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212.食卓会議

 和気あいあい――とまではいかない。

 殺伐ともしていないが、順調に料理を消費していく反面。ルイーズの質問をのらりくらりと躱し、惚けた瞳を向ける彼女とたまに目を合わせるだけ。

 時折リンプラントからも話しかけられるが、大半の注意はロゼッタに向けられているらしい。


「ロゼッタちゃん!そのプディング美味しいからっ。ほんっと美味しいから食べてみて?ねっ!?」

「リン。行儀良くしろ」


 彼女が身を乗り出す度に同じやり取りが繰り返され、ロゼッタも呼応して指された物に手を付ける。

 アデランテに倣うように黙々と食べるが、宿で見せた快活ぶりはまるで皆無。家を訪れてから、一言たりとも口を利いていない。


(…ロゼッタは大丈夫なのか?とても人見知りをするような子には見えなかったんだけどな)

【余計な話をしないよう口止めしてある】

(屋敷のことか?)

【ウーフニールの件もだ】


 ロゼッタを一瞥する傍ら、ちらちら黒い犬も視界に収めるが、とっくに出された分は食べ終えたらしい。

 獣らしく床に寝そべり、気怠そうな眼差しがアデランテに返される。


「……さて。先程の報告についてなんだが…」 


 ロゼッタとウーフニールを捉え、食事の手を止めた隙を突いてか。箸休めとばかりにケイルダンが口を開く。


 途端に空気が一変したように感じたのは、参加者の顔色からも、気のせいではないだろう。


「レミオロメ・ジュゼッテ…だったか。逃亡した元大学長候補の女に、彼女が取引していたと言う魔物の売買組織…どちらもメイドに手配させにギルドへ向かわせたが、組織に関しては…」

「“元”冒険者の伝手らしいからな。ギルドと関係が無いとは言えないだろうよ」

「…まぁ仕留め方のノウハウを知ってれば、捕まえるのも難しくは無いからね~……ところでお兄さんがくれた“人相書き”さ。疑うわけじゃないんだけど、本当に信用できるのぉ?」


 スープを口に運んだリンプラントが、ふいに鋭い視線を投げてきた。当初の人懐っこさや色っぽい瞳も影を潜め、金等級であった名残がひしひしと伝わってくる。

 

 もっとも彼女の懸念は妥当であり、摂り込んだダークホースの記憶から、関わった人物たちの人相を抽出したなどと。

 挙句に鉄枷を嵌めたロゼッタを傍に置く胡散臭い姿に、アデランテ自身が怪しまれても仕方が無い。


「…確かな情報源から仕入れたものだ。命を賭けてもいいぞ」

「……商人ギルドの方でも見張っておくよう注意しておきますわ。恐ろしい世の中になったものですね…あなた。はい、あ~ん」


 重い空気が漂う中、ルイーズがケイルダンに食事を運ぶ。まるで赤子をあやすような扱いに、しかし彼が抵抗する様子はない。

 気まずそうにしながら彼女の好意を受け入れ、片腕が不自由なためか。

 あるいは夫婦の営みの一環かは、リンプラントの反応から察するに、隻腕となる以前から続いているのだろう。


 おかげで緊張感が長続きせず、ロゼッタも張り合うようにグッとスプーンを突き出してくる。


「あーっ、ずるい!ロゼッタちゃん、アタシにもっ!アタシにもあーんしてっ!?」

「…ごほん。とにかくご苦労だった。手配の件もそうだが、大学も落ち着いたなら今後のギルドとの関係を模索する必要があるだろうな」

「そーいう時こそギルド長の出番だってのにね~。お兄に丸投げも良い所だってーの」

「当人は不在だと聞いていたが、何か訳アリか?」

「新人教育の改革とギルドの制度統合のために、自らの足で調査を行なっているそうだ。おかげでギネスバイエルンの冒険者たちを実質仕切る立場に……ところで相談なんだがな」


 冒険者を辞め、職員としての日々に辟易していたのか。肩を一瞬落とすや、何かを思い出したのだろう。

 途端に顔色を変えれば、おもむろに身を乗り出してきた。


「副ギルド長として依頼させてもらいたい。新人の教育担当を頼まれてはくれないか?」

「…職員の採用でもしてるんなら、私は御免だぞ。そういうのは性に合わない」

「冒険者として正式に依頼してるんだ。前回の…俺が最後に受けた依頼で、パーティ間の繋がりがどれほど重要か身に染みたからな。今後の方針の一環で試したい事があるんだ」

「冒険者ギルドって自立とか自己責任ってキーワードをやたら推すからね~。昇級した奴ほど変に自信がついて、連携が取れないったらありゃしないわよ」

「……具体的に何を頼もうとしてるんだ?」


 思わず食べる手を止めれば、要領を得ない話にコクリと首を傾げる。


 それから告げられたのは、青銅等級の“護衛依頼”の対象に、新人パーティを含めること。

 銅等級の2パーティ制度も検討中だが、何よりも前者には実積がある。

 

