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233.道すがら

 茂みが悲鳴を上げ、森が奇声を轟かせるなか、身も凍るような雄叫びが一帯に轟いた。

 熟練の冒険者であろうと一瞬固まるであろう状況も、しかしアデランテたちが怖気付くことはない。


 むしろ亀の甲羅から覗く、猿の頭と四肢を持つ魔物を追っている側だった。


「ちょっと!あなたが先回りしてくれてるんじゃなかったの!?」

「転がってきた時に轢かれたんだ!すまないッ」

「ころがっ…それであなた生きてるの!?ウソでしょ?」

  

 魔物に負けじと声を張り上げれば、オルドレッドの矢がその進行先に突き刺さる。


 直後に煙幕が噴き出し、脚が止まると同時にアデランテが片脚に斬撃を。

 オルドレッドがさらに矢を放ち、残る脚の機動性を奪っていく。


 ようやく追跡は終えたものの、負傷した獣ほど恐ろしいものはない。

 血走った瞳を2人に向けるや否や、口内から毒液を勢いよく吐き出した。


 煙幕に混じった紫煙は禍々しく立ち込め、見えない魔物に向けて放たれた矢も、甲羅で弾かれた音が聞こえる。


「…籠城されちゃったわね。あの調子じゃあ、夕飯は魚でも釣るしかないのかしら」

「当分は出てこないのか?」

「臆病な性格だから、1度あの状態に入ったら意地でも出てこないわ。毒液も致死性だから近付けないし…」

「突然襲ってきたのは向こうだぞ。それで臆病なのか?」

「弱い犬ほどよく吠えるって言うでしょ?…でも残念ね。甲羅の中は珍味で有名なのに…」


 狩りの失敗にオルドレッドが肩を落とすも、一方でアデランテは目を輝かせていた。

 撤退を進言するパートナーを尻目に深く息を吸えば、その挙動で次の行動が予測できたのだろう。


 咄嗟にアデランテを制止しようとしたが、その時にはすでに走りだしていた。 

 紫煙の中に消えた背中を追いかけたものの、やがて魔物の甲高い奇声が響くや、徐々に煙の層が薄くなっていく。


 首を伸ばしてアデランテを待てば、程なく悠然と佇む勇姿が視界に飛び込んできた。


「はっはっは!これで今夜は珍味にありつけるな!……オルドレッド?」


 勝利の宣言を高らかに上げ、剣を鞘に納めたのも束の間。

 戦闘中でさえ見せなかった形相を浮かべた彼女が、ツカツカと早足で迫ってくる。


 いまだに慣れない気迫に後ずさるも、魔物の死骸が後退を邪魔した。


「あなたねぇ!毒霧の中に突っ込んでいくなんて正気じゃないわよ!!」

「…確かに食欲を優先させたのは悪かったと思うが…」

「何を寝惚けたこと言ってんのッ?自分をもっと大事にしろって話よ!私だけじゃなくて、もう1人あなたを必要としてる人がいるんでしょ?」

 

 肩を揺さぶる勢いで捲くし立てられるも、ふいに茂みが揺れて2人の注意が移される。


 頭に葉っぱを乗せたロゼッタが顔を覗かせ、魔物を一瞥したのは一瞬だけ。

 すぐさまその場から駆け出せば、アデランテの足にしがみついた。


 埋めていた顔をグッと上げ、ぴょんぴょん跳ねだした彼女を、軽々と持ち上げる。


「暗くなる前に夕飯の支度をしよう。今日は珍味を食べられるらしいぞ?」


 それまでのやり取りを忘れたのか。ロゼッタをあやすように告げるアデランテに、オルドレッドの鋭い眼差しが突き刺さる。

 

 もっとも彼女の視線も、すぐに金糸の少女へと移された。

 まるで自分のものだと主張するようにアデランテの首に腕を回し、緑の瞳をジッと向けてくるからだろう。

 

