224.ロゼッタの冒険劇3
青年の集団に従い、人通りの少ない道を歩くこと数十分。
街外れの使い古した倉庫に辿り着くが、表は厳重に南京錠と鎖で縛ってある。
扉の錆具合からも長年使われていないらしく、建物も風雨でかなり劣化していた。
にも関わらず青年の1人が扉を叩き、最初は強めに4回。
それから少し間を開け、チラッとロゼッタを一瞥しながら、軽くもう1回。
最後に黒い犬を慄きながら見つめるや、恐る恐る1度だけ扉を小突く。
特に反応もなかったが、青年たちにも変化はない。
そのまま扉を通り過ぎて行き、倉庫の脇を進んだところで木の板をどかす。
「…ほれ、サッサと入ってくれ」
ここまで案内した青年たちの内、3人がおずおずと入っていく。
最後の1人は木の板を持ち上げてくれるが、視線が常にウーフニールへ向けられているのは、純粋な恐怖からだろう。
ロゼッタの後を追えば、過剰なまでに犬から身を引いた彼を一瞥。
引き攣った表情に鼻息を漏らすと、気怠そうに入って行ったところで、ふと前にいた3人がいない事に気付いた。
直後にロゼッタの服に噛みつき、横へと強引に投げ飛ばす。
「いったぁ~い……もぅ、ウフニルなにす…ッ」
埃を払うように小さな首を振ったものの、緑の瞳の先では黒い犬が網に掛かっていた。
ロゼッタと目が合うも、そのまま宙へ勢いよく吊り上げられる。
「……へっ。これでお前を守るものは何もないぜ?」
続けて暗闇から声が聞こえ、あちこちに置かれた木箱の影から、大小様々な少年たちが進み出た。
内4人は入口のすぐ傍から現れ、3人は見覚えのある青年たち。
そして残る1人は、ウーフニールに網を落として吊り上げた新しい顔。
「キスクはどうしたよ」
入口を塞いだ青年が最後に入室し、ロゼッタの隣に立つ。
まるで自分の獲物とばかりの佇まいに、彼の仲間も良い顔はしていない。
「…“上”に呼び出し喰らって、今はいねーよ。んな事よりソイツ、仲間になるってツラじゃ無いよな。売り物ってわけでも……なんで連れてきた?」
「あー…まぁ~…なんつーか…」
歯切れの悪い青年に、彼の仲間たちも訝し気な眼差しを向ける。
しかし一方でロゼッタの落ち着きはもちろん。吊るされた黒い犬に至っては、暴れる素振りすら見せていない事が、彼らにとって不可解だったのだろう。
戻ってきた仲間も2人は体調を損ない、最後の1人も顔色が悪い。
かつてない空気に誰もが言葉を失うなか、髪を払ったロゼッタが腰に手を当てた。
「え~っと…あ、セキニンシャを出しなさい!じゃないとお話にならないんだけど!」
「…キスクは出掛けてるそうだ」
「きすくってだぁれ?」
「俺たちのリーダーだっつの」
「え~、じゃあ~…ロゼはだれとお話すればいいの?」
青年たちに負けじと困り顔を浮かべるや、緑の瞳がウーフニールに向けられる。
当然彼らはさらに理解が追いつかず、面倒事を持ち込んだ仲間たちへ皺寄せが行くも、ハッと我に返ったロゼッタが軽く咳払いした。
一瞬魂が抜けていたようにも見えたが、疑念はすぐさま花のような声に遮られる。
「えへん、おほん!…えっとね。ロゼがなかまになったら、どーゆーお仕事があるの?」
「……エイロット。テメーの獲物なんだろ」
なおも胸を張るロゼッタに、彼女を案内した青年へ匙が投げられる。
名指しで呼ばれた彼も戸惑っていたが、すでに仲間たちの感心も彼女から離れたのか。
犬を吊るした網は木箱に結ばれ、残る一行も各々が自由に過ごし始めた。
木箱に座る者や、寝転がる者。
ゴミ捨て場から拾ったであろう絨毯や椅子で寛ぎ、破れたトランプで遊ぶ者。
