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220.夜間講義

 1日と開けずに再び森へ踏み込むが、冒険者たちの顔色は一様に暗い。

 とっぷり陽が沈んでいるのとは関係なく、全ては予想ができない、教育者の訓練計画の賜物だろう。


 加えて今は、レッドブルの討伐時と違って大荷物での移動中。

 僅かな私物を宿に残し、殆どの荷を背負った状態で、森の中をふらふら進んでいく。


 もちろん足元が覚束ないのは、疲労が原因などではない。


 新米と言えど冒険者。

 体力はいまのところ問題ないが、あるとすれば行き先そのものだろう。



 指示を出したのはオルドレッドでありながら、先頭を歩くのはアマナたち。

 それも“いつも通り行軍するように”と言われているだけで、他に何の説明も受けていない。

 

「…なんか人気(ひとけ)の無いところに連れてかれて、処刑される兵士って気分だな。冒険者一の美男子、ジーオ様の冒険もここで終わ…痛てっ!?」

「不穏なこと言わないでくださいよ!ただでさえオルドレッドさん目つき怖いんだから…」

「アデライトさんも顔ずっと隠してますしね。でもすぐに手を出すのは、マデランの悪い癖ですよ」

「デクスに賛成するわけでも無いし、あたしが言うのもなんだけど、もう少し女らしくした方がいいぜ?」

「……皆一旦落ち着いて。ともかく移動を続ければ、ちゃんと説明もされるはずだから」


 背後を振り返り、距離がある事を確認したからか。

 小声で会話を始めるが、中には溜息混じりの声音も聞こえてくる。


 それまで無言だった一行も、とうとう不安を覚え始めた証拠なのだろう。

 裏庭での模擬戦闘はまだ理解できたが、“指導の一環”と言われながら、今は主旨も把握していない行軍の只中。

 ジーオの処刑説も濃厚になるも、同時に疑念が一行の脳裏をよぎった。



 “森での活動方法”を指南される旨は聞いているが、鉄等級と言っても素人ではない。

 魔物こそ仕留められずとも、野営をしたのは1度や2度ではない。

 

 だからこそ準備も速やかに済ませ、買い出しを行なう事なく出発できたのだ。


 思わぬ教育実習を受ける羽目になったが、まずはパーティの機動力を示すこと。

 そしてそれを認めてもらい、早々に魔物退治の技術を教えてもらう。

 


 アマナの力強い瞳に誰もが頷き、改めて仲間の結束が強まったのも束の間。

 デクスが荷を背負い直し、チラッと背後を一瞥すれば、少し離れた場所を歩くオルドレッドたちを眺める。


 どちらも荷を一切持たず、装備も出会った時のまま。


 鉄等級から見れば信じられない軽装に驚くなか、ふいにビニリアンが彼をド突いた。


「おい、ジロジロ見たら失礼だろ?んな事より自分の足元の心配しとけっての」

「…ビニリアンって見かけによらず、本っ当育ちが良いですよね~。ウチなんか服が乱れてるってだけで怒られたし」

「身嗜みはそれなりにしとかなきゃ、相手に嘗められるだろ?あと帰ったら裏庭に顔出せや」


 大剣を握りながら顔をしかめるビニリアンに、クスクスと一行が笑う。

 辛い事はこれまで何度も体験してきたが、いまだかつて解散の危機に瀕した事は無い。


 もちろん宿の女将の存在も大きいものの、1番の理由は最高のパーティを組めたからだろう。

 

 ライバルにして協力者たちは次々去ったが、アマナたちなら大丈夫。

 そう思える空気にこっそり微笑み、荷を背負い直した時だった。


「――~っっ、避け…っ!!」

 

 先頭を歩いていたアマナが突如声を張り上げるも、言い終える暇もなかった。

 直後にジーオも反応していたが、彼もまた行動に移る余裕もない。

 

