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222.ロゼッタの冒険劇

「はい!まいどあり~。嬢ちゃんは可愛いから、もう1本おまけしたげるよ~。宿の女将さんにも宜しくなっ」


 頭をぽんぽん撫でられ、ニコやかな笑みを浮かべる店員に対し、ロゼッタはぴくりとも表情を変えない。

 ぺこりと頷けば踵を返し、店の外で見張っていた黒い犬と合流する。

 

「むぅ~…ニコってされるとロゼまでニコってしちゃいそうになっちゃうよぉ」

《無表情でいるよう指示した覚えはない》

「だってそうしないと、なんかしゃべっちゃいそうなんだもんッ」


 頬を膨らませながら寄り掛かってくれば、すかさずウーフニールが軽く押し退ける。

 僅かによろめきはしたが、途端に彼女は笑みを浮かべた。


 買い物かごを前に持ったまま、踊るように回転すると、再び身体を容赦なく預けてくる。


「……うしろの人。ずっとついてくるね…」


 垂れた耳元にポツリと零すや、ウーフニールが背後を一瞥する。


 商店街に入り込んでから青年に尾けられていたが、今やその数も2人。

 曲がり角で1人意味深な視線を送る少年が佇み、尾行と合流して合計3人になった。


《服装や容姿を見るに、孤児の類と認識したが……貴様にはどう“視えた”》


 再びロゼッタに視線を移せば、身体を起こした彼女は悩むように首を傾げる。


「んぅ~…なぁ~んかロゼをつれていったら、お金になるみたい。よくわかんないけど、イヤな感じ~」

《…貴様との因果関係は極めて薄いだろうが、調べないわけにもいくまい》


 溜息混じりの鼻息が漏らされるや、ロゼッタが頭をよしよしと撫でる。

 まるで他人事のように振る舞う彼女に、訝し気な眼差しを送るも、首を傾げる様子からやはり緊張感が伝わってこない。

 それでも騒がれるよりはマシだろうと溜息を呑み込めば、鼻を向けた先にロゼッタが歩き出す。


 そのまま彼女と分かれるが、路地に入った小さな身体は、すっぽり衆目から消えてしまう。


 

 直後に後ろから次々青年たちが入り込み、徐々にロゼッタと距離を詰めていく。

 辺りには誰もいなくなるが、それでも警戒を怠れないのか。

 

 しばらくは背後を何度も振り返り、その内の1人がふいにロゼッタの前へ回り込んだ。


「おぅ、カワイ子ちゃん。迷子なら送ってこうか?」


 壁に寄り掛かりながら行く手を塞ぎ、ぱっと見は少女を口説いているように見える。


 しかしロゼッタが一向に表情を変えず、怯えた様子を微塵も見せないからだろう。

 仲間に視線を移せば彼女に近付き、その白い腕を掴もうとした時だった。


 伸ばされた彼の手が不自然に止まり、路地の奥にゆっくり振り返れば、また別の青年たちの集団が立ちはだかっていた。


「…ここいらは、俺達の縄張りだ。“たかり”ならよそでやんな」

「……道理で小便臭い道だと思ったぜ」

  

 互いに牽制するように睨み合い、気付けばロゼッタを囲んでいた青年たちも、仲間と肩を並べていた。

 

 まるで少女を守る態勢ではあったが、単純に“獲物”を横取りされたくないのだろう。

 やがて火花が弾けかけるや、表通りから現れた少年たちが、退路を塞ぐように佇んだ。


 狩人が一瞬で狩られる側に回り、距離も少しずつ縮められていく。

 


 単純な頭数であれば相手が有利だが、入口を固める一行には、体格差では勝っている。

 仲間と見合って瞬時に行動へと移せば、走りだした青年たちは突如静止。

 

