204.蛇の抜け穴2
時系列を追うように。魔物を運び込んだ一団の手掛かりを追った事を説明するが、結果だけ見れば肝心の関係者は全滅。第3勢力も間接的な証人でしかなく、レミオロメが期待する答えは得られなかった。
「――つまり捜査に進展はあっても成果は結局無かった、と。しかし手ぶらで帰るわけにもいかず、アーザーから情報を収集できる老人の出馬表明に付き合う見返りに、目撃証言を集めてもらう事になった……何か訂正はありますか?」
「話の表面だけを見れば、確かにそう聞こえなくもないな」
「おや、それでは“お2人”は今の話に別の見解があると?」
「…アデライト?」
明らかに不機嫌そうな様相を浮かべるレミオロメに、背後から小声でオルドレッドが話しかけてくる。報告を簡略化しすぎた事に、彼女もまた苦言を呈したいのだろう。
しかしチラッとアデランテが横顔を見せれば、口元に浮かべた笑みにそれ以上の追及をされる事は無かった。
「まずハッキリさせてもらうが、一連の事件に関わる当事者はいなくなっても、捜査にあたった我々冒険者も立派な証人だ。加えて報告を挙げる以上、嘘偽りなく伝える事が義務付けられている。そこをまずは理解してもらいたい」
「…そうでなければ最初から調査を依頼していませんでしたから当然ですね」
訝し気に答える彼女の承認が得られたところで、改めて説明を始めたアデランテは、“より詳細”な経緯を付け加えていく。
運び屋と大学側の仲介役から得た証拠品の話。
その情報を元に魔物を購入した可能性が高い“顧客”を特定し、直後に該当人物の護衛に襲撃された話。
淡々と報告した内容にカルアレロスたちは驚愕を浮かべていたが、レミオロメは顔色を1つとして変えない。
流石は大学長候補と言うべきか。それとも終始顔をしかめているために、反応が読み取れないだけだろう。
机端で悠然と腰かけていた彼女も、しかし“ボルテモア”の名を出した途端に眉が動いたのを、アデランテやウーフニールは見逃さなかった。
「どうかしたのか?何やら浮かない顔をしているが」
「……ボルテモア・ランドスケープはこちらの陣営に所属している魔術師です。まさか彼がそんな事をするとは…先程の情報源ですが、本当に信用に足る物だったのですか?」
「持ち主は拷問されて、私たちも殺されかけたんだ。これが陽動なら相当手が込んでるぞ」
「魔物をグラウンドの傍に運ぶよう命じたのもボルテモア準導師だし、襲ってきた護衛が彼に雇われていた事も裏は取れてるわ。カルアレロス導師様は憶えてるかしら?会議室の前で邪魔してきた門番もどきの事よ」
「…それとアンタの奥さんが“事故”で負傷したって話。実行犯は…【ボルテモア】の元弟子だったんだ」
バーティミエルから聞いた情報を零せば、ズィレンネイトはもちろん。特に動揺を見せていたのは、やはりカルアレロスだった。
続けて実行犯が獄中で毒殺された可能性があり、そしてボルテモアが植物学を専攻していた事を伝えれば、彼の中でも答えが出たのだろう。
しかし“妬み”による犯行と結論付ける前に、アデランテは次の証拠品を懐から抜き取る。
その手が摘まむ紙切れに視線が集まるが、まるで不用品とばかりに背後へ放れば、慌ててカルアレロスが掴んだ。
すると表面に書かれた文字の数々に、魔術師としての知識欲か。あるいは人の性か。
咄嗟に目を通していけば、隣に立っていたズィレンネイトも覗き込み、手紙の存在を知らないオルドレッドもまたカルアレロスを挟むように見下ろす。
その間もレミオロメは顔をしかめ、3人の様子を訝し気に見つめた。もっぱら関心は手紙の内容に向けられているのだろうが、ふと一瞥してきたオルドレッドに何かを感じたのだろう。
説明を求めるようにアデランテを睨むも、書かれているのはカルアレロスの妻への襲撃命令。そして実行犯の口封じを求める指示書に、ボルテモアが駒であった事を知らしめる。
「…彼が相手候補の…ガルミナバ陣営のスパイであった、と言う事ですか?そんな恐ろしい事が…」
「……白状すると、己に魔晶石学との合同講義案を持ち掛けてきたのは、他でもないボルテモアだった。発案による功績で己が導師に選ばれたのであれば、この場で地位を返上する心積もりだと宣言させて頂く…」
「その話を持ち掛けられたのっていつかしら?」
「合同講義を実施する直前の会議室でだ」
「ちなみに魔物が購入された時期は、私たちが大学に来る前の話になるんだが、そこのところはどう思う?」
