219.それから骨休め
雲1つ無い晴天の下、草地は汗で。大気は重い息遣いで満たされる。
一帯には若き冒険者たちが無造作に転がり、一目で彼らが発信源である事が分かったろう。
その傍らでは覆面をした人物が佇み、サッと周囲を見渡したのちに、離れた場所で傍観していたオルドレッドを一瞥した。
「…やっぱりあなたに任せたのは間違いだったわね」
胸の下で腕を組み、溜息を零す彼女が肩を落とす。
結果そのものには驚いていないようだが、これまでにない落胆ぶりに、アデランテも黙ってはいない。
「……なんだよ。その“やっぱり”って。前もこの方法で別のパーティを成功に導いたらしいんだぞ?」
「“らしい”で新米をボコボコにするのもどうなのよ。おかげで彼女たちの戦力は分かったけれど、いくら何でも荒療治なんじゃなくて?」
「手っ取り早く見たいと言ったのはオルドレッドじゃないか。それに投げ飛ばしただけで、1発も殴ってないからなッ」
「手加減してたのは知ってるわよ!それでも再起不能になるまで相手をする必要は無かったじゃないって話をしてるの!」
「だったら途中で止めてくれよ」
「あなたが張り切ってるし、その子たちも頑張ってたから、下手に声を掛けられなかったのよ」
最初こそ冷静に会話していたが、気付けば互いに吠えるような言い合いに発展。
開いていたはずの距離も徐々に縮まり、もはやフードに隠れた瞳すら覗かれるも、途端に口を閉ざしたのはアデランテだった。
逸らされた視線を追ったオルドレッドも、建物から現れたロゼッタ。
そして黒い犬の存在に閉口し、冒険者たちを一瞥する。
2人の口論に幸い耳を傾ける余裕は無かったらしく、また少女たちの登場にも気付いていないらしい。
「…夕ご飯の時間らしいわよ。サッサと起きて支度なさい?」
一転して穏やかな声音で呟かれ、不思議とその声は聞こえたのだろう。
ピクリと動いたアマナが起き上がるが、短い間に起きた目まぐるしい展開に、いまだ現実が追いついていないのか。
倒れた仲間を見つめ続け、ようやく事実を受け止めれば一行を抱き起こしていく。
中には肩を貸される冒険者もいたが、全員が宿に戻る姿を見届けてから、アデランテともども彼らに続いた。
「戦闘技能は仕方ないわ。逆立ちしてもあなたには勝てないでしょうけれど、どういう風に育つか見物ね」
「随分と楽しそうだな。もしかしてオルドレッドが相手したかったのか?」
「そういう事じゃないわよ。ただ……あのひたむきな感じが懐かしいって思っただけ」
途端に聞こえた柔らかな声音に、思わず振り返ればオルドレッドは微かに笑みを浮かべ、そしてすぐに視線に気付いたのか。
しかめ面で睨みつけられるや、悠然と彼女から顔を逸らした。
しばし鋭い眼差しが突き刺さったが、それも昼食の香りが漂ってくるまで。
食堂に着けば料理が机に並び、冒険者たちも各々が席に腰を下ろす。
とても食欲があるようには見えないが、それでも日頃の習慣からか。やがて1人がフォークを取れば、黙々と彼らの昼食が始まった。
空いた席にオルドレッドたちも座るが、アデランテがロゼッタの隣に導かれたのは、必然だったのだろう。
「…それで……お2人の評価は?」
沈黙の中で食事を進め、ロゼッタに“あーん”をされている時。
おもむろにアマナがポツリと零し、一行の注意を引いた。
やはり食欲が湧かないのか。殆ど平らげたアデランテと違い、半分も残した料理を前に、彼女の表情は極めて暗い。
ロゼッタから差し出された一口を咥えれば、困ったように首を傾げた。
「評価、と言われてもな。私たちはあくまで指導役で、審査はギルドの仕事だぞ?」
「そうではなくて、先程の戦闘訓練の…」
「彼も言ったでしょう?ただの指導役だって。評価以前に、上も下もあったもんじゃないわよ。それにコッチが出来る事と言えば、あなたたちが一人前だって胸を張れるまで、様子を見させてもらうって事だけ」
「で、ですが…」
「そんなに評価してほしいのなら、次は私が相手になるわよ?」
焼き魚を切り分けていた手をピタリと止めるや、オルドレッドの眼光がアマナに向けられる。
直後に冒険者たちが硬直するも、そんな反応に溜息がポツリと零された。
「……このあとは宿の掃除があるんだから、しっかり食べて体力を取り戻すように。それが終わったら、そのまま森に行くから旅支度の準備も行なうこと」
それから食事の続きを始める彼女に、冒険者たちは再度動きを止めた。
一方でオルドレッドは残りを平らげ始め、アデランテもまたロゼッタから二口目を貰う。
事前の打ち合わせなどしていないが、いまさら尋ねる必要など無い。
“1限目”を終えた彼らは、講師を交代して“2限目”に移るだけ。
アデランテに出来る事は冒険者たちと同様に、ただオルドレッドの決定に従うほかない。
もっとも違いがあるとすれば、オルドレッドの思惑が、彼ら新米たちには伝わっていないこと。
途端に紡がれた予定に困惑するのも当然で、互いに見合わせたアマナたちは、恐る恐る顔を向けてくる。
「……また魔物退治に行くんですか?」
「今レッドブルの相手をさせるわけないでしょ。移動方法も教えたいところだけれど、まずは森でどういう風に活動してるのか見せてもらいたいの」
「…えっと、オルドレッド…さん?一応依頼の期限も決まってるから、俺たちも早く強くしてくれると嬉しいなぁ~って…」
「移動時の効率も仕事の達成には大事よ?それに“特別教育期間中”なんだから、期限を気にしてないで、今は周りの事より自分たちに集中しなさい」
きっぱり言ってのけるオルドレッドに、しかし一行はいまだ納得していないのか。
裏庭での疲労とは別に顔を曇らせていたが、口に出す勇気は無いらしい。
言ったところでオルドレッドも意思を曲げるとも思えず、やがて昼食を終えたところで、皿が次々片付けられていく。
厨房では店主の姿が窺え、壁を磨いていた彼女に冒険者たちは会釈を。
アデランテたちも目で挨拶をするが、一瞥を返されるだけで特に反応を示される事は無い。
それでも店主の傍には弁当箱が用意され、食卓での話は一通り聞いていたらしい。
寡黙に冒険者たちの成長を応援する彼女に、いずれは会話の機会が巡る事を信じ、ひとまずはオルドレッドに続いて厨房をあとにした。