 互いにしばし無言であったものの、その後も会話が交わされる事はない。

 夕餉の準備まで淡々と済ませ、魔物の蒸し焼きにアデランテが舌鼓を打つまで、2人の睨み合いは延々と続いた。


「え~っと…お、オルドレッドも言ってたけど、結構おいしいぞ?」

「ふふん、そうでしょう?甲羅の蒸し焼きなんて調理法は、“私がいてこそ”知れたと思わない?ちなみに最初にも伝えたけれど、手足と頭は食べられたものじゃないから諦めなさい」

「むぅ…私ならイケそうな気も…ん?どうしたロゼッタ」


 土に埋めた不可食部位を恨めしそうに眺めるや、胡坐の上に座っていたロゼッタに引っ張られる。

 注意を引いた途端に口を開き、無言の要求に「あーん」と食べさせた直後。


 突如跳び上がったロゼッタが首元に抱き着き、肉を咀嚼しながらオルドレッドを見つめる。

 “自分だけの特権”とばかりの様相に、焚火から離れた場所で火花が散り出す。


「…そ、そういえば連中、無事に昇級できてよかったな」


 不可解な沈黙に耐え切れず、思わず食べていた手をアデランテが止める。


「……そうね。教え甲斐もあったし、銅等級に上がれたのも結局は、あの子たちが最後までついてきたからだものね」

「審査を受かったって聞いた時の冷静さは、オルドレッド教官譲りってところかな」

「その呼び方はやめて」


 それまでずっとロゼッタに向けられていた瞳も、ようやくアデランテへと戻される。

 いまだに怒りは収まっていないようだったが、教官の日々も悪くはなかったのだろう。

 いくらか落ち着いた様子にホッと胸を撫で下ろせば、夕飯の続きを再開する。



 ブラッドパックの昇級後、ギルドから正式な雇用要請を受けたものの、“もちろん”即答で拒否。

 潤沢な給料や住処の話も蹴り、おかげでオルドレッドの“青空教室”案も無事に通った。

 

 それから世話になった関係者たちに挨拶して回り、多くは動揺と引き留めの声を返してきたが、いつか必ず街へ戻ってくるようにと。

 

 まるでギネスバイエルンが3人の故郷だと言わんばかりの別れを、誰もが温かに伝えてくれた。


「――…ところで仕事って、何をする事になっているのかしら?」


 冒険者だった日々を思い返していると、オルドレッドの発言で現実に引き戻される。

 魔物の肉を燻製にしながら見つめてくる彼女に、当然の如く言葉が詰まった。


「……あぁ~……探し物、かな?」

「具体的には?」

「………くだもの?」


 同行するからには、下手な誤魔化しもきかないだろう。

 しかし目的地の名前はおろか、指名された物の名称も憶えていない。


 “果実”と聞かされていた単語を覚えていただけでも、アデランテにとっては大きな進歩だった。


 

 もっともオルドレッドからしてみれば、どの道お気に召す答えでは無かったらしい。

 調理する手をピタリと止めるや、訝し気に視線を向けてくる。


「…まさかご当地グルメでも手に入れてこいって話?そのためにあの子たちと別れっっ…って、私が口を出す話でもなかったわね。無理を言ってついてきたのもそうだし、あなたに依頼したってことは、それだけ入手が困難な果物なのかしら…」


 怒りの形相もすぐに萎れ、それもすぐに冒険者の顔つきに戻る。

 恐らく目的の品に関する情報を、彼女の膨大な経験則から予測しようとしているのだろう。


 “アデランテの実力”。

 “入手困難な果物”。

 

 そんな単語が脳内で検索されている様子が、ありありと彼女から伝わってくるが、“内なる怪物”がいればそのような手間は必要ない。

 

(…ウーフニール。もう1度だけ教えてもらっていいか?)

【なぜだ】

(何でって、目的が分からなきゃいざって時に困るからだよ)

【必要な時に伝える】

(だから何で今教えてくれないんだよ!?)

【貴様が迂闊に話す危険性があるからだ】


 得意気に話しかけたのも束の間。彼からの冷ややかな応答に、それ以上返す言葉が浮かばない。

 オルドレッドの知識より“融通”は利かないが、それでも精密さには自信があった。

 


 そう自分に言い聞かせながら肉を頬張れば、不思議そうに首を傾げるロゼッタの頭を撫でた。

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