「………ズィレンネイトは単純な性格であり、小生は彼の押しに勝てた試しは無い。そしてそれは周囲の知るところでもある。ゆえに他者の案を即時に採用する経緯に疑念は無いが…小生もまた2つ。アデライト殿の話やこちらの文を読んで気になる事がある」
肩を落とすズィレンネイトを尻目に、証拠品を片手に話すカルアレロスは視線をアデライトに向ける。
まず合同講義を持ち掛けられるに至ったのは、冒険者2人を雇ったからであり、一方でオルドレッドに依頼書を宛てたのはずっと前。
大学の秘密主義を考えれば、内容を検閲されていても不思議ではない。それらを担当する区画である“デミトリア”の職員もまたボルテモアと繋がっている可能性もあるだろう。
そしてアデライトたちが到着した情報が流れた結果、ズィレンネイトへの提案がなされた。
つまり依頼の手紙を送った時期と、魔物を“発注”したであろう時期。
さらに魔物自体が運び込まれるには魔法陣を必要とする事から、“ボルテモア・ランドスケープ”と“管理区デミトリア”の関与は疑いようがない。
淡々と情報を整理するようにカルアレロスは話していたが、やがて議題は指先で摘まんだ手紙へと移った。
「こちらを拝読させて頂いたが、どのように目を通しても老齢の御仁――ガルミナバ対立候補が書かれたものとは到底思えない事になる」
「そもそも男が書くような文面では無いな」
「……少しいいかしら」
再び手紙に注意が集まったところで、ふいにオルドレッドが書状を取り出す。レミオロメに渡された物を広げ、すかさず近付ければ比較するように。
そしてカルアレロスたちも、同じ疑惑を覚えたのだろう。彼女を真似るように筆跡を確かめるが、結果は顔を見れば一目で分かった。
――まったく異なる、別人の文字。
「…うそ」
思わずオルドレッドが疑問を口にすれば、空気に呑まれていたズィレンネイトたちも困惑する。
導き出されていた答えが目と鼻の先で霧散し、新たに生まれた謎に一行が首を傾げる一方で、レミオロメは特に気にした様子は無い。
むしろ茶番に付き合わされたとでも言うように溜息を吐き、呆れたように居住まいを正した。
「……とにかく冒険者のお2人には大変お世話になりました。此度の件はこちらの陣営の“不手際”になりますので、何卒内密にお願いしま…」
「犯人は連れてこなくていいのか?」
発言権を取り戻したレミオロメが颯爽と場を取り仕切るも、机に片手をついたアデランテに再び口を閉ざす。
青と金の眼差しに度肝を抜かれたのか。しかし陣営を統べる者の矜持が、正面から気迫を押し返した。
「…確かに“実行犯の確保”は依頼しましたが、“相手陣営が携わった証拠を掴む”ことが前提でもあったはずです。それが崩れた以上、お2人方の手を煩わせる必要も無いかと。調査も無事完了して頂いたのも事実ですので報酬を受け取り、デュクスーネの護衛に戻って…」
「だからこそ調査を終えるわけにはいかないんだ。何せ私たちが…オルドレッドが受けた依頼は彼の護衛で、いまだ危険は去ってないからな」
「…訂正する必要あった?」
「そこらへんはハッキリさせた方が良いだろ、リーダー?」
「“対等な関係”で結んだパートナー契約でしょ?こんな時に担ぎ上げないでッ」
「……申し訳ありませんが忙しい身なので、痴話喧嘩ならよそで…」
「痴話喧嘩じゃないわよッッ!!」
ここ1番の大声にレミオロメはおろか、カルアレロスたちをも恐れ慄く。彼女が普段冷静に見える分、印象が激変した様相も手伝ったのだろうが、生憎アデランテは慣れ切っていた。
笑みを浮かべればオルドレッドが不貞腐れたように顔を逸らし、また微笑んでしまうと気を取り直してレミオロメに視線を移した。
その顔には愛嬌と呼べるものは一切無く、とても“痴話喧嘩”をしていた同一人物とは思えない。
「話を戻すがさっき言ってた男は“実行犯”ではなく、仲介人にして駒でしかない。黒幕を捕らえていない以上、依頼人の安全は保障されない」
「ですからボルテモア準導師を尋問すれば、自ずと裏にいる人物にも辿り着いて…」
もはや苛立ちを隠せないレミオロメは早口で捲くし立てるが、アデランテはさらに身を乗り出した。
「――ソイツならもう殺されたよ」
おもむろに告げるや否や「――えっ」と。肺から空気が洩れるようにレミオロメが反応したと同時だった。
机に置かれた蝋燭台を掴み、背後へ勢いよく放り投げれば、火が灯った蝋燭が床へ落ちる。しかし台は勢いを失う事なく、そのまま部屋の隅へ。
“何もない”ように見えた角に直撃し、避けるように姿が露わになったのは、レミオロメの秘書を務める女だった。