”だったのか。いくら話しかけても、暖簾(のれん)に腕押し。

 あるいは砂漠に一滴の水を零すように、成果と呼べるものは全く無かった。


「次は…納屋の方にでも行ってみるか?」


 独り言同然の問いかけに返答はなく、肩を落としながら移動するが、遠近法も手伝ってか。

 馬車の時と同様に佇む、巨大な納屋の存在に思わず息を呑んだ。


「……こんな辺鄙なところで、何でもかんでもデカく作る神経が私には理解できないな…相槌くらい打ってくれてもいいんだぞ?」

【サッサと中へ入れ】


 辛辣な相槌につい笑ってしまい、直後にキュッと絞まった首元が、アデランテの注意力を引き戻す。


 軽く咳払いして喉を落ち着かせれば、いざ納屋へ踏み込んだのも束の間。

 途端にカビや湿気が鼻腔に押し寄せてくるや、思わず引き下がりそうになった。


 死臭とは異なる不快感に顔をしかめるも、すぐに嗅覚を遮断してくれたのだろう。

 機転の早いウーフニールに礼を言い、改めて室内を見渡すが、そんな状況下でも人はいるらしい。

 ポツポツと立つ蝋燭の明かりに映る白ローブの信者たちは、あちこちでうずくまっている。


 いくつもの階層で分けられた屋内は一見迷路にも見え、寝床は二段ベッドやハンモックで構成されていた。


「陰気臭い場所だなぁ…」


 ふと零した溜息すら汚染されそうな空気に、やはり踏み込むのは気が引ける。

 それでも“調査”のため。


 何よりもサッサと納屋から抜け出すため、渋々室内を歩いてみるが、活気と呼べるものは微塵もない。

 顔を覗き込むのはもちろん。声を掛けてもろくな反応もなく、時折聞こえるすすり泣きが不気味に感じる。


「…いっそ大声出してさ。反応した奴に話を聞くってのはどうだ?」

【注目を引く真似は控えろ】

「そうは言ってもこのままじゃ、ただブラブラ歩くだけで終わっちまう…ん?」


 階層を半分以上も登り、腰に手を置いていた時だった。

 ふとベッドの脇に隠れた影に気付けば、素早く回り込んで相手の逃げ道を塞ぐ。

 

 突然の登場にさぞ驚いたのか。倒したロウソクを慌てて消していたが、闇に慣れた瞳には不健康そうな青年の顔が映る。


「ふむ。あんたは口が利けそうだな。ココで何をしてるんだ?」

「ヒィっ…!」

「落ち着けって。危害を加えるつもりはないし、話したくないなら消えるから…で、こんな場所で何をしてるんだ?」


 出来る限り笑みを浮かべたつもりが、顔は覆面で隠されている。

 その事を忘れてしばらく返答を待っていると、おずおず青年が口を開いた。


「か…過去に戻りたくて…やり直したくて…」

「……そのくだりは何度も聞いてるが、実際にどうやって戻るって言うんだ?まさかクスリで幻覚を見る事がそうだとは言わないよな?」

「ひぃ!…ぼ、ぼくも最近来たばかりでよく分からなくて…で、でもすぐに“その時はくる”って司祭様に…」

「司祭ってあのバアさんのことかな。あんたは薬を使わなかったのか?」

「な、なんか怖いじゃないですか。最初は落ち着くからって言われてたのに、ここ来てから(みそぎ)だとか言われて飲まされて…で、でも逃げたくとも荷物は全部取られたし、で、でも本当に過去へ戻れるなら…」


 うじうじする青年に時間は掛かったものの、ひとまず理解できたのは、納屋にいる集団が薬の副作用で廃人同然であること。

 そして外にいる一団は適性があったのか。今も日向の下で、円を組みながら空を仰いでいる。


「…最近来たってことは、これ以上の情報も無さそうだな」

「な、なんかすみません……あっ、でも1つ変なことがあって…」


 それまで俯いていた青年が、ふと顔を上げたのも束の間。

 どこからともなく聞こえた異音に、アデランテもまた頭上を見つめれば、どうやら雨が降り始めたらしい。


 吹き抜けの納屋に雨音が木霊し、寝るには騒がしい空間だと。

 溜息を零しながら次の情報提供者を探すべく、再び顔を降ろしたアデランテの視界には、それまで座っていた信者たちが立ち上がっている姿。

 

 そして次の瞬間には我先にと階下へ駆け出し、雨音が聞こえてきた頃には納屋がもぬけの殻になる様相を目の当たりにした。


「……なにがどうなってるんだ?」

「さ、さっき言おうとしたことです…そ、外に行けば何が起きてるか分かりますよ…」

「…あんたは行かないのか?」


 青年をチラッと一瞥するが、血の気が引いた彼は顔をぶんぶん振る。

 そのままどこかへ消える背中を見送れば、階段も無視して颯爽と1階へ着地。

 扉を抜けて外に出ると、予想通り雨が視界の端まで降り注いでいた。


 室内で響く音に負けない豪雨に、普通であれば屋外にいる人間はおろか。獣でさえ雨宿り場所でも探していたろう。



 しかしアデランテの目の前に映るのは、雨の中で踊り騒ぐ信者たち。

 満面の笑みを浮かべながら空を仰ぎ、その光景に顔をしかめていた時。


 気付けば上空に掛かっていた雲が、少しずつ地上へ降りてきた。

 霧のように彼らは包み込まれ、狂乱の渦に身を委ねていた信者たちは、徐々に霞の中へと消えていく。


 それまで聞こえていた笑い声も雨音が塗り替え、やがて元の景色が戻ってくるものの、そこにいたはずの集団は殆ど見当たらない。

 残されていた信者もしばらく踊り続けていたが、突如彼らを操っていた糸でも切れたのか。


 それまでの騒ぎも途端に収まるや、次々跪いて涙を流し始めた。


 むせび泣く声が無ければ雨の滴が伝っているように見えたろうが、程なく彼らも落ち着いたのだろう。

 立ち上がれば肩を落としながら歩き出し、納屋へと次々戻ってくる。

 

 思わず脇に退けばアデランテに見向きもせず、最初に見た室内の光景が再現されるに至った。

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