 フェイントを挟んで、地窓に次々滑り込んだ。


 どこの誰の家とも分からない地下室を飛び出し、幸い家主は留守だったのか。

 見咎められる事なく2階へ抜け、ベランダから屋上へ。

 それから屋根伝いに疾走し、“現場”からどんどん離れていく。


「おい、どうだ!まだ追ってきてるか!?」 


 先頭を走る青年が、振り返りもせずに怒鳴る。


「知るかよ、そんなのっ!大体セブンのくだらねー思いつきに、俺達まで巻き込むなよな!」

「そもそもキスクの縄張りで一儲けしようって考えが間違えなんだってば!」

「マートもミニスも1回黙れや!こいつさえ貴族にでも売れたら、こんなしょっぱい生活も終わるんだよっ。今は黙ってオレについてこい!」


 仲間を鼓舞したつもりだったものの、背後から聞こえる溜息が重い。


 確かに気乗りしない計画とはいえ、冒険者()を失った彼らに余裕などない。

 今日明日の食事を摂る事すら厳しく、何よりも明日は我が身。


 チラッと脇に抱えた少女を一瞥すれば、思わぬ収穫についほくそ笑む。


 

 もしも貴族にうまく取り入る事が出来たなら、今後も“ギルド”として仕事を請け負い、また強力な後ろ盾ができる。

 

 そうすればキスクの一団に怯える必要も、ひもじい思いもしなくて済む。

 少女もどういう生い立ちであれ、貴族に拾われるなら美味しい想いができるだろう。



 誰もが幸せになれるアイディアだったが、それでもセブンの疑念は尽きない。


 攫われているロゼッタが悲鳴も上げず、むしろ表情すら変えていない不可解さに、首を傾げようとした刹那。


「――セブンっ!前、マエ、まえっっ」

 

 マートの警告に前へ向き直れば、隣の建物は飛び移るには高すぎた。

 背後の2人は慌てて急停止したが、よそ見をしていたセブンには時間が足りない。

 

 もはや出来ることは速度をさらに上げ、屋根の端を勢いよく踏み出せば、そのまま窓を砕いて転がり込んだ。


「…痛てててっ。おい、大丈夫か?」


 床に敷き詰められたガラスを軋ませながら、素早くロゼッタの容態を確認する。


 “商品”が傷ついてしまっては、信用問題にも関わってしまう。

 パッと見る限りは特に変化はないが、ふいに緑の瞳が向けられている事に気付いた。


 まるで吸い込まれそうな。

 何よりも改めて正面から見据える、歳不相応の美貌に、つい見惚れてしまったのも束の間。



 キィィっ――と。


 彼らがいる部屋の扉がゆっくり開かれ、咄嗟にロゼッタを背後に隠した。



 まさかもう追いつかれたのか。

 あるいは部屋の住人が戻ってきたのか。


 どちらにしても不法侵入には変わりなく、ガラス片を掴んで最悪の状況に備えるも、現れたのは黒い犬が1匹。

 それも見覚えのある犬種に身体の力が抜ければ、スッとロゼッタが立ち上がった。


 何事も無かったように扉へ向かい、静止の言葉が喉まで出かかった直後。



――グルルルルルゥゥゥゥウウッッ!!



 途端に牙を剥き出しにしたウーフニールに、思わず背後へ後ずさった。

 

 1歩。2歩と。

 重い足音を響かせ、今にも喉へ噛みつきそうな気迫を漂わせていた矢先。


「――だめなのッッ!」


 建物を震わせかねない唸り声に対し、小鳥の囀りのような声音が犬の凶行を止めた。

 ポカンとするセブンを置いてけぼりに、すかさずロゼッタも進み、やがて扉に着いたところで踵が返される。


「…わるいことをしてもね?わるいことしか返ってこないんだよ?だからもぅおしまいねッ」


 「めっ」と子供を叱りつけるように人差し指が立てられ、そして言いたい事を言えて満足したのか。

 ニコリと蠱惑的な笑みを浮かべたロゼッタは、友達の家から帰るように部屋をあとにした。


 まるで妖精を彷彿させる彼女の存在に、セブンが惚けていたのも一瞬だけ。

 彼女の後ろ姿を隠すようにウーフニールが立ちはだかれば、恐ろしいほどの一睨みを利かせて去って行った。



 それからセブンの仲間が迎えにくるまで、彼がその場から動く事は無かった。


 いつまでも部屋に留まっていたのは、窓に飛び込んだ際の反動だと伝えたが、口が裂けても犬に怯えたことだけは言わなかった。

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