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213.締めの一品

 足音が遠ざかり、静寂だけがアデランテたちを包んだ。グラスを呷って沈黙を埋め、やがて咳払いをしたケイルダンが机の上で手を組む。


「…まず先に聞かせてもらう。お前は“あの場所”で何を見た?」

「あんたと同じ物だとは思うが…」

「はぐらかすな。大事なことなんだ」


 ルイーズが隣にいた頃の空気はどこへ行ったのか。審問官のような顔つきを見せる彼は、あるいは冒険者の雰囲気を醸していたのかもしれない。

 答えるまでは話の続きをするつもりもないらしく、渋々屋敷での出来事を手早く伝えた。


「……扉1つで変わる豪華な部屋の数々。迷い込んだ遭難者たちの集落…そんなところだな」

「屋敷について何か情報を持っている奴はいなかったか」

「私たちと同じで迷い込んだ連中だけだったよ」

「怪物と遭遇したりは?」

「魔物のことか?それなら結構…」

「言葉通りの意味だ。“怪物”はいなかったか?」


 声音がさらに強まり、今にも身を乗り出しそうな気迫に、思わず3本腕の怪物について語った。


「…ロゼッタ、と言ったな。それがあの娘の名前なのか」

「私が勝手に呼んでいるだけさ」

「……何か…話せるようにはなったか?屋敷のことでも、何なら本人のことでもいい」

「…彼女に関してはギルド長に一通りの事は報告したぞ」


 キッパリと。ロゼッタへの詮索を一切拒めば、彼の表情が一層険しくなる。

 まるで互いを牽制するようであったが、それもケイルダンが視線を切った事で、途端に緊迫感が霧散した。


 グラスに残った酒を一気に呷り、椅子にグッと背中をもたれる。


「…まだ妻と会う前…それもまだ銅等級の頃だ。大学で開催された見学会に忍び込んでな。導師のコネを得ようと躍起になって、危うく殺されかけた事があるんだ。その時に妻と会って色々助けられて…懐かしい話だよ」

「なんの話だ?」

「妻が言ってたろう。信頼が欲しければ手札を晒せと」


 気怠そうにグラスを傾ければ、一口飲んで深々と溜息が零される。


 それから大学が扉1つで、空間を移動する魔術を有していること。

 屋敷の仕様に酷似する技術に、彼らの関連を当初から疑っていたこと。


 そしてケイルダンのパーティが、捜索で出向くに至った行方不明者たち。その先遣隊が消失したのは、そもそも屋敷を発見する事が任務であったらしい。


ドゥーラン(俺の仲間)がギルドで記録を掘り当ててな。俗に言う極秘任務ってやつを他の金等級パーティが任されていたらしい。俺たちを始め、今やギネスバイエルンの最上位冒険者は10パーティから7パーティに減ったってわけだ」

「…それを私に伝えた意味は?」


 食卓に置かれたパンを齧り、ジッとケイルダンを見つめ返す。手札を見せるとは言っても、忍耐力の無いアデランテに長話は悪手だった。


「……調査を依頼したのが前ギルド長なのか。あるいはレミエットかは分からない。少なくとも屋敷と大学の件に関しては“慎重に対応する”そうだ」

「もしかしてあんたの奥さんが言ってた、“お仲間集め”の話をしてるんじゃないだろうな。言っておくが新人教育の話で私は精一杯だぞ」

「無理して仕事を引き受ける必要も、押し付ける気もない。ただ同じ生存者として…冒険者として互いの背中は見ておいた方がいいだろう」


 しみじみと語るケイルダンを尻目に、残った料理をアデランテは平らげていく。まるで興味が無いように振る舞っていたが、話を聞いていなかったわけではない。


 単純な話。彼自身はギルドに身を置きながら、組織そのものを信用していないのだろう。

 かと言って所属する冒険者たちを放任するわけにもいかず、現状信頼できるのが生存者たちだけ。


 だからこそ何かあれば頼るよう告げられ、またアデランテの件は、もろもろ彼が一任されている事も伝えられる。


「緘口令や依頼の受注に関する判断だが、まぁ問題は無いだろう。今後も屋敷のことを話さなければ業務を続けてもらいたい」

「言われなくてもそのつもりだ」

「下手に大学と事を荒立てるわけにもいかないんでな。俺自身も当分は刺激も御免ってところだ…それもあって新居は“普通の家”に近い物を建ててもらったんだよ」


 自分自身に呆れているのか。半ばヤケ気味に腕を広げれば、部屋一帯の“変哲もない”内装を示される。

 共通の経験から言いたい事は十分伝わり、残る“元”金等級たちも、各々が安宿などに泊まっているらしい。


 ルイーズ・ブラシュカッツの邸宅にはリンプラントも住み、また女中も家を管理している。

 “子供”の1人や2人は、優に面倒を見れる環境も整っているだろう。


「奴隷商の話はギルド長からも聞いている。引き続き調査には当たっているが…まずは鉄枷を外す方法が先と言ったところか。俺が最後に見た時は、鍵穴の類は見当たらなかった」