 次の瞬間には巨大な黒い影が茂みから飛び出し、2人の足元をすくっていた。


 転がるジーオの背後にいたマデランも巻き込まれ、咄嗟にデクスが弓を絞ったが、その腕を黒い影が瞬く間に叩き払う。


 ビニリアンも大剣を持ち上げるも、真正面から襲いくる牙に畏怖を。

 さらに荷物の重量で後ろに倒れ、そのまま仰向けにされてしまった。

 

 顔には獰猛な熱い息が掛かり、闇の中で光る瞳に心臓が凍り付く。

 少しでも抵抗すれば、瞬時にパーティを無力化した相手の事だ。ビニリアンが手を上げる前に、その牙が喉を食い破るだろう。



 これまでも危機には何度も晒されてきたが、絶体絶命は1度としてない。


 だからこそ浮かんだ最悪の展開も、突如離れた獣によって、あっさり予想が裏切られる。


「…前方不注意、というよりも結構油断してたみたいだな」


 ふいにアデランテの声が響くや、暗闇を背負っていた獣がそれに呼応してか。 

 冒険者たちの来た道を戻って行くが、その動きはノロノロとしている。

 

 とても機敏に動いていた怪物とは思えず、やがてアデランテたちと合流した“ソレ”が、ロゼッタと同行していた黒い犬だと気付かされた。


「……森でボーっとするな、って言わなかったかしら?1度の奇襲で全滅する危険性だってあるのよ!?」

「まぁまぁ。それをこれから学ぶんだから、ゆっくりやって……と、とりあえず一旦ここで野営としよう!」


 ふわふわと話していたアデランテも、オルドレッドの鋭い眼差しには敵わなかったのだろう。

 かつて彼女もパーティを失った過去から、その気迫はウーフニールの百眼に匹敵する。


 この空気を脱するには、一刻も早く次の話題に移るほかないが、肝心の新米たちはいまだショックが抜けないのか。

 呆けながらも指示に従うものの、動きはナメクジのように遅い。

 

 いっそアデランテが野営の手伝いをしたくなるが、ふいに威圧感が鳴りを潜めていく。


「…良かったの?犬を連れてきて……あの子のボディーガードだったんでしょ?」


 胸の下で腕を組みつつ、オルドレッドの瞳が忙しなく周囲を見回す。

 冒険者一行の動向はもちろん。彼らの代わりに、一帯の見張りにも余念がない。


「大層な言い回しだな。彼はただの犬で、ロゼッタもただの女の子さ」

「その割には随分と訓練されているように感じたのだけれど?私だけじゃなくて、他の人が近付けないように立ち回ってたし」

「どこの犬も大体あんな感じなんじゃないか?」

「……知り合いの犬だって話だったわよね。もしかしてあの子も、その知人の娘だったとか?」


 再びアデランテに視線が送られるも、その頃には冒険者たちも設営を終えていた。

 アマナが代表として歩み寄ってくるが、ウーフニール(黒い犬)に苦手意識を覚えたのか。

 少し距離を取りながら、バツが悪そうにオルドレッドたちを見つめてくる。


「きょ、今日の訓練はこれで終了でしょうか…」

「…全員集合ッ」


 オルドレッドの鶴の一声で、腰を下ろしていた新米たちも瞬く間に集う。

 中には慌て過ぎたあまり、武器すら持っていない冒険者もいる。


「……少し聞かせてほしいのだけれど、設営時に見張りも立てないの?この辺りは魔物がいないと言っても、不用心すぎるんじゃなくて?」

「…全員で設営をすれば、その分早く準備も終わるので」

「さっきの“奇襲”でも出遅れてたのに、随分と余裕じゃない。設営中に後ろから…それも、もし魔物の群れに襲われたらどうするつもり?」

「そ、それは…」

「あなたたちも!!リーダーに判断を全部押し付けるんじゃないのッ。ただ指示に従うだけじゃなくて、パーティのためにもっと自分の意見をね…ッッ」


 肌寒い夜の森を忘れそうなほど熱を込めた、オルドレッドの猛攻は続く。

 いつもならアデランテが止めていたところだが、“今回の件”に関しては、彼女に一家言がある。


 新米たちには申し訳ないと思いつつ、ただ日を跨がない事を祈りながら、黙って耳を傾けるほかなかった。

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