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227.忍び寄る業火

「――…くっそ!何だってんだよっ!!」


 業火に呑まれる倉庫の中、男が大声で悪態を吐く。

 

 “商品”が燃えていく様相はもちろん。“ご主人様”をおいて逃げた子供たちへの苛立ちが隠せない。

 彼らを折檻する事に意識を割かれるなか、おもむろに感じた熱気が男の意識を引き戻す。


 仲間の呼びかけも耳に届き、ようやく危機意識を覚えたのも束の間。


「…てめぇら。どっから“火”が飛んできたか見なかったか?」


 冷静になれば脱出を考えるよりも先に、まずは火元の確認を行なう。

 

 突如出現した炎の壁まで記憶を遡り、次に思い浮かべたのは、背後から噴き出した炎の球。

 それによって子供たちは逃がされ、目玉商品の娘まで連れ出されている。


 必然的に協力者の――むしろ少女の関係者の存在が脳裏をよぎり、おまけに魔術まで使うときている。


「……散開しろ。まずは“目撃者”の始末が優先だ」


 孤児たちの“証言”など、それほど重要視はされないだろう。

 何かあれば衛兵たちが揉み消すはずだが、護衛がいるとなれば話は別。

 不安要素を潰さない限りは、脱出したところで気が休まるはずもない。

 

 その想いは仲間も同じらしく、加えて彼らは腐っても冒険者。

 稼業に子供を使っていようとも、魔術師に接近戦で負ける道理はなかった。


「使われた魔術は炎…恐らく相手は1人だ」

「足音も聞こえなかったからな。瓦礫を燃やされた時は動転してたが、そっから倉庫を抜け出す気配は感じなかった」

「見つけ次第、始末してサッサとこんなとこ出ようぜ」

「余裕があれば何でもいいから情報を引き出しとけ。雇用主でもいりゃ、あとあと取引材料に使える」


 熱風にも構わず男たちが頷けば、慣れた足取りで一帯に散開する。

 木箱の影も隅々まで見回り、炎の明かりに煌く武器が男の殺意を反射した。

 

 情報を引き出す前に刃を振りそうな気迫は、歩き回る度に見える商品の残骸のせいだろう。


 消し炭と化した景色は殺意をも燃やし、順調に通路を辿った彼の足も、ピタリと入口で止まった。


「…施錠されたまんまか……まだ中にいんのか?」


 ジッと見下ろした先には、しっかりと南京錠や鎖が付けられている。

 彼らが帰ってきた時に施錠した扉は、特にいじられた様子はない。


 訝しみながら踵を返せば、燃え上がる倉庫へ再び足を踏み出した。


「侵入経路は野放しにしておいた“ネズミの穴”…そうなればガキ共が言ってた邪魔な連中も、後ろ盾がいるってことか?くそっ」


 想像の域を出ない予想も、同時にもっとも合理的な結論に導かれていく。

 商売敵の存在に舌打ちすると、ますます歩調を速めるが、ふと鼻先を掠めた臭いが進行先を決めた。


 火元から離れた空間に違和感こそ覚えるも、やがて臭気が木箱の裏から漂った時。

 燻る香りと共に顔をしかめれば、黒焦げの焼死体が視界に飛び込んだ。


 周囲に散乱した装備品から仲間のものだと理解できたが、どうにも様子がおかしい。


「火元の反対側だってのに、どうやれば全身が黒焦げて…」


 最初に浮かんだ疑問を口にするや、ハッと顔を上げて素早く周囲を見回した。

 

 恐らく侵入者に奇襲をかけられ、悲鳴を上げる暇も無かったのだろう。

 炎に包まれた空間で冷静に攻撃を仕掛けるあたり、相手は恐ろしいほどの手練れ。

 単独で行動していない可能性も加味すれば、1人で捜索している状況は得策ではない。


 即刻元来た道を戻ると、仲間の姿を追い求めるが、やがて2つ目の死体を通り過ぎた時だった。


 突如木箱から飛び出した人影に、思わず剣を振り降ろしかけた。


「うぉおおわぁあ!?…ってなんだ、お前かよ。こっちはすでに2人殺られて…おい」


 仲間に何度も声を掛けるが、目を合わせているはずの彼から、生気と呼べるものは感じられない。


 瞳も焦点が合っておらず、恐る恐る肩に触れた途端――バタンっ、と。

 力なく倒れ込んだ“ソレ”には、片腕が1本。

 さらに足も一部が千切られており、一瞬意識の遠のきを覚える。


 周囲の熱気さえ忘れる恐怖が背筋を這い上がったが、そんな思考を振り払うように、目まぐるしく脳が回転した。



 相手が魔術師である事は間違いない。

 しかし仲間の残骸から、明らかに噛み切られた痕がある。


 獰猛な獣でも引き連れているのか。

 それとも噂に聞く、魔物を売買する組織に目を付けられたのか。



 瞬時に覚えた危機感で我に返れば、早々に残った仲間を探す事に目標を切り替えた。


 仲間意識などではなく、目を付けられた以上は単独行動などもってのほか。

 街を出るにしても、最低1人は背中を預ける人手が必要だった。


 

 それでも倉庫の惨状から考えるに、探せる時間も限りがある。

 最悪の場合は1人で脱出する事も念頭に置くが、幸い聞こえた物音が仲間の居場所を示してくれた。


 多少は喜ぶべきとはいえ、響いてくるのは戦闘音。

 ゲンナリしながら接近すれば、やがて開けた空間に辿り着いた刹那。


 目と鼻の先に、1本の矢が突き刺さった。


「…急に出てくんじゃねえよ」

「こっちのセリフだゴラぁぁあ!!殺す気か!?」

「黙ってろや!今それどころじゃねえんだっ」


 互いに睨み合い、怒鳴り合っていたのも数秒だけ。

 途端に仲間が顔を背け、狩人のように弓を構えれば、ようやく状況を理解する。


 弦を絞る手には剣が握られており、それだけ追い詰められた状況なのだろう。

 すぐに背中を預ければ、素早く辺りを警戒した。


 ここまでの緊張感は、一体いつ以来だったろうか。

 

「…状況は」

「……黒い野良犬…」

「くろいノラ…はぁっ!?」


 一瞬聞き違いかとも思ったが、その瞳に偽りはない。

 仲間の噛み殺された姿を思い出して腑に落ちた部分もあったとはいえ、では炎はどこからきたのか。

 

 瞬時に辿り着いた答えは、魔術師が引き連れた犬――それも相当鍛えられたろう練度に、少なくとも魔物ではなかった事にホッと一息吐く。


 しかしビクついた仲間の背中に反応し、咄嗟に振り向いた刹那。

 


 矢じりが向けられた先を辿るや、木箱の山に立つ巨大な影を捉えた。

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