231.逆三者面談
「ただいまー!」
ロゼッタの肩に頬擦りしていたリンプラントが、ハッとなって顔を上げる。
咄嗟に少女を隣へ座らせれば背筋を伸ばし、改めて玄関に向き直ったのも束の間。
「…あれ?ソラミエのパーティを探してたギルドの…」
賑やかな行進も途端に途絶え、アマナがキョトンとした様子で見つめてくる。
続々と入ってくるメンバーも次々足を止め、ギルド職員の訪問に困惑しているらしい。
まるでバリアに阻まれたように佇むが、コホンと咳払いすれば毅然と一行を眺めた。
「あ~、気にしないで気にしないで。アポ無し訪問してどんな感じかな~ってチェックしに来ただけだから~…でも最初に会った時と比べて、随分と勇ましくなったねぇ。一瞬誰かと思っちゃったよ~」
へらへら笑うリンプラントに猜疑心は残るも、悪い気はしなかったのだろう。
互いに見合いながら口元を綻ばせるが、一方で背後に佇む見慣れない集団が目を惹いた。
“ブラッドパック”より一回り若く、装備から見ても冒険者である事は一目瞭然。
しかしギルドの新人教育対象には該当しておらず、もしかすれば知らない間に増えていたのかもしれない。
宿へ来る前に確認しなかった事を後悔するも、言い訳をすれば事件の捜査に追われていて、他の事柄に頭が回らなかったのも事実。
ただギルドを通さずに増員されても、経費の問題がある。
咄嗟に質問をしようとしたが、やがて宿に来た“もう1つの理由”――の隣に立つ、険しい表情のオルドレッドが手を叩いた。
「はいはい。休んでないで、稽古の続きでも裏庭でしてなさい?私たちもあとで行くからッ」
毅然とした声に飛び上がった一行は、我先にと奥へ走り去って行く。
リンプラントへも忙しなく挨拶を残し、やがて残ったのは大人3人、子供1人。
そしてロゼッタの傍に居座る、黒い大きな犬だけだった。
「…場所。移しましょうか?」
短く告げたオルドレッドが歩き出せば、顔を覆うアデランテもあとを追う。
ロゼッタもついて来ようとしたが、すかさずウーフニールが前進を阻んだ。
「すぐ戻るから、な?」
口をへの字に曲げる少女に、慌ててアデランテが付け足す。
その姿はまるで猛獣を宥めるようであったが、しばしの膠着の末、ぷいっと踵を返して奥に走って行った。
新米たちの下へ向かったのだろうが、振り返りもしなかったロゼッタに、落ち込んでいる暇はない。
ギルドの職員として。
何よりも足早に2階へ向かう2人に置いていかれないよう、空室の1つに消えた背中を追う。
「さ、何の要件かしら?」
部屋に踏み込むや否や、中央で佇むオルドレッドに注意を移すと、背後で扉がパタンっと閉められる。
壁に寄り掛かっていたアデランテが、逃げ場を妨げるように。
そしてオルドレッドが挟撃するように、リンプラントを睨みつけてくる。
「……あの~…あたし。何か警戒されるようなことしたっけ?ぜんっぜん覚えがないんですけど~」
「…これがあなたの言ってた、“たまには街に返してやらないと”ってやつかしら?」
「ははっ、肩が凝る生き方だろ?」
野性的な眼差しと空気も一変。途端に和らいだ両者に、リンプラントは戸惑いを隠せない。
ただ一方で“2人だけの空間”にムッとなり、軽く咳払いして注意を一瞬で引き付けた。
「今日来たのは“アデライトさん”にお願いしたブラッドパックの子たちが、元気にやってるのか確認しに来たんですぅ。もちろん腕前を疑ってるわけじゃないけど…なんか知らない子たちが増えてなかった?一応依頼はブラッドパックのメンバー“5人分”の養育、だった気がするなぁ~…」
首を傾げながらアデランテを見つめれば、耳を上下に揺らしたオルドレッドが咳払いで応える。
「ギルドに追加で申請したら、あっさり増員の話も通ったわよ?」
「何でも彼らは孤児だったらしくてな。その説明をしたら数秒で手続きも終わったんだが…」
「ふ、ふ~ん…そうなんだぁ」
2人の返事に至って冷静に相槌を打ったつもりが、つい声が震えてしまった。
ギルドには逐一変化を報告するよう伝えたはずだったものの、思えばここ最近は音沙汰がなかった。
恐らくドゥーランが仕事の妨げにならないよう、余計な指示を出していたのだろう。
苛立ちが一瞬浮かび上がったが、すぐさま気を取り直して一呼吸置く。
「え~っと、店主が出掛けてるって聞いたんだけど、しばらくは帰ってこない感じ?」
「…昨日ギルドから“孤児院としての経営を検討しないか”って連絡がきたから、それで今出かけているはずなのだけれど……あなた、本当にギルドの職員?」