サイコロで賭けに興じる者まで様々だが、“仕事”が無い時の自堕落ぶりは、いつ見ても目に余るのだろう。
エイロットが溜息を零せば、流し目でロゼッタに視線を移す。
「ウフニル。おろしてあげて?」
「…リーダーが帰ってきたらな。で、話を聞くのか?聞かないのか?」
少女を連れてきた事を半ば後悔しつつ、渋々尋ねてみれば、ロゼッタが傍の木箱によじ登った。
それでもエイロットの目線にも満たないが、彼女の体長には興味もない。
見た目相応の小さな足を揺らすロゼッタに溜息を零しながら、同じく木箱に腰かけると、手短に“業務内容”を説明した。
そもそも彼らは、皆一様に冒険者の親を亡くした子供たちの集い。
ギルドと提携する孤児院で育てられたが、元冒険者の経営者は小悪党そのもの。
子供の受け入れで補助金を受け取り、彼らもまた冒険者に売られる事が殆ど。
銅等級の依頼にある“地形調査”を担う事もあれば、輸送ルートを襲撃して窃盗を繰り返す事で、“護衛”の需要を高める。
時折冒険者たちを尾行し、宿泊先を突き止める案件も任されていた。
「――あとは遠出する時の荷物持ちだろ?偵察と夜の見張りもさせられた事があって…噂じゃ囮にされた奴もいるって話でな……こういうのも何だけどよ。貴族にでも売られた方がまだマシだぜ?」
ロゼッタに渡したリンゴの半分を頬張り、小気味いい音を立てる姿からは、もはや悪人の面構えは見受けられない。
年相応に気怠さを窺わせ、最後の一口をパクっと放り込んだ。
「う~ん…でもね?ロゼは帰るところあるし、お金はいらないの。だからウフニルをおろしてあげて?」
「世の中金だぞ?贅沢な奴……ちなみに帰る場所ってのは、親戚とかか?なんつーかお前、親がいる感じがしねーんだよな…何となくだけどさ」
横に寝転びながらポツリと零せば、シャリっとりんごを齧ったロゼッタが、おもむろに顔を上げた。
まるでエイロットの話を理解していないのか、首を傾げる姿にまた溜息が零される。
可憐な見た目にも関わらず、仲間たちが手を出さなかった理由もよく分かった。
むしろ拠点に連れてくる事すら悩むほどであったはずが、それでも彼女を案内したのは、自分が“変わり者”だったのだろう。
顔を振って髪を払う彼女の容貌も、薄明かりに映える首筋も――金で売るのがもったいなくすらある。
「ロゼにもパパとママはいるよ?だからおろしてあげて?」
「…まさか犬に育てられたとか言わないよな」
「ふっふーん。ウフニルだけじゃなくて、アディもいるのです!」
「誰だよそれ?」
もはやロゼッタとの対話を諦めたのか。
話を聞き流しつつ新たにリンゴを取り出し、彼女が食べ終わっていない事を確認してから、しゃくりと齧りついた。
もっともロゼッタも催促する気はなく、ビシッと人差し指を正面で立てた。
「アディはナンバーワンな冒険者なんだよ!ものすっっごく強いんだから!」
「…等級は?」
「しらなーいッ」
「……ま、冒険者の“後ろ盾”なら俺たちにもいるからな。こっちだって利用できるなら、何でも利用してやるってこった」
「むぅー、そんなんじゃないってばー」
「無理すんなって。今はギルドが新人改革をしたせいで、俺たちの需要が一層高まってるからな。変に慕ってると後で痛い目に…」
つらつら“現実”を突き付ければ、頬を膨らませたロゼッタは半分不貞腐れて。
もう半分はりんごを頬張っているからで、端整な顔に残る幼さに、ついエイロットも笑ってしまう。
だが仲間の囁きや裏口の開閉音が、瞬時に彼の落ち着きを取り払った。
強力な後ろ盾であると同時に、最大の脅威が訪れた状況は、いつまで経っても慣れる事は無いのだろう。