「“凍てつく覇道”に関する報告書。加えてギンジョウからの総評や“とあるパーティ”の…こちらは酷評混じりだったが、いずれも冒険者アデライトの実力を知るには十分すぎる」

「メアリを雇えるくらいの人徳者だしね~…ほんと、どうやって彼女と仲良くなったの?ロゼッタちゃんも懐いてるみたいだし、イケメンの特権とか言わないよね?」

「今は真面目な話をしてるんだ……新人の護衛料や補助金は今後ギルドで検討していくが、“今回”の試用期間に関しては十分金も払う」

「……評価は有難いが、私では何の参考にもならないと思うぞ?伊達に1人で活動しているわけではないからな」

「…荷持たずの冒険者、だったか。ギンジョウからも聞かされているが、それだけの技術や胆力を備えていると言う事だろう?それもまた新人に伝えてもらえれば、順応力の高い冒険者の育成にも繋がる」

  

 力説するケイルダンの姿は、大学の導師たちを彷彿させ、アデランテのやる気をまた1歩引かせた。

 それでなくとも安請け合いはできず、他者と積極的に関わる事も憚られる。


 仮に目を光らせる相手がいるとすれば、オーベロン関連の人物だけだろう。

 

「…あのさ。お兄はあー言ってるけど、ぶっちゃけギルドの人間関係ってあんま良くなくてさ。ドゥーランが来れないのも、幹部の横領なんか見つけちゃって、本当に忙しいからなんだよね。用途不明の金の流れとか色々と」

「リン。余計な話は…っ」

「関係あるから話してんでしょ!?お兄の腕だってっ…とにかく!アタシらがギルドに組み込まれたって事は、これまで築いてきた人脈とはまた別の物を作らなきゃいけないのっ。回り道してる場合じゃないんだから!」

「……リンちゃんが言いたいのは、何かあった時に信用できる相手が欲しい。それと同時にギルドをビジネスではなく、人として成長できる環境にしたい…と言うのが夫の望みなの。信用を得たいなら自分の手札をしっかり見せないとダメよ?カリシフラー兄妹さん?」

「…はぁい」

「……返す言葉も無い」


 項垂れる2人にニコリと微笑み、紅茶を啜るルイーズの気迫は計り知れない。

 彼らのスポンサーであった以前に、商人の顔が見え隠れし、金等級を支えてきた矜持なのか。口元をハンカチで拭けば、穏やかな空気まで払拭された。


「アデライトさんに取っても悪い話ではないと思いますよ?夫の立場は言わば次のギルド長候補も同然ですから、コネは無いよりある方がいいかと」

「…新人の教育を断るわけじゃないが、冒険者業は成り行きでやってるだけなんだ。いつまで街に留まれるかも分からないしな」

「それでは路銀を稼ぐ上でも、副ギルド長からの依頼を受けられては?今回の件で相当額絞れるでしょうし、街を離れる際は契約を解除するだけで済みますわ」

「……新人の命を預かる仕事で、そう軽々と言われても困るんだが」

「それだけあなたを評価しているのですよ。アデライトさんが調達された素材の質も上々と窺っていますから、是非冒険者の皆様にその手腕を広めて頂きたいと…もちろんお子様はその間、責任を持ってお預かりしますよ?」

「ロゼッタに関しては気にしないでくれ。生憎間に合っているんでな」


 ルイーズの提案にリンプラントが目を輝かせたのも束の間。応戦するように笑みを浮かべれば、チラッと横を一瞥した。

 アデランテの視線を一同が追えば、ロゼッタを飛び越して床に寝そべる犬を補足する。


 彼もまた気怠そうに見つめ返してくるが、やがて鼻息を荒げると、再び一行から注意を逸らす。

 それだけで必死に笑いを堪えるも、アデランテの胸中を主催者たちが理解する事は無いだろう。


 咄嗟にジュースを呷って口元を隠すが、ふと記憶の片隅にあった疑問を、ウーフニールが押し出してくる。


「ところで私の…禁止令はもろもろ解けたのか?ギルドに近付くなと言われてたんだが、報告ついでにその事も確認するつもりで来たんだ」


 グラスを机に置き、何の気なしに尋ねたつもりだった。

 しかし飄々としたアデランテに反し、部屋の空気が再び一新される。


「ロゼッタちゃん!ご飯も食べ終わったし、アタシと家の中を探検しない?見た目と違って結構広いんだぁ~」

「余計なお世話よ、リンちゃん?ですが折角の女子会ですし、私も是非ご一緒させて頂きますわ」


 リンプラントに続き、ルイーズまで離席すれば、次々ロゼッタの元に集まった。

 突然の招待に困惑したのか。緑の瞳はアデランテに向けられるが、不安を覚えているわけではないらしい。

 許可を求めるような視線に微笑みで返せば、無表情のままロゼッタも部屋を離れた。


 その小さな背中を追って黒い犬も付き従うや、部屋に残されたのは“男2人”だけ。飾られた花瓶が色褪せるほど空気も重くなり、ようやく話は本題へと移される。

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