「も、もちろんデスヨ!?…えっとついでに聞くようでアレなんだけど、最近街で何かあったりしない?熟練の冒険者のお2人の耳に入るような感じの…なんかそんな話」
しどろもどろに尋ねるリンプラントは、さぞ怪しく映った事だろう。
オルドレッドの瞳もアデランテに向けられるも、ウーフニールの追認が、首を上下に動かす。
身元が保証できたところで嘆息が零され、豊満な胸が腕組みと同時に持ち上げられる。
「最近は森と宿の往復しかしてないから、街の事なんてサッパリよ…あなたはどう?」
「……知らないな」
しばしの間を置いて、アデランテもまたポツリと答える。
オルドレッドと共に過ごしていたのなら、同じ結論が出されるのは当然だろう。
その状況自体は面白くないものの、腕利きの2人が何も知らないのなら、情報統制も十分できているに違いない。
住民の間に囁かれる“黒い怪物”の噂も、消えるのは時間の問題に思えた。
「それより私たちの提案は検討されてるの?新米パーティにそれぞれ冒険者をつけるんじゃなくて、試験官数人が教室でも開いた方が効率的よ?」
「…あ、あぁ…え~っと、実はあたしの担当ってわけじゃないから、そこらへんがどうなってるのかよく分かって無くて…」
「じゃあ何しに来たのよ」
「ナニって、アデライトさんにパーティを紹介したの、あ・た・し、だからっ。なんて言ったって、あたしとアデライトさんの仲だもの~…あ、そうだ!あのさ、メアリーって何処にいるか知らない?」
「…めありぃ?」
矢継ぎ早に繰り出すリンプラントの意味深な笑みに、オルドレッドの鋭い眼差しが浴びせられる。
もしもアデランテが傍にいれば、腕に抱き着いてさらに煽っていたろうが、どうも様子がおかしい。
まるで記憶にないとばかりに首が傾げられ、不思議な反応に思わず疑問符を浮かべた直後だった。
「あぁ、そうだ!“元”大学長の行方は掴めたのか?」
閃いたような反応に、やっと思い出してもらえたかと。
しかし続いて紡がれた見当違いな言葉に、げんなりしながらリンプラントは口を開く。
「…少なくとも街にはいないから、あたしからは何も出来ないかな。そもそも大学の場所も分からないし」
「守秘義務よ」
「はいはぁ~い。大学に伝手がある人は皆そう言うんだよねぇ~…ギルドと疎遠になってくわけだよ」
「……あなたね。さっきから思っていたのだけれど、ギルド職員だからって随分偉そうにしてるじゃない。腰を低くしろ、とは言わないにしても、話し方に気を付けた方がいいわよ?」
「あやや~。やっぱり“長寿”なダークエルフさんは、お小言が多いよねぇ。アデライトさんも大変じゃなぁい?何ならあたしが変わろっか~?」
軽口を叩きながらアデランテの傍に歩み寄れば、瞬く間に腕に抱き着いていた。
初めて会った頃は全力で避けられていたのに、何故こんな事が出来たのか。
我ながら驚いていたものの、男に抱き着く感触は久しぶり。
逞しい腕と力強い鼓動に身体を預けるも、知らぬ間に迫っていたオルドレッドに、“2人の時間”は一瞬で壊される。
「確かに時間で考えれば、人間より長生きはしているけれどねッ。人間年齢では18歳くらいなのよ!」
「うそぉー!?あたしで23なんですけど!?!絶対サバ読んでるでしょ!?」
「読んでないッッ……そういえばアデライトの歳っていくつなの?」
「私か?17だぞ?」
2人の間でバチバチ火花が散っていた傍らで、何の気なしに告げたつもりだったのだろう。
朝ご飯の献立を話すように口を開いた刹那。
「――うそぉぉおーーーッッ!?」
息の合った声が左右から響き、同時に覆面を一斉に引っぺがされる。
乙女の瞳が舐めるようにアデランテの顔を見つめ、両頬をぷにぷに指先で押された。
「…あたしより年下だとは思ってたけど……ウソでしょ?絶対ウソっしょ?」
「17って、あなた成人になり立てじゃないのよ!!?それであんな人間離れした動きをしてたのッ?」
「人間離れって…オルドレッドも18歳くらいなんだろ?なんで私だけ疑われなきゃいけないんだ?」
「ダークエルフと一緒にしないで!おまけに傭兵稼業やって、古傷まで付けてるとか、一体どんな親持ってんのよ!もぅ決めた!!アデットを見つけたら、あなたも連れて文句を言いに行ってやるわッ」
「へいへぃ!!なんか情報いっぱい出てきたけど、アデライトさん傭兵だったの?それにアデットって誰?」
「部外者は黙ってなさいッッ!」
ますます熱くなる会話に、アデランテが口を挟む余裕は一切ない。
左右の腕が胸に挟まれる感触すら覚える暇もなく、やがて意識も視界も徐々に遠ざかっていく。