「…“知人”に聞いた話、魔力を封じる特殊な枷らしい。着けた奴以外が外せば爆発するそうだ」

「……嬢ちゃんは魔術が使えるのか?」

「さぁな。ただ鍛冶屋を頼ろうにも、枷が足に密着しているからな。物理的に外すにしても、怪我は免れないだろうよ」


 溜息を零したところで、解決するわけでもない。

 振り返れば大学の技術が屋敷と関係しており、ギルドも遥か以前から調査に乗り出していた事が分かっただけ。


 双方への疑心を拭えず、脱出した生存者たちに残されたのは、心の傷と物言わぬ少女だった。


「…リンの話じゃ、養子縁組を家政婦に断られたそうだが、雇用主の意思って事でいいのか?」

「こっちも訳ありでな。あの子は私が引き取ると決めたんだ」

「だがギルド長に報告した時は、里親を探していたそうじゃないか。どういった心境の変化があったんだ?家政婦に任せっきりにしてる間に愛着が湧いた、なんて事はないと思うが」

「言ったろう?訳ありだとな」

「……屋敷の跡地で救助要請を託した際に、“任された”と言っていたな。その時に…子供を見なかったか?」


 皿に残った最後の一切れを頬張れば、ケイルダンをジッと一瞥する。相変わらず憮然とした顔付きを浮かべていたが、求めているのは真実だろう。

 

 だがどこまで話して良いものか。


【変われ】


 回答に悩んでいた矢先。ふいに腹底を込み上げた声に、グラスを落としそうになった。

 訝し気に宙を眺めるが、ウーフニールの瞳を捉える事はできない。

 それでもハッキリ聞き取れた要求に、大人しく喉を彼に譲った。


「何ならカラスでもいい。パッと見は普通の黒い鳥なんだが…まぁ人間並みに賢いのが特徴と言えばいいんだろうか…」

『カラスは見ていないが、子供なら見たぞ』


 アデランテと寸分違わぬ声に、ケイルダンが目を見開く。


「…一時期行動を共にしていた少年がいたんだが…何か聞いたりはしたか?最期の言葉でも、行方でも…」

『悪いが出会った時にはすでに虫の息でな。ロゼッタを託して、そのまま息を引き取ったよ…彼の隣には見た事も無い魔物の死骸が横たわっていたな』

「……お前が手を貸したわけじゃないのか?」

『まるで高所から落下したような死に様だったからな。屋敷の仕様を考えるに、そういう最期を迎えたんだろう』

 

 会話を続けるほどにケイルダンの表情は歪み、椅子に預けた背中が力なく項垂れる。


『ただ…――』


 重い沈黙を切るように、アデランテ(ウーフニール)がさらに言葉を紡ぐ。


『彼が握っていた金等級のプレートが回収できなかったんだ。最期まで握って離さないもんでな…まずかったか?』

「………いや、それでいい」


 そう零したケイルダンが肩の力を抜けば、崩れるように椅子へ座り直した。それまでの殺伐とした空気も溶け、心なしか笑みすら浮かべているように見える。

 

 しかし彼と言い、ウーフニールと言い、どちらのやり取りもアデランテには理解できないもの。

 途端に漂う悲哀と沈黙に気まずさを覚えるも、ふと背後で聞こえた異音に思わず振り返った。


 喉はウーフニールに譲っても、身体はアデランテの支配下にある。金と青の瞳を向ければ、扉を開け放ったリンプラントが立っていた。


 丁度戻ってきたのか。それとも立ち聞きしていたのか。

 後者であれば、一体いつから扉の後ろにいたのか。


 いずれもウーフニールに聞かなければ分からない答えも、大粒の涙を零した彼女の姿が、アデランテの疑問を霧散させた。

 

 その場にうずくまると顔を覆い、嗚咽を漏らすリンプラントにルイーズが背中を。

 ロゼッタが腕を伸ばして頭を撫で続けている。


(…なにがどうなってるんだ?)


 心中で困惑を吐露したが、腹底から返答を得る事はない。ロゼッタたちの背後からのそりと現れた黒い犬を、ただ見ている事しかできなかった。

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